第19話 見ているだけの距離
翌朝、村はいつも通りに目を覚ました。
リーナは早起きだった。宿屋の隅で静かに身支度を整え、誰に言われるでもなく外へ出ていく。その足取りは慎重で、邪魔にならない場所を自然と選んでいた。
アリアは結界点の巡回に出る前、彼女の様子を一度だけ確認する。
「今日は、ついてきますか」
「……はい。見るだけで」
その答え方に、力みはなかった。
村の外れまで歩く間、リーナは何も聞かなかった。
結界の縁に近づくと、足を止め、距離を保つ。
アリアは、いつも通りに手を当てた。
流れを確かめ、昨日からの変化を読む。ほんのわずかな滞留と、それが解消されつつある感触。
「……何も、していないように見えます」
リーナが、小さな声で言った。
「そうですね」
「でも……変わっている」
その気づきに、アリアは視線を上げた。
「何が、ですか」
「空気、です。さっきより……」
言葉を探して、リーナは黙り込む。
正解を求めているわけではない。ただ、確かめたいだけだ。
「それで、十分です」
アリアはそう言って、次の結界点へ向かった。
昼前、村の中央でミラと鉢合わせる。
「あ、昨日の人!」
「リーナです」
「リーナ! ねえねえ、昨日は眠れた?」
「……はい。すごく」
それだけで、会話は成立した。
午後、畑の近くで、小さな出来事があった。
風向きが変わり、結界の縁に音が集まりかける。問題になるほどではないが、放っておくと夜に影響が出る。
アリアは、立ち止まった。
何も言わず、結界点に触れる前に、少しだけ周囲を見る。
焚き火の位置、作業の集まり、音の流れ。
リーナは、その様子を黙って見ていた。
「……触らないんですか」
「触る前に、見ることがあります」
それ以上の説明はしなかった。
村人が気づき、焚き火を少し内側に移す。
それだけで、流れは自然に整った。
「……直った」
リーナの声は、驚きに近かった。
「直したのは、私ではありません」
アリアは、はっきりと言う。
「ここにいる人たちです」
夕方、宿に戻る道すがら、リーナが立ち止まった。
「……教えて、もらえますか」
控えめな問いだった。
期待しすぎない距離を、ちゃんと保っている。
アリアは少し考え、首を横に振る。
「今日は、教えません」
リーナの表情が曇る前に、続ける。
「今日は、もう十分見ました」
その言葉に、リーナは一瞬きょとんとし、それから深く頷いた。
「……はい」
夜、村は静かだった。
リーナは窓辺で、外を眺めている。
結界の形を覚えようとはしていない。
ただ、その“距離”を感じ取ろうとしている。
アリアは、それを見て思った。
(この人は……急がない)
見ているだけの距離。
それを守れるなら、少しずつ任せてもいい。
結界は今日も、薄く村を包んでいる。
新しい視線を、まだ外側に置いたまま。
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