第18話 静かな来訪者
昼過ぎ、村の入口に見慣れない人影が立っていた。
荷は小さく、背丈も低い。旅装というには簡素で、村人に声をかけるでもなく、少し離れた場所から様子をうかがっている。
アリアが結界点の確認を終えて戻ると、ちょうどエリスがその人物に声をかけているところだった。
「ここだよ。噂の村は」
振り返ったエリスが、アリアに気づいて軽く手を挙げる。
「寄り道。……と、一人、連れてきた」
隣に立つ少女が、少し緊張した様子で頭を下げた。
「リーナ・ハルフェンです。隣村から……来ました」
年の頃は、ミラより少し上だろうか。
落ち着こうとしているが、指先がわずかに強張っている。
「泊めてもらえるかどうかだけ、聞きに来たんだ」
エリスがそう付け加える。
「結界を見たい、ってさ。触る気はないらしい」
その言い方に、アリアは少しだけ視線を落とした。
「触らない」という言葉を、きちんと理解して使っている。
「……見るだけ、ですか」
「はい」
リーナは即答した。
「強くする方法じゃなくて……どうして、ここは静かなんですか」
真っ直ぐな問いだった。
焦りも、要求もない。ただ、知りたいという目。
アリアは、少し考えてから頷いた。
「泊まるだけなら、構いません」
エリスが、にやりと笑う。
「即答じゃないところが、らしいね」
「教えるとは、言っていませんから」
「それでいい」
話はそれで終わった。
宿屋では、ミラが興味津々でリーナを見ていた。
「同い年くらい?」
「……少しだけ、上です」
「結界、好きなの?」
その直球に、リーナは一瞬言葉に詰まり、それから小さく頷いた。
「……失敗したから」
それ以上は、聞かれなかった。
夕方、アリアはいつもの巡回に出た。
今日は、少し後ろに気配がある。
「近づきすぎないでください」
「はい」
リーナは、きちんと距離を保っている。
質問も、今はしない。
結界の縁に立ち、アリアは手を当てる。
薄く、均一な流れ。いつも通りだ。
「……強く、ないですね」
ぽつりと、リーナが言った。
「ええ」
「でも……怖くない」
アリアは答えなかった。
代わりに、結界の外と内の空気の違いを、少しだけ示す。
「境界は、線じゃありません」
それだけ言って、歩き出す。
夜、村はいつも通り静かだった。
リーナは宿の窓から外を眺め、何も言わない。
理解したとは、言えない。
けれど、何かを持ち帰ろうとしている目だった。
アリアは思う。
(学びたい人、ですね)
教えるかどうかは、まだ決めない。
けれど、静かに見る時間は、与えてもいい。
結界は、今日も薄く村を包んでいる。
新しい視線を受け止めながら。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
明日からは1日1話の投稿予定です。
ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




