第15話 静けさが試される時
その日の夕暮れは、いつもより早かった。
雲が低く垂れ込み、空気が重い。雨は降っていないが、結界の外側で魔力が溜まりやすい気配がある。季節の変わり目特有の、不安定さだった。
アリアは早めに巡回を始めていた。
結界点を一つずつ確かめ、流れを整える。どれも致命的な歪みはない。ただ、外からの圧が、じわじわと増している。
(今日は……少し、気を配った方がいいですね)
強くはしない。
ただ、均す。
村に戻る途中、ミラが走ってきた。
「お姉さん! 見張り台の人たちが、ちょっと集まってる」
「わかりました」
慌てた様子ではない。
それが逆に、胸をざわつかせる。
見張り台の下には、レオンと数人の村人がいた。皆、空の様子を見上げている。
「魔物が……近い?」
「いや。数は多くない。ただ、動きが揃ってる」
レオンの声は低いが、落ち着いていた。
アリアは目を閉じ、結界の縁に意識を集中させる。
外側で、複数の気配が、一定の距離を保ったまま留まっている。
(試している……)
突破しようとしているわけではない。
結界の強さを測るように、周囲をなぞっている。
「今のままで、大丈夫です」
アリアははっきりと言った。
「焚き火は、内側に。灯りも、抑えめに」
誰かが指示を待つことなく、動き出す。
もう説明はいらない。
村は、静けさを選んだ。
声は低く、足音は少ない。灯りは必要な分だけ。
結界は、外の圧を受け止めながら、揺れを最小限に抑えている。
強化はしない。ただ、乱れを広げない。
時間は、ゆっくりと過ぎた。
やがて、外側の気配が薄れていく。
魔物たちは、境界を越えず、森の奥へと散っていった。
見張り台の緊張が、少しだけ緩む。
「……行ったな」
「ええ」
アリアは、深く息を吐いた。
手が、少しだけ冷えている。
村長のグスタフが、短く言った。
「お前がいなければ、騒いでいた」
「いえ。皆が、静かでいてくれたからです」
それは事実だった。
夜が深まっても、村は無事だった。
被害はない。恐怖も、最小限だ。
宿に戻ったあと、アリアは窓辺に腰を下ろす。
結界は、いつも通り、薄く村を包んでいる。
(試されたのは……結界だけじゃないですね)
静かでいること。
慌てないこと。
境界を越えないこと。
それを選べたのは、この村自身だ。
灯りの消えた家々を眺めながら、アリアは思う。
ここはもう、ただ守られる場所ではない。
静けさを、選べる場所になっているのだと。
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