第14話 境界を越えない
翌朝、村の空気は落ち着いていた。
昨日の集まりの名残は片づけられ、焚き火跡もきれいに整えられている。誰かに命じられたわけではない。気づいた人が、気づいた分だけ動いた結果だった。
アリアは結界点を巡りながら、その様子を静かに見ていた。
流れは安定している。昨日生じた歪みも、跡形なくなじんでいた。
(境界は……越えていない)
結界の話ではない。
人の関わり方のほうだ。
昼前、集会所で小さな話し合いがあった。
隣村から、使いが来ているという。
現れたのは、以前来た若者ではなく、年配の男だった。落ち着いた物腰で、言葉も慎重だ。
「直接、手を入れてほしいという話ではありません」
最初に、そう断られた。
「最近、こちらの村が安定していると聞きました。どういう考え方で整えているのか……話だけ、伺えれば」
その言い方に、アリアは少しだけ肩の力を抜いた。
「お話しできることは、あります」
技術ではない。
理論でもない。
生活と、結界の距離感。
強くしない理由。
触らない判断。
説明は、短かった。
「境界を、越えないことです」
男は、すぐには理解できない様子だったが、否定もしなかった。
「守りすぎない。任せすぎない。その間を、探すだけです」
沈黙のあと、男は深く頷いた。
「……難しいな」
「はい。でも、急がなければ、できます」
帰り際、男は礼だけを残していった。
頼みも、期待も、置いていかなかった。
夕方、見張り台の下で、レオンが言う。
「無理に広げないんだな」
「広げると、境界が曖昧になります」
「境界?」
「役割も、責任も」
それ以上、言葉は必要なかった。
夜、巡回を終えたアリアは、結界の縁に立ち、外を見た。
外側は、まだ不安定だ。
それでも、内側は守られている。
全部を救わなくていい。
境界を越えないことで、守れるものがある。
そういうやり方が、この村には合っている。
静かな夜が、当たり前のように訪れる。
越えない線を知った分だけ、安心は深くなっていた。




