第13話 いない時間
その日は、朝から空が低かった。
雲が重なり、遠くで風がうなる音がする。雨の気配はないが、結界の外側で魔力の流れがざわついているのがわかった。
(……今日は、少し離れますか)
アリアは手帳を閉じ、村長のグスタフのもとへ向かった。
「半日ほど、村を離れます」
「何か、あったか」
「大きな問題ではありません。ただ、外縁の流れを一度、確認しておきたくて」
嘘ではない。
結界の安定が続いているからこそ、外側の状態を見ておく必要がある。
「夜までには戻ります」
「わかった」
それだけで話は終わった。
引き留めも、理由の詮索もない。
村を出る前、レオンに声をかける。
「何かあれば、すぐ知らせてください」
「ああ。触らせはしない」
冗談めいた言い方だったが、真剣さは伝わってきた。
村の外は、やはり落ち着きがなかった。
結界の縁に近い場所で、魔力が滞留し、流れが鈍っている。村が安定した分、外との差が広がっているのだろう。
アリアは時間をかけて、周囲を一巡した。
結界そのものに手は入れない。ただ、流れを読み、記録する。
(戻ったら……少し、考えましょう)
午後遅く、村へ戻る道すがら、空気が変わった。
結界の内側に入った瞬間、違和感が走る。
微弱だが、確かに――歪みがある。
(……早い)
足を速める。
村は、見た目にはいつも通りだった。
子どもたちの声も聞こえる。畑では人が動いている。
だが、結界点の一つで、流れが乱れていた。
原因は、はっきりしている。
(人が集まりすぎた)
今日は、移ってきた世帯の歓迎の集まりがあった。焚き火と灯りが、結界の縁に近づきすぎている。
危険ではない。
だが、放置すれば、外の気配を引き寄せる。
アリアは深く息を吸い、結界点に手を当てた。
調整は、数分で終わる。
「……これで」
そのとき、後ろから声がした。
「戻ってきたか」
グスタフだった。
「少し、歪みが出ていました。でも、問題ありません」
「そうか」
それだけで、彼は頷いた。
少し遅れて、レオンも合流する。
「俺も、違和感は感じてた」
「知らせてくれれば……」
「判断がつかなかった。触るな、って言われてたからな」
その言葉に、アリアは首を振る。
「それで、正しいです」
触らなかった。
それだけで、十分だった。
夜、村は再び静けさを取り戻した。
焚き火は内側に移され、灯りも抑えられている。
アリアは宿の窓から村を見下ろし、静かに思う。
(いない時間があっても……壊れない)
完全ではない。
けれど、致命的でもない。
それは、この村が、少しずつ“回り始めている”証だった。
自分がいなくても、すぐには崩れない。
それでも、戻れば整えられる。
その距離感が、今はちょうどよかった。
静かな夜が、今日も村を包んでいる。
少しだけ、試された形で。




