ツンデレ、召喚
「――おい。私の神聖な戦場を邪魔したのは、お前か? ……死に損ないの変態が。視界に入るな、不愉快だ」
氷のような視線と言葉。
普通の人間なら恐怖で縮み上がるだろう。
だが、左腕を失い、出血多量で意識が飛びかけている俺の脳内では、まったく別の脳内物質がドバドバと溢れ出していた。
(……あ、ありがとうございます……!)
これだ。これこそが俺の求めていた「ツン」だ。
瀕死の重傷人(俺)を前にして、心配するどころか「視界に入るな」と吐き捨てる。最高だ。俺の妄想通り、いやそれ以上の逸材だ。
「な、なんだテメェ!? どこから湧いてきやがった!」
吹き飛ばされていた山賊たちが、ようやく状況を認識して立ち上がった。
リーダー格の男が、信じられないものを見る目で少女を睨みつけている。
「て、転移だと……? 馬鹿な! そんな高等魔法、おとぎ話の中にしかねえぞ!」
男の声が裏返る。
どうやらこの世界でも、空間移動なんてのはチート級のレア魔法らしい。
だが、そんなことよりも目の前の「獲物」への執着が勝ったのか、男たちは武器を構え直した。
「へっ、よく見りゃなんだ、えらいべっぴんさんじゃねぇか……。貴族の嬢ちゃんかぁ? こりゃあ奴隷商に高く売れそうだ……たっぷりと『味見』してから売り飛ばしてやるよ!」
恐怖を欲望で塗りつぶし、下卑た笑みを浮かべて包囲網を縮める男たち。
彼らはまだ気づいていない。
彼女がまとっている空気が、彼らのようなハイエナとは次元が違う、修羅のそれであることに。
少女は、鬱陶しそうに小さく溜め息をついた。
「……魔族の次は、野盗か。斬る価値もない」
彼女が、トン、と軽く地面を踏む。
その瞬間、彼女の周囲の大気が、陽炎のようにゆらりと歪んだように見えた。
(……え? 今、空気が光った……?)
俺がそう思った、次の瞬間だった。
ドォォォンッ!!
彼女の姿が掻き消えた。
いや、違う。速すぎるんだ。
俺の動体視力じゃ、残像すら捉えきれない。
「あ?」
先頭にいた男が、間の抜けた声を上げる。
直後、彼のみぞおちに、いつの間にか目の前に現れたアリアの鋭い膝蹴りが突き刺さっていた。
「が、はっ……!?」
男の体が「く」の字に折れ曲がり、ボールのように後方へ吹き飛ぶ。
凄まじい衝撃音。だが、彼女は剣を抜いてすらいない。
「な、なんだ!?」
「きえええいッ!」
残りの4人が慌てて襲いかかるが、まるで止まって見えるかのように、彼女は最小限の動きで躱していく。
斧を半身で避け、すれ違いざまに男の顎へ、剣の柄頭を叩き込む。
ゴッ、という鈍い音と共に、男が白目を剥いて崩れ落ちる。
「ひ、ひぃぃぃ!?」
逃げようと背を向けた男の首筋に、彼女の手刀が吸い込まれるように決まった。
彼女の一撃一撃が、重戦車のような重さを伴って男たちを沈黙させていく。
(すげぇ……! 剣を使わなくてもTUEEEE!!)
五人が地面に突っ伏してピクリとも動かなくなるまで、10秒もかからなかった。
全員、気絶している。殺してはいない。
圧倒的な実力差ゆえの、慈悲ですらない手加減。
静寂が戻った森。
少女は乱れた前髪を無造作にかき上げると、興味なさそうに気絶した男たちの山に背を向けた。
そして、まだ地面に這いつくばっている俺の方へと、ゆっくりと歩み寄ってくる。
俺は薄れゆく意識の中で、その光景に見惚れていた。
強い。美しい。そして、怖い。
(へへ……すげぇ……。俺の、ヒロイン……)
彼女は俺の目の前で立ち止まると、冷たい瞳で見下ろしたまま、ボソリと言った。
「おい。質問に答えろ、変態。……ここはどこだ? 戦線からどれくらい離れている?」
「フロント……?」
掠れた声が、俺の口から漏れた。
だが、そこまでだった。
限界を迎えた視界が、プツリと暗転する。
最後に焼き付いたのは、ゴミを見るような、けれど最高に美しい彼女の瞳だけ。
俺の意識は、深い闇の底へと落ちていった。




