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枯れ果てた世界と、路傍の石

 世界はいつだって、乾いた雑巾みたいにカスカスだ。

 潤いがない。奇跡がない。そして何より、俺、川崎智かわさきさとしには居場所がない。

「……また、お祈りかよ」

 スマホの画面に映る『今後のご健闘をお祈り申し上げます』という定型文。これで今月に入って二十社目だ。

 俺は二十四歳。大学を中退してから二年、空白の履歴書を抱えて彷徨う、正真正銘の「冴えない男」だ。

 安いリクルートスーツは背中がヨレていて、安売りで買った革靴は踵がすり減っている。すれ違うサラリーマンたちが俺を見る目は、どこか哀れみを含んでいるように見えた。

 俺だって、こんなはずじゃなかった。

 好きなことだけして生きていけると思っていたし、いつか何かデカイことができると根拠もなく信じていた。だが現実は、才能もコネも気力もない俺を、ただ淡々と処理していくだけだ。

「はあ……転生してぇ」

 口癖のように呟く。

 俺の唯一の楽しみは、web小説投稿サイトで「なろう小説」を読むことだ。

 トラックに轢かれる。女神に出会う。チート能力をもらう。そして、俺を馬鹿にした奴らを見返して、美少女たちに囲まれる。

 そんな妄想だけが、俺の乾いた心を癒やしてくれる。

 夜道をトボトボと歩きながら、俺はふと空を見上げた。

 東京の夜空は明るすぎて、星なんて見えやしない。

 俺はずっと思っていた。この地球という星は、何かが欠けていると。まるで、誰かがエネルギーを根こそぎストローで吸い尽くした後のジュースみたいに、世界そのものが「出がらし」みたいな味気なさをしている。

 魔法も、奇跡も、未知なるものも、何一つ残っていない搾りかすのような星。

「……ん?」

 横断歩道を渡りかけたとき、アスファルトの隅に、妙なものが落ちているのが目に入った。

 空き缶でも、ゴミでもない。

 直径三センチほどの、歪な形をした石ころだ。

 だが、ただの石じゃなかった。

 街灯の明かりすら吸い込むような、絶対的な漆黒。

 まるでそこだけ空間が切り取られたような黒さが、妙に俺の心を惹きつけた。

「なんだこれ……宝石、か?」

 俺は吸い寄せられるようにその場にかがみ込み、石を拾い上げた。

 瞬間、指先から奇妙な熱が伝わってくる。

 熱いような、冷たいような。そして、脳の奥底が痺れるような感覚。

 直感が告げていた。これは、この「出がらし」の地球に残された、最後の特異点だと。

 ――宇宙で最後の魔石。

 なぜか、そんな厨二病全開のフレーズが頭に浮かぶ。

「はは、俺も末期だな。石ころ一つで物語を作っちまうなんて、なろう小説の読み過ぎだわな...」

 自嘲気味に笑い、立ち上がろうとした、その時だった。

 キィィィィィィィィィッ!!

 鼓膜をつんざくブレーキ音。

 視界の横から、暴力的な質量の光が迫ってくる。

 大型トラックだ。信号無視か、居眠りか。

 俺が石を拾うために立ち止まったその場所は、横断歩道のど真ん中だった。

(あ、これ、死んだ)

 思考がスローモーションになる。

 ヘッドライトが俺の網膜を白く焼き尽くす。

 これがテンプレ通りの異世界転生なら、俺は歓喜すべき場面かもしれない。

 だが、現実は小説じゃない。ただ痛くて、苦しくて、無様にミンチになって終わるだけだ。

 俺の人生、最初から最後まで、いいところなしの冴えないモブキャラのまま――。

『――事象改変ヲ承認。媒体<最後の魔石>ヲ確認』


 頭の中に、無機質な機械音声のようなものが響いた気がした。

 ああ、これが走馬灯ってやつか。幻聴まで聞こえるとは、俺の脳みそも最後の最後で焼きが回ったらしい。

 迫りくるトラックのヘッドライトが、視界を白く塗りつぶしていく。

 熱い。眩しい。

 不思議と恐怖は薄かった。あるのは、深く重たい諦めだけだ。

 結局、俺の人生なんてこんなもんだったな。

 大学を辞めて、就活に失敗して、誰からも必要とされず、最後は深夜の交差点でミンチになって終わり。

 握りしめた石ころが、カイロみたいに妙に熱いのだけが、最期の感触だなんて笑えない。

(あーあ……死ぬのか)

 スローモーションの世界で、俺はふっと息を吐き出すように心の中で呟いた。

(どうせ死ぬなら……このまま、異世界にでも行きたかったなぁ……)

 それは、叶うはずのない、負け犬の最後の遠吠え。

 未練がましく、脳裏には読み漁った小説の情景が浮かぶ。

(それで……どうせなら……美少女とイチャついたりしたかった。俺の性癖どストライクの……罵倒してくるツンデレ美少女と……)

 そんな馬鹿げた妄想を最後に、俺は目を閉じた。

 ドォン、という衝撃が来るはずだった。

 しかし。

 俺の「諦め」と「妄想」を吸い上げた手のひらの石が、カッと音を立てて輝いたことになど、俺は気づかないまま。

 トラックが俺に触れる寸前、世界がブラックアウトした。

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