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(仮)少女は後宮にて  作者: 雨野しずく
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プロローグ 第2話 鳳の門の内側で

 陽の光が、宮城の白壁を反射して眩しい。


 鳳の門をくぐった瞬間、玲玲はひやりとした空気に包まれた。外の蒸し暑さが嘘のように、門の内側には陰影と静けさが支配している。周囲の下女たちはぴしりと背筋を伸ばし、まるで一糸乱れぬ機械のように歩を進めていた。


 彼女は、列の最後尾でこっそりと嘆息する。


 ――ここが、後宮か。私みたいな街の薬草売りが、足を踏み入れる場所じゃない。


 つい先日まで、玲玲は西市の薬草屋「沈家薬鋪しんけやくほ」で草を仕分け、煎じ薬を包んでいた。父の死後、薬鋪は叔父に取られ、彼女は町娘から一転して「後宮の下女候補」として売られることになったのだ。金銭と引き換えに。


「お前、新入りだろ。歩きながらよそ見するな」


 低い声で叱責された。前を歩く下女が、振り返りもせずに言葉を投げる。


 玲玲は小さく頭を下げ、足並みを整えた。

 視線だけを動かしながら、周囲の様子をこっそりと観察する。


 美しく整えられた石畳。立ち並ぶ楼閣や回廊には、赤い塗りが施され、梁には龍や鳳凰の彫刻が絡んでいた。淡い香が漂っているのは、あちこちで焚かれている沈香じんこうと梅の香のせいだ。


 だが、目を引いたのは建物ではなかった。


 ひときわ立派な廊下の角で、一人の女官が足を引きずって歩いていたのだ。誰も気にする素振りを見せないが、玲玲にはその仕草が妙に気になった。


 歩き方はぎこちないが、表情は凛としている。無理をしている……いや、何かを隠している?


(あの人、左足首をかばってる。あれは捻挫じゃなく、膿が溜まってるのかも……腫れがあるから靴が合ってない)


 思考が、勝手に薬草屋時代の癖で動く。

 玲玲は我に返り、慌てて列に意識を戻した。


 やがて一行は「常徳司じょうとくし」と呼ばれる建物に案内された。新しく後宮に入った者たちは、ここで三日間の「習い」を受けるのだという。


「よく聞け。ここでは名を名乗る必要はない。お前たちはただの下女。名前など不要。呼ばれたい名があるなら、この三日で気に入られることだ」


 現れたのは、厳しい目つきをした年配の女官。

 皆が一斉に頭を下げる中、玲玲もそれに倣った。


 午後は、礼儀作法、言葉遣い、部屋の掃除の手順などが次々と教えられた。

 疲労と緊張で皆がくたくたになる頃、夕刻の鈴が鳴り、ようやく解散となる。


「ちょっと、新入り」


 背後から声をかけられ、玲玲が振り向くと、先ほど列の先頭を歩いていた下女――細面で、皮肉っぽい笑みを浮かべた少女が立っていた。


「観察好きだね、あんた。あの女官、足を引きずってたでしょ?」


「……ええ、ちょっと気になって」


「ふん。あれはね、陛下のお気に入りだった貴妃さまの侍女だったの。でも最近、貴妃さまは謎の病で寝たきり。あの女官も、失脚寸前なのよ」


 言いながら、少女は声を潜めた。


「この宮中じゃ、病気ひとつでも命取り。薬ひとつで人が死ぬこともある。…ねえ、あんた、薬草屋だったんでしょ? わかる?」


 玲玲は、思わず目を細めた。


 ――なぜ、それを?


「西市の沈家の娘でしょ? あの薬鋪、有名だったから。私の伯母が風邪のとき、あんたのお父さんに助けられたって言ってた」


 少女は、玲玲に手を差し出した。


「私は小玉シャオユー。ここで長く生き残るコツ、教えてあげる。……その代わり、観察眼と知識、ちょっと貸してね」


 玲玲は、小さく笑った。


「いいわ。でも……死なない程度にしてくれる?」


「もちろん。死んだら、秘密も使えないからね」


 鳳の門の内側で、玲玲の新しい日々が、静かに始まっていた。

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