表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(仮)少女は後宮にて  作者: 雨野しずく
11/26

第8話:秘薬の痕跡と、漂う陰謀

雨上がりの後宮は、しっとりとした湿気と練香の甘くも冷たい香りに包まれていた。

玲玲は小柄な体を屈め、誰にも気づかれぬようそっと香炉の灰を掬い取る。


牡丹香ぼたんこう……この香は華やかでありながら、気鬱を晴らす効能があるのだが――」


玲玲の指先に残る灰は、淡い紫色を帯びていた。

彼女の脳裏に、昨日の宦官・桂祥けいしょうの死の光景が甦る。

口元に泡を浮かべ、指先には黒ずみ、そして寝殿の香炉に立ちこめていた妙な香気。


「……あの死は、ただの病死ではない」


宮中の尚薬局見習い調査官――新たな役目を任された玲玲は、秘薬の成分を推理しながら、後宮の闇に深く足を踏み入れていた。


玲玲は昨夜、禁軍の協力を得て桂祥の遺体の解剖を行った。

青白く変色した肌には、うっすらと紫斑が浮かび、爪の間には微量の黄褐色粉末が付着していた。


「この粉末は……『烏頭うず』の精製品に違いない」


烏頭は猛毒を持つトリカブトの根であり、乾燥させて粉にすると香料にも混ぜやすい。

加熱すると揮発して、長時間吸い込めば中毒症状を引き起こす。

しかも精製されたものは通常より強い毒性を持つため、微量でも命取りだ。


「指先の黒ずみは、毒に触れた痕だろう。桂祥は知らず知らずに毒の香を吸い続けていた」


玲玲の推理に禁軍の衛士たちも目を見張る。


香炉の灰からは、成分の一つである「鸚鵡嘴おうむばし」の痕跡が検出された。

鸚鵡嘴は南蛮渡来の珍しい香草で、少量ならば精神安定効果を持つが、過剰に使うと神経毒となる。

そして、その主成分クリンチン酸は独特の揮発性を持ち、燃えた灰にも香気が残るのだ。


「桂祥は、この鸚鵡嘴を含む香を何らかの形で使用させられ、命を奪われた」


玲玲は記録帳を調べ、前夜の香の処方が妙芝女官の筆跡ではないことを突き止めた。


「つまり、誰かが意図的に処方をすり替えたのだ」


その瞬間、背後から足音が近づく。


「そんなところで何をしている、下女」


声の主は内侍監の若い宦官・蘇靖そせいだった。玲玲の動きを警戒し、尾行していたのだ。


「香の成分に不審な点があります。桂祥の死は偶然ではありません」玲玲は落ち着いて説明した。


「証拠はあるのか?」蘇靖は厳しい目を向ける。


「あります。香炉の灰と桂祥の爪の間に、同じ毒性成分が検出されました」


蘇靖は一瞬黙り込み、やがて静かに言った。


「皇帝が、君に尚薬局の調査官を命じた理由がわかる気がする」


玲玲は息を呑んだ。


「しかし、この事件は慎重に扱う必要がある。鸚鵡嘴を扱える者は限られている。しかも、高貴妃の近くにいる者の中にだ」


「……後宮での“見えざる闘争”ですね」


「その通りだ。妙芝女官をはじめ高貴妃付きの香調師は、明日から一時的に職を解かれる。皇帝の命だ」


「では、私は?」


「君には香と薬の調査を任せる。死の理由を暴き、後宮の闇に光を投げかけよ」


玲玲は心の中で決意した。


「この後宮では、香も薬も、命を左右する武器だ」


新たな任務の幕開け。

後宮に渦巻く陰謀と毒の謎を、玲玲は解き明かしてみせる。

と静かに誓うのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ