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拒絶

 その日の夜は、燈凛に誘われ、海斗は、彼女の部屋でテレビゲームをしていた。型落ちのレースゲームを二人でエンドレスでプレイしている。嫌いではないが、いい加減飽きてきたと、海斗は小さくあくびをした。


「ねぇ、燈凛ちゃん。もう寝ないの」


「もうちょっといいでしょ」


 海斗はちらりと時計を見る。時刻は深夜ニ時。いつもなら、もうとっくにエスカのもとに行っている時間であった。


「僕さ、もう、眠いや。部屋に戻ってもいい?」


「もうちょっと、もうちょっとやろうよ。せめて私が勝つまで」


「また、明日やればいいじゃん」


「夜やるから面白いんじゃん」


 ドンドンッ


 屋根裏部屋から物音が聞こえた。


 その音に、燈凛はゲーム画面を見つめたまま、びくりと震える。


 海斗は天井を見上げ、気まずそうに燈凛の顔と見比べた。

沈黙ののち、燈凛は乾いた笑いを浮かべる。


「あははは、大きなネズミ……もしかしたらイタチとかかも。東京になんかでないでしょう。羨ましいな」


 ドンドンッ ドンドンドンッ……。


 まるで催促するように、その音は鳴り続けていた。


 エスカが呼んでいる。海斗はコントローラを手放すと、ドアに向かって歩き出した。


「待って、どこいくの」


「やっぱりもう寝る」


 燈凛は戸の前に立つと、両手を広げて道を塞いだ。


「どいてよ。燈凛ちゃん」


 燈凛は両手を広げたまま、何も言わずにドアを塞いでいた。ロードを終えたゲームが、軽快なBGMを奏で続けていた。


「嫌よ」


「なんで……」


「だって、かいちゃん。行くんでしょ。屋根裏部屋」


 じっとりと。ただ、真っ直ぐに燈凛は海斗を睨みつけた。まずいと、海斗は言い訳を探すが、何も見つからず、その目を逸らすことしかできなかった。


「ねぇ、かいちゃん。私、昨日貴方の後を追って、屋根裏部屋行ったの。最近、貴方様子が変だったから……」


 海斗の心臓がドクンと波打つ。しまった。見られていた。どうしよう。そんな言葉だけが彼の頭をめぐった。


「ねぇ、あそこにいたのは何?あの白い化け物は一体……」


「エスカは化け物なんかじゃない!!」


 海斗があげた声に、燈凛はびくりと震えた。


「そう……エスカっていうのね。アレは」


 ドンドンッ ドンドンドンッ……。ドンドンッ ドンドンドンッ……。


だんだんと、屋根裏部屋が忙しく鳴り始める。明らかに鼠や小動物のそれとは違う、何か人為的な音。それが子供部屋に響き続けた。


「……どいてよ燈凛ちゃん。僕、行かないと」


 海斗は燈凛を押しのけ、戸を開けようとするが、燈凛は抱きしめるようにしてそれを阻止した。


「だめ!だめ!かいちゃん!行ってはだめ!!」


 激しく天井は鳴り響く。ぱらりと埃が部屋に降り注ぎ、電灯は激しく揺れた。


 それを見上げて、燈凛が「うるさい!」と叫ぶと、音は止み、揺れは次第に収まっていった。


「ごめんかいちゃん。屋根裏部屋のお化けの話が、本当だなんて思わなくて……」


「エスカはお化けなんかじゃない!」


「化物だよ。あんなもの!」


「妖精なんだよ?ほら、見て、僕に魔法を教えてくれたんだ」


 彼女のすばらしさを証明するため、背に腹は代えられないと。燈凛の眼前で、海斗は手のひらに小さな炎を宿した。


 燈凛はぎょっとそれを見つめる。


「そうだ。燈凛ちゃんも一緒にいこうよ。きっと魔法を教えてくれるよ。エスカは優しいもん」


 バレてしまってはしかたない。彼女を仲間にしてしまえばいい。海斗は極めて楽観的に燈凛を誘った。


 燈凛は顔を引き攣らせ、なお一層、海斗を強く抱きしめた。


「かいちゃん。ねぇ、海斗!それは妖精なんかじゃない……もっと、別の恐ろしい何かよ!」


 海斗は、燈凛の腕を乱暴に振り払った。


「やめてよ!エスカを悪く言わないで!僕が屋根裏に行ったって、燈凛ちゃんにはなんの関係もないだろ!ほっといてよ……」


「ほっとけないよ!家族だもの」


 燈凛は、海斗を見つめながら、語りかける。その唇は震え、瞳はゆらゆらと電灯の光のもとでゆらめていた。その光から目を逸らし、海斗は天井を見上げて、大きく、わざとらしく息を吐く。


「はは、家族。たかだか年に数回会うだけのほぼ他人みたいなもんじゃないか。同情はやめてくれよ」


「同情なんかじゃ……」


 優しい言葉が海斗に刺さる。聞こえの良い言葉は、今の彼にとっては、耳障りでしかなかった。そんな言葉を容赦なく浴びせてくる燈凛がどうにも憎らしくて、海斗の頭の中にはどう返せば、彼女を傷つけられるかなんて、浅ましい考えが湧いては消えるを繰り返していた。


「なんで僕がこの田舎に来たのか燈凛ちゃんだって知ってるんだろう。リコンチョーテーって言うんだ。家族でなくなる話し合い。それを東京で父さん母さんはしてるんだ。揉めてるんだよ。どっちが僕を引き取るか!どっちっちも僕のことなんかいらないから!」


「そんな……おじさんもおばさんも、かいちゃんのことちゃんと大事に思ってるよ」


「なんで姉ちゃんは僕の気持ちをわかってくれないの?わかるはずだろ!姉ちゃんだって生まれる前からとっくに父親に捨てられてるくせに!」


 はっと、燈凛が息を呑む。その瞬間だけ彼女は反射的に海斗を睨みつけた。それ見たことかと、海斗は目を逸らす。それを燈凛は見逃さなかった。燈凛は渾身の力をこめて、海斗を押し倒す。二人はぼすりと布団の上に倒れ込み、取っ組み合いの喧嘩となった。


「なにすんだよッ!」


 ポタリと、海斗の頬に雫が落ちる。見上げれば、あとからあとからポタリポタリと、燈凛の瞳から、ついに決壊した涙が溢れ出していた。


「分かってないのはあんたの方よ。あんたがどう思おうと、みんなあんたのこと心配してるに、愛してるに決まってるじゃない。私だって、おばあちゃんだって、ひいばあちゃんだって、おじさんおばさんだって、絶対にあんたのこと愛してる!なんでそれ分かんないんのよ!」


 燈凛は両の手のひらで、海斗の手を塞ぐ。ギリギリと締め付けられる手首の痛みに、次第に海斗も冷静さを取り戻しつつあった。


「燈凛ちゃん……。痛いよ。離して」


 燈凛の目は大きく見開かれ、海斗の声はもはや届いていない。息を荒く、ただ涙を海斗に落とし続けていた。


「かいちゃんを、絶対に化け物に取られてたまるもんですか……」


「燈凛ちゃん……!」


「そうよ、あんなものがあってはならないの。そうだわ。明日お母さんに話して、村のみんなに討伐隊を作ってもらおう。それで化け物を殺して、屋根裏に鍵をかけてもらおう。木で蓋して、もう誰も近づけないように……」


「ねぇ、燈凛ちゃん!なんかおかしいよ!ねぇ!僕の声聞いてよ!」


「絶対に殺しやる。あんな化け物。私が殺してあげる」


「やめて……やめてよ燈凛ちゃん!!」


 もう手首が折れてしまうのではないかというほどの痛みが走り、海斗はぎゅっと目を瞑り、声の限り叫んだ。


「やめて!」


 その瞬間。


 海斗の手首を掴んでいた、燈凛の力が弱まる。かひゅ。という音が、燈凛の口から漏れ出たかと思うと、そのまま海斗の上へと彼女は落ちてきた。


 鈍い衝撃を感じつつ、海斗は燈凛をおしのけ、後ずさりをした。


 布団の上で燈凛は、海斗を見つめたまま、まるで陸に打ち上げられた魚のように痙攣を始めていた。


 口の端から泡が吹き出し、見開かれた目は瞳孔を揺らしている。しばらくその場で暴れる燈凛を海斗は呆然と眺めることしできなかった。


 小刻みに震えていた燈凛の体が一際大きく跳ねたかと思うと、ついに彼女は動かなくなった。


 しばらくの沈黙の後、やっと我に返った海斗は、恐る恐る燈凛に近づき、倒れたままのその肩を、軽くゆすった。


「燈凛ちゃん……。ねぇ、どうしたの?ねぇ……」


 燈凛は海斗の呼びかけに反応することなく、ただされるがままに揺らされていた。


「あ……うそ。僕が……。そんな、そんなつもりは……ねぇ、起きてよ燈凛ちゃん!!」


 自分の魔法のせいだと。海斗が自覚するのに、そう時間はかからなった。


 助けて。誰か。と呼んでから、救急車が来るまでゃ目まぐるしかった。


 

 サイレンの音に、家の周りには人々がまばらに集まった。


 燈凛は、母親と共に、救急車に乗って行った。


「大丈夫よ。かいちゃん。大丈夫だからね」


 月子は、赤いサイレンを見送ると、傍らにいた海斗のことをぎゅっと抱きしめた。古い石鹸と線香の香りのまじった祖母のパジャマで海斗は潤む瞳をぬぐった。


―ちがう。ちがうのだ。全部全部僕のせいなんだ。


 本当は全て、自分の拒絶が招いたことなのに、誰もが自分を疑うことはしない。燈凛は、自分のことを心配してくれただけなのに、その優しい従姉に自分はなんてことをしてしまったのか。後悔と自分への苛立ちだけが、海斗の心に澱のように溜まっていった。


 生ぬるい風が吹く。ぽつりぽつりと振り始めた雨は、次第にその勢いをまし、野次馬たちを散らして行った。

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