味気
それから毎日、海斗はエスカの元に通い、魔法を教わった。
「カイト。貴方とっても筋がいいわ」
海斗の手に宿る、みかんほどの大きさ炎を撫でながら、エスカは微笑んだ。
「ほんと?エスカ」
エスカが海斗の炎を、つん、と右手の指先で小突くと、炎は小動物のように彼女の指先から、腕へ、腕から肩へ、肩からまた腕へと移動していく。炎が左手の指先まで移動したかと思うと、それは風を起こすような猛火へと化け、すぐに消えていった。
「すごいや」
「言ったでしょう。カイトにだって、そのうちできるわよ。……今日は石を砂にする魔法を教えましょう」
エスカと過ごす時間は海斗にとって特別なものになった。夜になるのが待ち遠しく、朝が来るのが狂おしいほどに口惜しかった。
「いい、海斗。魔法が使えることを他の人に言ってはダメよ」
「え?どうして、僕、みんなに見せたいよう。この力」
エスカは憂いを浮かべると、ゆっくりと首を振った。
「気持ちはわかるけど。ダメよ。人間の大人はね、魔法が嫌いなの」
「どうして?」
「認めたくないのよ。自分たちよりすごいものがあるって」
「……でも実際に魔法を見たら変わるかもよ」
「いいえ、きっと脅威として、この屋根裏を壊しにくるわ。そうしたら、私たちもう会えなくなっちゃうのよ?」
海斗はエスカのその言葉にぶんぶんと首を振る。
「そんなの嫌だよ。エスカ……じゃぁ、子供は?友達とか、そうだ燈凛ちゃん。俺の従姉とか」
エスカは海斗から手を離すと、虹色の瞳をそっと伏せた。
「子供はもっとだめ。子供は大人にすぐに私たちのことを告げ口するの」
絶対に秘密だよ。そんな文言が意味をなさないことは、海斗もよく知っていた。確かに。と海斗はため息を漏らした。
「そうだね。魔法のことを友達に言うのはやめるよ」
エスカは浮かない顔のまま、海斗をそっと見つめ直す。
「アカリっていうのは女の子?」
「うん。そうだよ」
「あんまり、私の前で他の女の子の話はしないで欲しいな」
「え、なんで」
「なんででも。なんかつまらないんだもん。約束してよカイト」
エスカは海斗の両手を握ると、じっと彼を見つめた。虹色の瞳は彼女自身が発する光を反射して、キラキラとしていた。
海斗はどきりと心臓が速くなるのを感じながら、顔を赤くして彼女から目を逸らす。
「わ、わかったよ。アカリちゃんの話はしない」
「うん。ありがとう約束よ」
エスカは嬉しそうに微笑んだ。
「あ、そうだ。今日はね、いいものを持ってきたんだ」
恥ずかしさから、エスカの手を軽く振り払い、海斗は持ってきたリュックサックを探った。朋恵が仕事場でもらったと、海斗にくれた駄菓子の詰め合わせだった。
ポテトチップスに、チョコレート、煎餅にマシュマロ。海斗は一つずつ封を開けて、エスカに渡していった。エスカは一口食べるたびに、目を見開き、肩を振るわせ、瞳を輝かせた。
「カイト!オカシっておいしいのね!」
「うん。そうだね。どんどん食べなよ」
「ありがとうカイト」
夢中でお菓子を貪っていたエスカだったが、しばらくしてその表情が曇り始めた。
「どうしたの?お腹いっぱいになっちゃった?」
海斗が心配そうに見つめると、エスカは首を横に振ってから、今度は斜めに傾ける。
「なんか、いつまで経っても口の中から無くならなくて」
くちゃくちゃと音を立てながら、エスカは困ったように海斗を見つめた。
海斗は辺りを見渡し、小さな包みを拾いあげる。
「ああ、エスカ。それはガムだよ」
「ガム?」
「うん。ガムはね、味がなくなったら吐き出していいんだ」
包み紙を拾い上げ、海斗はそれをエスカに渡す。
エスカはそれを受け取ると、目を大きく開いてぱちくりと動かした。
「味がなくなったら……吐き出していいの?」
「うん。それがガムだよ。この紙にペッてするんだ」
エスカは遠慮がちに紙の上にそれを吐き出した。
「そしたら丸めて、捨てて終わり」
「味がなくなったら捨てるなんて、人間って面白いもの考えるのね」
「そう……?」
「うん、とっても面白い」
エスカが微笑むと、海斗も心の底から嬉しかった。