天井
真っ暗な部屋に響くのは、外にいる蛙の声だった。海斗はスマートフォンを使って無音でゲームをしていた。
色とりどりのブロックたちが組み合わさっては消えていく。しかしゲームクリアとなる前に、充電切れよって画面はブラックアウトした。
海斗はのっそりと上半身だけ起き上がると、モバイルバッテリーにスマートフォンをつなげた。
ほどなくして携帯の画面に光が灯る。時計の表示は深夜ニ時を指していた。
海斗は口を大きく開けてあくびをする。目が重くなって、程よい具合に体が重くなってきた。
海斗が布団に戻ろうとした時だった。
ドンッ。
上の方から何かを叩くような音が聞こえた。
海斗はその音に、びくりと体を振るわせ、そっと視線を天井に移した。電灯の紐がゆらゆらと規則的に揺れているのを見て、彼は首を傾げた。
客間の真上は燈凛の部屋であった。
ドンッ。……ドンドンドンドン……
その音は、しばらく小刻みに、リズミカルに響いていたが、数十秒後。ピタリと止まった。
外の蛙もまるで示し合わせたように押し黙り。部屋は静寂に包まれた。どくんどくんと海斗の心臓が波打つ振動だけが彼の体の中を満たしていく。
居たたまれなくなった海斗は、さっと起き上がると、客間の襖を開けて、廊下へと出た。
―きっと燈凛ちゃんが起きてるんだ。ニ階に行ってみよう。
そう言い聞かせて、海斗は壁伝いに廊下を歩いた。
ゆっくりと歩くたびに、板ばりの床はギィっと不愉快な音を立てた。
いつもは数歩の階段までの道のりも、今の海斗には数十メートルの距離に感じた。
やっと階段の下にたどり着いて、首を伸ばして見ても、その階上は見えなかった。奥の方まで続く闇は、まるでどこまでも続いているかのようで、海斗は乾いたのどにつばを飲み、階段を上がり始めた。
ほんの二、三年前までは、海斗と燈凛は二人で同じ部屋で寝泊まりしていた。そうして夜更かしするのは何よりも面白かった。
年齢が上がった今。男女が部屋を分ける本位については深く考えてはいない海斗だったが、至極自然なことだとは思っていた。
第一去年は客間には母と父と海斗の三人で川の字でなって寝ていたのだ。たった一人ぽつんと客間で夜を過ごすのは、まだ海斗には寂しかった。
この闇を超えれば、燈凛の部屋にたどり着く。あわよくば、一緒にゲームでもして過ごせればと、彼は階段を用心深く登っていった。
二階にあるのは、燈凛の部屋と物置部屋だけである。海斗は燈凛の部屋の前まで来ると、そのドアを控えめにノックした。
「燈凛ちゃん。起きてるー?」
小さな声で問いかけるが、返事はなかった。
海斗は首を傾げて、ドアを少しだけ開けてみた。
中は電気が消えて暗かったが、ようやっと目をが慣れた海斗には、ぼんやりと布団が膨らんでいるのが分かった。よく耳をすませば、すーすーという寝息も聞こえた。
「あれ……寝てる?」
ドンドンドンッ。
再び、もっと近くでその音が響き、海斗の心臓は跳ね上がる。恐る恐る音のする方を見ると、それは天井から響いていた。
「なんで……」
震えながら、部屋を出る。一階で聞いた時よりも音は大きかった。
ー屋根裏部屋にはお化けがいる。
燈凛に聞いた怪談話が海斗の頭をよぎった。
「ひっ」
海斗は小さく悲鳴を上げると、階段を駆け降りた。まるでそれを急き立てるように音は一層酷くなる。海斗は一階まで転がり落ちるように降りると、客間へと飛び込んだ。
布団を被りガタガタと震える。天井から音はもうしなかった。だが、海斗はいつまた音が鳴るかと朝日が昇るまで布団の中で怯えていた。