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雷鳴

 海斗は、客間の布団の中で目を覚ました。眠い目を擦り、窓を見れば外はすでに明るくなって、ちゅんちゅんと鳥たちが鳴いていた。


 海斗は客間から廊下に出ると、ガヤガヤと声のする居間の襖を開けた。魚の焼ける匂いがして、居間では折原家の面々が朝ご飯を食べていた。


「かいちゃん。今ちょうど起こそうと思っていたところなのよ」


 割烹着姿の月子が海斗の手をひっぱり、ちゃぶ台の前へと座らせる。


 目の前にはご飯と味噌汁。焼き魚と野菜の小鉢が並んでいた。最近ずっと朝はパンばかりだった海斗は、久々に見る和の朝ご飯の羅列に目をぱちくりとさせた。


「あら、海斗君。久しぶりー。昨日は叔母さん残業だったから挨拶できなくてごめんね」


 向かいに座っていたのは、海斗の叔母である朋恵であった。朋恵はシングルマザーであり、村の役所で働いている。シャキッとしたパンツスーツ姿が和食の朝ごはんと板の間にアンバランスだと海斗は思った。


「いえ。えっと……」


 海斗はキョロキョロと辺りを見渡した。


「ああ、燈凛あかりなら部活の朝練に行ったわよ」


「ああ、そうなんですか」


 燈凛は、海斗の三つ上の従姉であった。一人っ子の海斗にとって姉のような存在であり、帰省した際は構ってもらえる大好きな存在であった。


「かいちゃん。今日は川遊びとか虫取りするの?そうするなら、納屋から道具出してあげるけど」


 月子は海斗の隣に座り微笑んだ。


 海斗は朝ご飯を口に含みながら、少し考えてそっと首をふった。


「いや、もうそんなことする年じゃないんだ……。宿題だってあるし」


「あらー……そうなの」


 月子は残念そうに返した。


 本当は興味がないわけではなかった。ただそれが楽しかったのは普段仕事ばかりの昌司が付き合ってくれたからだった。だが、今年はそれがない。そして今後もあることはないのかもしれない。海斗はそう思うと、再びじんわりと、涙が滲んでくるのだった。


 泣いてることを悟られないように海斗は上を向き、残りのご飯を味噌汁で流し込んだ。


   ※


 午後は矢のような土砂降になり、その矢たちは、景色を灰色に変えた。


 海斗が一人ゲームをしていると、ガラガラと玄関が開く音がした。


 海斗が客間から廊下へ顔を出すと、玄関にはおさげの先から水滴を滴らせた少女が一人立っていた。


「あ、燈凛ちゃん」


 海斗は声をかけて、ゲームを持ったまま、玄関まで迎えに出た。


 燈凛は、海斗を見つけると嬉しそうに片手をあげた。


「かいちゃん。おひさー!昨日はずっと寝てたから話せなくて寂しかったよ」


「うん。あはは、ごめんね。それより部活終わったの?」


「んー、雨が降ってきそうだから午後練は中止になったの。帰る途中で降られちゃったぁ。悪いけどタオル持ってきてくれる?」


「うん。わかった」


 海斗は月子からタオルをもらうと、それを燈凛に渡した。彼女は玄関で大方の水気を切ると、「シャワー浴びてくる」と風呂の方へ消えていった。


 海斗は燈凛が風呂から上がってくるのを楽しみに待っていたが、三十分以上経っても彼女が上がってくる気配はなかった。


 海斗がそれを月子に愚痴ると、


「あの子、最近年頃だから。やけに長風呂でね。もう三十分は上がってこないわよ。ドライヤーもかけるから……あと一時間ぐらいは入ってるんじゃないかしら」


 それを聞いて、海斗はくったりと畳に寝転がる。窓にうちつける雨の音を聞くうちに、海斗は眠りに落ちていった。


   ※


 海斗はただ、真っ暗な空間に揺蕩っていた。どちらが上か下かもわからず。ああ、これは夢なんだと考えた。自分の指先すら見えないような世界でも不思議と怖いとは思わなかった。


 それどころか安心するような。遠い昔にそこにいたような。母親の胎内のような暖かさまで感じていた。


 はたと、海斗は、はるか先の方に光るものを見つけた。酷くそれに惹かれた海斗は空間をかき分けて、その光のもとに近づく。今にも消えそうなか細い光にどんどん、どんどん近づいてようやく届きそうになったとき、


 ーーくるな


その声はやけにはっきりと響いた。


   ※


 海斗がガバリと起き上がると、「うわぁ!」という声が目前から聞こえた。


 海斗のすぐそばで燈凛が尻餅をついて、彼を見つめていた。


「びっくりした。大丈夫?うなされてたけど」


 燈凛はTシャツにショートパンツを着て、首にはタオルをかけていた。ほんのりと香るシャンプーの香りに、海斗の意識ははっきりと現実へと戻ってきた。


「え……ああ、うん」


 海斗はぐっしょりとかいた寝汗に気づき、皮膚に張り付いたTシャツを剥がして、襟首をパタパタとさせた。


「なんか、怖い夢でも見てた?」


「いや……うん。ああ、なんだったけ。忘れちゃった」


「なにそれー。あはは」


 ゴロゴロという地を鳴らすような音に、海斗は窓の外に目をやった。


「あれ、雷……?」


「うん。今年多いのよ」


 燈凛は苦虫を潰したような顔で窓の外を睨みつけた。


「燈凛ちゃんは雷苦手な人だっけ」


「あんなの得意な人間いないわ。それに都会と違ってね。田舎は高い所ないじゃない。だから落ちやすいから。くれぐれも外に出ないでね」


 瞬間。部屋が真緑色に点滅した。そのあとでバリバリという耳をつんざくような音が響いて、照明が消えた。


「なになになに!」


 海斗は驚いて燈凛の体にしがみつく。


 燈凛は乱暴にその肩を叩いて、はぁ。とため息をついた。


「ほら、言ってるそばから……。おばあちゃん!雷落ちたー!停電!」


 燈凛が大声で怒鳴ると、遠くから「わかってるわよお!」と月子の声が聞こえた。


 ※


 夜になると、雨は小雨になったが停電が復旧するのは明日ということで、懐中電灯を囲んでの夕食となった。折原家の面々は朋恵が買ってきたコンビニ弁当を皆で食べた。


 それを食べ終わると、燈凛は懐中電灯で顎下を照らしながら、対面に座る海斗にニヤリと笑いかけた。


「かいちゃん。怖い話しようよ」


「えー、怖い話?」


 その顔が面白く、海斗はケタケタと笑った。


「もー、本当に怖いんだから。うちに、屋根裏部屋あるのって知ってた?」


 海斗はブンブンと首をふる。生まれてから年に一度はこの折原の家に帰省していた海斗だったが、そんな部屋の存在は知らなかった。昌司からも聞いたことなかった。


「屋根裏部屋って言ってもさ。鍵がかかってるから私も中には入ったことないの。聞いたらママもないんだって……。で、なんで鍵がかけられてるかっていうと、その扉の先は、お化けの世界につながっていて、そこにいる物怪を封じ込めてるんだって」


 海斗は思わず天井を見つめる。懐中電灯が当たった部分だけが土塗りでシミだらけだった。


 燈凛はキョロキョロと辺りを見渡す。月子はキッチンの方で食後のお茶の準備をしており、朋恵は仕事の電話で席を立っている。おぼろはこくりこくりと椅子に座ったまま眠りこけていた。

 

 燈凛はそれらを確認して立ち上がった。対面から海斗の真横へと席を移すと、海斗の方に顔を寄せ、ヒソヒソと話し出した。


「ひいおばあちゃんって、かいちゃんのこと「そうにいちゃん」

って呼ぶじゃない」


「うん。ひいおばあちゃんが子供の頃に死んじゃったお兄さんの名前なんでしょう?」


「うーん。ちょっと違うかな。そうにいちゃんってのは、確かにひいおばあちゃんのお兄さんの名前なんだけども……死んだんじゃなくて、行方不明らしいよ。本当は屋根裏部屋のお化けに攫われちゃったんだって」


「うそだー」


「まぁ、本当かどうかなんてことは知らないけどさ。ひいおばあちゃんは信じてて、昔そう言ってたんだって。鍵をかけたのもひいおばあちゃんらしいよ?なんかこないだからさ。天井裏からたまにネズミが這う音がするから、ママが業者を呼ぼうとしてたの。そしたらうちでは屋根裏部屋を開けちゃダメなんだっておばあちゃんが怒ってさ……。揉めながらお母さんにその話をしてたのを偶然聞いちゃったんだ」


「へぇ……」


 海斗は再び天井を見上げる。少し寒くなった肌をさすっていると、燈凛が手に持っていた懐中電灯を海斗に押し付けた。


「はい。私の話はこれでおしまい。かいちゃんは?なんか怖い話ないの?」


「えー……ネットで読んだ話とかでもいい?」


「いいよいいよ。話して」


「うんと……、じゃあね……」


 海斗と燈凛は月子に「もう寝なさい」とどやされるまで思う存分、怖い話に花を咲かせた。



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