終幕
かいちゃんがいなくなった。
月子から連絡を受け、折原昌司は、離婚調停中の妻と共にも急いで帰省した。車の中で彼と妻と会話をすることはなかった。
夫妻が折原家に到着した頃には、既に日は昇っていた。山狩りは夜通し行われ、日が昇ってからは近所の川の水底を竿で探っているが、何も出てきやしなかった。
それを聞いて、妻の方は泣き崩れていた。こんな家に預けなければよかった。そう昌司と義母をなじっていた。
そして三日目の朝、折原家の屋根裏から、裸の少年が発見された。
「見つかってよかった」、「ずっと家にいたのか全く人騒がせだ」。村人は口々に安堵と非難を口にする。しかし、昌司は全く意味が分からなかった。
これは私たちの息子ではありません。
確かに、その少年は昌司の一人息子に年恰好、顔立ちまでよく似ていた。しかし、自分の子供を見紛うはずはなかった。
では、この少年は誰なのか。少年自身に尋ねようにも、少年は昌司たちの呼びかけに反応することなく、意思の疎通はできなかった。
誰であれ、保護はしなければならない。昌司は妻に救急車を呼ぶよう告げた。妻は動揺しながらも携帯をとり出して先に屋根裏を降りた。昌司は裸のままの少年に自身の着ていたシャツをかけると、抱き抱えて屋根裏を降りた。
玄関に向かう途中。おぼろが、よろよろと歩きながら昌司の元にやってきた。昌司が高校生くらいの頃までは、この祖母はよく畑仕事をしていた。その頃はピンと伸びていた腰は今やすっかりと折れ曲がっている。もう、孫のことも忘れてしまった祖母に、昌司は哀れみの目を向けた。
「ばあちゃん。悪いけど、今忙しいから」
祖母は、昌司に向かって手を伸ばす。
「おにいちゃん。そうにいちゃん」
少年に触れさせないよう、昌司は祖母に背中を向ける。
ーああ、そういえば。ばあちゃん。海斗のことをそう呼んでたな。
「これは、総司郎さんじゃないよ。海斗でもない」
祖母の横を通りすぎ、昌司は靴をつっかけた。
その背中にを追って、祖母は嬉しそうに声を弾ませて、呼びかけ続ける。
「おかえりそうにいちゃん。やっとかえってきた。オカエリ」
祖母の声を背中で聞きながら、昌司は腕の中の少年を見つめる。彼の虚な目に、自身のやつれた姿が写っていた。
昌司は呆然と考えていた。
この少年はどうして屋根裏にいたのか、忍び込んだのか連れてこられたのか……。
そんなことは、いくら考えたって分からない。だが、自分の息子がいなくなってしまったことと関係はあるのだろうと、昌司はため息をついた。
ーいずれにしてもあの屋根裏は封鎖しないといけないな。
遠くから、救急車のサイレンが、まるで誰かがむせび泣く声のように鳴り響いていた。(了)