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序幕

 彼にとって痛いという感覚を忘れるのは存外早かった。


 暗い、冷たい水と彼から流れ出す生暖い液体が完全に混ざり合うまでは、彼の意識はそこにある。


 ただ、不快という感情だけが、悠久の時を過ごす彼を支配していた。


 喜びも悲しみ恐怖も後悔も、だんだんと忘却できた。


 あとは、この不快という感覚だけを消せれば、彼は生きながらにして無になれる。


 ただじっと、彼は待っていた。


 自分から全ての感性が消え去ってくれるのを。


 だっていつまでも、彼の苦しみは消えることはないのだから。

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