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第四話 マネージメント

八坂真響のファイブハーフに所属するかどうかの飛び込みオーディションの結果を姉と俺と澪さんは相談する。


その結果は合格。


ここにいる3人は八坂さんにVtuberとしての素質があると判断したのだ。


プロ顔負けの歌唱力に、突然の配信参加でもなんら物怖じをしない度胸を見込まれた上、リスナーからの評価も上々。


その結果、将来性を買われた事は俺も認めざるを得ないのだ。


なんせ彼女の歌は、フォニア・シンフォニィとしてYouTubeで1000万再生の歌を出している俺ですら感動や嫉妬、羨望を覚えるほどの実力だ。


その上、俺はクラスメイトとして彼女の人となりを知っている。


コンプレックスがあるとは言え、それでもなお学校のアイドルともてはやされる彼女が決して驕ることのないのも知っている。


そんな八坂さんがVtuberになったからといって問題行動をするとも思えない。


すぐにでも正式にファイブハーフに所属をしてもらったら、すぐにフォニアを超える存在になるに違いない。


ないのだが、結論として姉が彼女に伝えたのは条件付きの合格……。


やはり彼女は高校生だ。


社会経験の足りない彼女に、Vtuberはまだ早いと俺が判断したのだ。


えっ?俺もVtuberだろうがって?

仰るとおりでございます。


だが、俺はフォニアとして活動できるのは単に姉の手伝いをしながら、その傍らで配信を行なっているに過ぎないのだ。


だから企画も姉と折半できるし、姉のフォローがあるからこそこうやって活動出来ているのだ。


それにフォニアを生み出し、俺をこの業界に巻き込んだのは姉なのだ。多少は頑張って貰わないと、俺は活動自体をしていない。


しかし、八坂さんは違う。


ファイブハーフに所属したとしても、彼女は個人で企画から何からを考えなければならない。


配信の環境すらまだないはずなので、それを揃えるのも大変だ。


そんな環境で学業の傍ら、配信をするのは並大抵の努力でできる事ではない。しかも、俺たちは今年受験を控えている。


そんな中で将来性のないこの事務所でVtuberをさせるわけにもいかない。だから俺は研修生Aとして、今年一年を過ごしてもらい、進学を前提とした本格的な活動を提案したのだ。


もちろん、活動で得たスパチャや配信に参加したときの給料はバイト代という形で彼女に還元する。


その話を聞いた八坂さんは最初は渋い顔をしたが、結局はその提案を受け入れた。


だが、その会話を聞いた姉はとんでもない事を言い出す。


「よし、じゃあ一彩。明日からお前が八坂さんのマネージメントをしな!!」


「はぁ!?」


「はぁ!?じゃない。この提案の主はお前だ。それにクラスメイトなんだ。少なくとも私より関わる機会も多いんだ」


「やだよ!!お姉がすれば良いじゃん!!」


「いやぁ……、私は所長としての仕事とイラストレーターとフォニアのバックアップと忙しくて手が回らないんだよ」


「うぐっ……」

姉の言うとおりだ。


この事務所はフォニアの誕生を機に姉が立ち上げたものだ。それを姉は澪さんと二人で回しているのだ。


しかも、フォニアが俺である以上、フォニアとしての活動に俺は参加できないのだ。だから余計に二人の手を煩わせている節はあり、以前から申し訳なさは感じていたのだ。


「……分かったよ」

俺は渋々、その件を承諾する。

その言葉に八坂さんは嬉しそうな笑顔で、『よろしくお願いします、遊佐君』と礼を言う。


その言葉に俺は彼女から目を逸らしながら、『よろしく』と、いい返す。


ファイブハーフ所属の人間として彼女に熱弁を振るう事は出来ても、それが外れると俺は遊佐一彩に戻る。


彼女はクラスメイトに過ぎないのだ。学校では基本的にぼっちの俺は無口なのだ。話ができるはずもないのだ。


そんな俺の様子を見た姉はいたずらっぽい笑顔で近づくと、俺に耳打ちする。


「よかったじゃないか、こんな美少女と仲良くなるなんて、今後二度とないんじゃないか?研修生とはいえうちのタレントになるんだから、オイタはよしてくれ」


「なっ!!」

姉の品のない言葉に俺が過剰に反応すると、八坂さんは不思議そうに首を傾げる。そんな二人を姉は大笑いをしながら配信部屋を後にしたのだった。


「はぁ……」


週明けの月曜日、俺は自分の通う高校の廊下を歩く。ある所に向かいながら、昨日の事を思い出して大きなため息をつく。


八坂真響の事を思い出すと気が重い。

しかもクラスメイトというのが殊更に気を重くさせる。


学校に行くと、多分彼女は話をしてくる。


そんな二人を見てクラスメイトがどう言った反応をするか、想像に容易いのだ。


好奇の視線を寄せられた陰キャぼっちの俺がその視線に耐えられるとは思えないのだ。


「はぁ……」

再度、俺は大きなため息をつきながら歩いていると、いつのまにか目的の部屋へとたどり着いた。


音楽準備室……。


音楽で使う楽器や用具が置いてある少し狭い部屋で、そこにはピアノが一台置いてあるのだ。


一年の夏頃にその部屋を見つけた俺は、その日からピアノを練習する為に朝礼の1時間前に通学すると言うルーティンを送っているのだ。


もちろん、当時の担任の許可を得ている。


なぜなら、俺の住む家にはピアノがない。


防音室を完備している事務所に電子ピアノを用意すればいいだが、それをしない理由は俺がこの時間が心地よくピアノを弾けるのだ。


朝というのは頭の回転が良くなり、練習をしたり作曲をする上で効率がいいのだ。


しかも、朝早い学校の静かな空気が徐々に登校してくる生徒達の雑踏を聞きながらピアノを弾くのが楽しいのだ。


そして今日も軽くピアノを弾き、次の歌の構想をノートに書いていく。


やがて終わる高校生活とフォニアとしての配信生活の最後を飾るライブを来年の三月に計画している。


姉が俺の配信3年目を記念して、大手事務所の協賛で行うライブなのだが、俺はそれを機にフォニアを卒業すると決めているのだ。


どのVtuberもいずれは卒業する。


八坂さんが来る前に姉と言い争っていたのはその事なのだが、やはり男が美少女Vtuberを演じるには無理がある。


根っからの女の子でない俺がいくら美少女を演じたところで、違和感は必ず生まれる。


それにいずれはフォニア・シンフォニィが男であるという事実はどこかから漏れてしまうだろう。


そうなってくると、結果的にファイブハーフ……、いや、姉に実害が生じる恐れがあるのだ。


だから高校卒業を機に就職をし、フォニアとも卒業をしたい。その卒業を飾るのがこのライブで、そのラストに自分の書いた歌でリスナー達に感謝を伝える方が俺としても、フォニアとしても綺麗な終わり方だ。


だから時間がある限り努力を惜しみたくはないのだ。


だが、まだ歌は完成しない。

書いては消して、綴っては奏でての繰り返しを続けてきたが、納得したものがまだ、生まれないのだ。


焦っているのか、辞めたくないのか、自分では分からないがしっくりとこない音の連なりをピアノは音として奏でる。


気づけば、朝のホームルーム前の予鈴がなる。


「……今日はここまで、か」

そう呟くと俺はピアノを片付け、鞄を持って教室へと急ぐ。


慌てる必要はないのだ。

まだ時間はたっぷりとあるのだから……。


そう思いながら、俺はたどり着いた教室に入り、自分の席へと向かう。


クラスメイト達は誰も俺に声をかける事なく、それぞれに朝礼が始まるのを待つ。


その様に、自分がまるでここにいないかのような感覚に陥ってしまう。それはまるで自分が幽霊かのような感覚。


実はあの日、俺は死んでいたのかとすら感じてしまう。その感覚に、俺は毎回タートルネックの下にある首の傷を触る。


触る事でかろうじて生きているという実感を得るのだ。


誰が悪いわけではない。


俺が自らの意思で他人を拒絶したのだから、クラスメイト達が俺をいない者として扱うのも無理はない。


あの日から変わる事のない高い声を揶揄われまいとクラスメイト達から距離を置いた自分が悪いのだ。


俯きながらそんな事を考えていると、クラスメイト達がざわめき始める。そのざわめきに気づいた俺が少し顔を上げると、俺の机の前に俺以外の影が映る。


その影に俺は顔を上げると、八坂真響が俺の席の前に立っていた。


「遊佐くん、おはよう」

笑顔で俺に挨拶を交わす八坂さんに、クラスメイト達がざわめきを強める。


「今日からよろしくね」

突然の事に戸惑い、挨拶を忘れていた俺に、彼女はそう告げると、軽く手を振り、自分の席へと戻っていく。


その光景にクラスメイト達は皆一同に、「ええーーーー」と驚愕する。


今まで接点のなかった二人が挨拶を交わしたのだ。

しかも八坂さんの方から……だ。


その意外な事態にクラスメイト達は何が起こっているのか見当がつかないのか、近くの生徒と話をする。


……忘れてた!!


ピアノに夢中になっていた俺はすっかり八坂真響の事を忘れていたのだ。


これから好奇の向けられる事に不安を覚えた俺をよそに、クラスメイト達は担任が教室に入ってきてもなおざわついていた。








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