タイトル未定2025/05/15 12:55
「ファイブハーフ王国の姫こと、プリンセス・シンフォニィです!!」
「ファイブハーフの研修生、湊音奏です!!そして!!」
「元個人勢のファイブハーフの水の精霊、水見澄です!!みなさん!!」
「「「メリークリスマス!!!」
そう言って3Dモーションで動く三人が一斉に手に持っていたクラッカーを鳴らす。
その様子を俺と澪さんと和馬さんは配信ルームの外から見ていた。
「と言う事で、やってきましたクリスマス!!」
「ファイブハーフを好きな皆様に歌と笑顔を送るこの配信を!!」
「画面の前のクリぼっちのあんた達に届けたいと思います!!」
台本通り、三人が交互につかみのセリフを口にしていると、水見澄の言葉にコメント欄が助かるや、元個人勢!?と驚きのコメントで溢れる。
水見澄にとって今日がファイブハーフで初めての配信なのだ。リスナーが驚かないはずがない。
それにしても水の精霊と謳っている割には精霊らしがらぬルイの発言に俺は苦笑を浮かべる。
「と言う訳で、本日は私達の歌を肴にみんなで宴を楽しもうではないか!!」
プリンセスの号令を皮切りに、コメント欄が盛り上がりを見せる中、俺は配信ブースに背を向ける。
「……いくのかい?」
「はい。何かあった時のフォローはお願いします。和馬さん」
「分かった」
「一彩ちゃん、気をつけてね」
和馬さんと澪さんの言葉にうなづくと、俺は姉が借りていたスタジオを後にする。
フォニアとして配信に参加する為だ。
真響が現場にいる以上、彼女の前で配信をする訳にもいかず、事務所である自宅で一人配信に参加する予定なのだ。
俺は配信を聴きながら家路を急いでいると、トップバッターである水見澄が歌を歌い始める。
スマホの画面の中で新しい姿を手に入れた水の精霊が一生懸命歌いながら、軽くステップを踏む。
最初は乗り気ではなかったルイだったが、文化祭の時の様な緊張もなく歌う姿に俺は胸を撫で下ろす。
それどころかボイストレーニングの成果が目に見えて出ている事もあり、二人で歌の練習をした日の不安気なルイの姿を想像するとまるで別人の様だった。
なんやかんやいいながらも真面目な性格の湧水ルイの成長が楽しみで仕方がない。
だが、持ち歌の少ない澄は定番のクリスマスソングを2曲と文化祭で歌ったフォニアの曲を歌い終わると、最後に俺が書いたオリジナルソングを歌い始める。
水見澄と言う名と、彼女本来の名前をイメージして作り上げた澄んだ水がテーマの歌を歌い始める。
私には難しいと匙を投げていた頃とは違い、堂々とした歌に俺は涙腺が崩壊しそうになっている間にも、事務所へ辿り着く。
事務所に帰った俺はコートをハンガーに掛け、手洗いうがいを済ませると、前もって暖房と加湿器のついた我が家の配信ルームへと移動する。
そして次に歌う姉の歌を聴きながら、モーションキャプチャーのスーツに着替えると、パソコンを立ち上げて動作のチェックをする。
姉は持ち歌があるにも関わらず、一曲だけクリスマスソングを歌っていた。
「セトリは確認してたけど、お気に入りの歌を奏に譲るとは思ってなかったよ」
誰もいないところで俺は独り言を呟く。
姉はよほど真響をアイドルとして売り出したいと言うのが分かる選曲に期待の高さが伺える。
俺は機材のチェックを済ませていると、スマホの向こうではMCを挟み、ついに湊音奏の番が回ってくる。
一曲目は誰もが知っているクリスマスにちなんだ歌を歌い、リスナーの心を掴む。
そして二曲目は彼女が初配信の時に歌った姉のオリジナルソングを歌うのだが、それを聞いて俺は初配信の日のことを思い出す。
「……あの日からいろんなことがあったな」
人と関わってこなかった俺が真響と出会い、追いかけられた事から始まり、真響と友人になった事でルイや藤浪、茶良と言った交友関係も広がり、真響とは恋人となった。
その事を真響と出会う前の俺が知るときっと驚くだろう。
「……あの日、拒絶しなくてよかった」
初配信の日に俺が彼女のファイブハーフ加入を拒絶していたらこの幸せはきっとなかった。
俺は一人、あの日の自分を褒めた。
そして三曲目はフォニアのオリジナルソングを歌い始める。
その歌はシンデレラになれなかった少女の事を歌ったバラードだった。
この世には魔法なんてない。
魔法がなければネズミもカボチャも馬車にはなれず、シンデレラもボロを着た少女のままだったと言う思いを曲に乗せた歌を奏は自分の歌声で歌う。
Vtuberになれなければ叶わなかった夢だったと言う事を自分と重ねて歌っているのであろう。
その歌声を聴いて俺は全身に鳥肌が立つ。
決してフォニアの歌の中でも有名な歌ではない。
だが、彼女が歌う事でリスナー達はその歌の良さを理解したのか、コメント欄が今日一番の盛り上がりを見せる。
奏の歌を聞いている誰もがその圧倒的な歌唱力に舌を巻いているのだ。
奏がその歌を歌い終わると、その音の余韻が心地よく終わりへと誘う。
その余韻に浸る間も無く次の曲のイントロが音を立て始める。
先程のバラードとは違い、少しロックテイストなその歌は湊音奏をイメージした歌に仕上げたものだ。
湊音奏が奏でた音が人を集め、集まった人が湊音奏を広げていく……。それを願って生み出した曲だ。
あとは真響のポジティブさと優しさを表現したいと言う思いもあり、ロックとはいえ激しすぎず、優し過ぎないと言う絶妙なバランスに苦慮をした。
奏はその歌のイメージ通りに激しくも艶やかな振り付けで踊りながら歌う。
その姿にリスナーの数がどんどん増えていく。
時間的にも19時開始で、現在20時過ぎ。
家族との団欒を済ませた人や仕事を終えた人が配信を見に来る事はあったとしても、それ以上に伸びていく同接に俺はパソコンでTwitterを見て驚く。
「まさか、これが原因?」
異様な同接の伸びの原因……、それはTwitterのトレンドの一位に湊音奏の名が記されていたからだ。
奏がTwitterの話題に上がる度に同接が増え、その同接がTwitterに話題を挙げる。その結果、奏がトレンド一位になったのだ。
計らずも歌に込めた想いがその通りになってしまった事に驚いた俺だったが、そんな数字は知った事かと言わんがばかりに歌い続ける奏にリスナーは大盛り上がりをする。
この後に俺は歌わないといけないのか……。
異様な盛り上がりを見せる配信のコメントに、怖気付きそうになる。
いや、ファイブハーフの世代交代を決定づける配信になるんなら構わないのではないか?
そう思い直したその瞬間、俺の脳裏にとある言葉が思い浮かぶ。
『ルイちゃんには負けてられないから』
『負けられないから……』
そう言った二人の少女の言葉……。
一人は顔の傷が原因で夢を諦め、もう一人は配信の環境がなかった。そんな中でも自ら努力をし、掴み取った居場所だ。
そんな中で俺は……フォニアはどうだ?
姉と言う揺籠の中で大切に育てられ、一人前になった気でいた愚か者だ。
そんなフォニアが卒業する今になって二人に怖気付いてどうするんだ……。
フォニアとしての意地を見せなければ!!
俺の心に火が灯る。
今までに感じたことのない感情だったが、不思議と冷静な自分がいる事に戸惑う中、歌が終わりを告げ、画面の向こうで奏が手を振る。
『はい!!と言う事で、ファイブハーフのクリスマスライブでしたが、みなさんいかがでしたでしょうか?』
カメラが奏からプリンセスに切り替わり、姉が話始める。
その言葉にコメント欄は拍手喝采でアンコールを求めている中、プリンセスは口を開く。
『アンコール?それにはまだ早いよ!!うちにはまだ、フォニアと言う歌姫が残っているではないか!!』
その言葉にコメント欄が盛り上がりを見せるが、一番喜んでいたのはやはり湊音奏……、八坂真響だった。
『えっ!!フォニアちゃんがここに来るんですか!?』
立ち絵姿でも分かるくらいに目を輝かせる真響の姿を想像し俺は小さく笑みを溢す。
ここまで自分の彼女が偽物を慕ってくれているのに、ダサい姿は見せられない。
再度気持ちを昂らせた俺は和馬さんからの着信に出ると配信の画面を自分に切り替える。
するとプリンセスにフォニアが別のところで収録している事を告げられしょぼくれていた奏が『フォニアちゃん!!』と嬉しそうな声を上げる。
が、その声を無視して一曲目の歌を流し始める。
俺が選曲した歌はスタジオで歌った真響達とは違い完全オリジナルソングしか歌わない。
まず最初に歌う曲は体育祭の時に流れた曲だ。
ここには俺一人しかいないからミキシングなどできるわけもなく、誤魔化しの効かない完全なファーストテイクだ。
それでもフォニアはCDと同じ音程でダンスミュージックであるその歌を歌い切る。
その完璧な歌唱力に今まで奏一色だったコメント欄がフォニア色に染まる。
歌は勝ち負けではないが、やはり如何に他者に自分の歌への情熱が伝えられるかどうかだ。
そう言う意味では掴みに成功した俺は続けて今年一番ブレイクした歌を歌う。
この歌もさきほどと同じように早いテンポの歌だ。
だが、歌のジャンルが違うのだ。
先程の歌がダンスミュージックであればこの曲はラップ調の歌で早口に韻を踏んでいるのだ。
リスナーであれば誰もが知っているであろう曲にコメント欄や同接が伸びる。
後から聞いた話だが、この時のTwitterの日本トレンドの一位は奏からフォニアへと移り変わり、ファイブハーフ史上初の世界トレンド一位になった言う。
そんな中でも俺は歌詞を間違える事なくその歌を歌い切ると、ピンマイクの電源を落とし、マイクを手に取る。
「やっふぉにー!!ファイブハーフの歌姫、フォニア・シンフォニィでーす!!みんな、メリークリスマス!!」
フォニアの声で話を始めると、コメント欄がメリークリスマスと言う言葉で溢れかえる。
「そしてファフメンのみんなもメリークリスマス!!」
『『『メリークリスマス』』』
フォニアの掛け声に画面の向こうの三人も同じように返すと、続け様に奏が話を続ける。
『さっきの歌、すごい迫力だったよ!!さすがフォニアちゃん!!』
「ありがと!!新人二人には歌姫として負けてられないからね!!頑張っちゃった」
そういいながから俺は小さく舌をだすと、フォニアがちらりと小さな舌を出す。
我ながらあざといとは思うが、リスナーや奏はその可愛らしさに興奮気味だ。
『フォニア、私は?』
「お姉は元々眼中にありませ〜ん!!」
自分がさし置かれた事に不満を露わにする姉に俺がそう言うと新人二人とコメント欄が笑いに包まれる。
その様子に不貞腐れた姉は『何?言うようになったわね……』と溢すと後ろの方でいじけ始める。
それを水見澄は慰めるが、奏は今にも画面から飛び出してきそうな勢いでカメラに近づく。
『けど、ようやく生歌が聴けると思ってたんだけどなぁ〜。リモートなんて生殺しもいいところだよ』
「ふふふ。ごめんね、奏。3月のライブまでは会いにいくのは難しくて……」
『そうなんだ……。残念』
フォニアの言葉に悔しそうな表情をする奏にコメント欄は[出たよ、ガチ恋オタクが!!]と言ったコメントで溢れる。
「その代わり頑張って歌うから、みんなも短い時間楽しんでもらえると嬉しいナ⭐︎」
俺はそう言って次の歌を流し始める。
次の歌は先程とは違い、最新のアルバムに収録されている穏やかなバラードだ。
が、リズム感は早い歌で、自分や他者の正しさや価値観を問う歌だ。その中でも人生を生きていかないといけないと言う自問自答の歌を初めてリスナーの前で披露する。
今年一年悩み続けた結果できた歌はリスナーの心にどう届くのか?
それを意識しながら歌い続けると、リスナー達は先程と打って変わって静かになる。
以前の俺であれば人の心に届いていないのではないかと不安に感じていたが、今は違う。
真響やルイ、姉や澪さん、藤浪と言った俺を思ってくれる人が教えてくれた人を思う気持ちを今の俺は信じることができるのだ。
だからほんの少しの人であっても届いていると信じれるのだ。
その結果、歌が終わった瞬間のコメント欄の盛況ぶりに俺は安堵した。
そして俺は最後の歌を歌う。
Vtuberとなった俺が感じていた不安や悩みを歌に乗せ、それでも人に届いて欲しいと書いた歌を俺は全力で歌う。
それが誰の心に届いてなくても、俺は声の限りに歌った。
これから大きくなる違和感に気づかないまま、声が枯れるほどに……。




