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第三話 研修生A

3年前……。


それは俺が高校受験で姉の家に住むようになってしばらくしてからのある晩のことだった。


姉が仕事で忙しいくて家事のできない姉の代わりに俺が夕食を作ることが日課となっていた。


その日も仕事で自室に篭る姉を部屋まで呼びにいく。

部屋に着くとドアをノックして俺は甲高い声で、『お姉、ご飯出来たよ!』っと叫ぶ。


だが、部屋の中からは物音一つ聞こえない。

再度ノックをしてみるが、まだ何も聞こえない。


「寝てるのか?」

仕事中に寝落ちしているのかと思った俺は仕方なしに、部屋のドアを開けてみると、部屋の中からは何か話し声が聞こえて来た。


姉はパソコンの前に座り、ヘッドセットを頭にをつけた状態で何かゲームをしていた。

人をこき使ってる割に楽しそうにゲームをする姉に苛立ちを覚えた俺は、ヘッドセットの片側を耳から外し、声をあげる。


『もう!!お姉!!ご飯できたって!!』


『うわぁ、びっくりした!!』

俺の言葉に驚いた姉はヘッドセットを外し、驚愕した顔で俺を見る。


人をこき使って遊んでいた罰だ!!

そう思いながら、言葉を続ける。


「もう!!ご飯できたって!!遊んでないで早くきてよ!!」

家事能力皆無な姉にここ数日の恨みを込めながらいうと、姉はしーっと人差し指で口を押さえ、パソコンを指差す。


示された指先を視線で追うと、パソコンの画面にゲームが映し出されている。が、それだけではなかった。


お姫様のようなドレスを着た美少女が、コントローラを手に動きをとめている。そしてその絵の上にあるウィンドウに表示されている文字に目をやる。


⚪︎⚪︎:親フラ?

××:家族バレ、キター


そこには無数のコメントが流れ星のように現れては消えていく。


姉がVtuberをしていたようだと言う事を初めて知り、俺が驚愕していると、姉はくるっとパソコンに向き直り、コメントに目を通す。


『ごめんね〜、ご飯だって!!あははっ』

乾いた笑いを浮かべる姉に俺はため息をつく。


『片付かないから早く食べてよね』と言って、部屋を出ようと姉に背を向けると、ガシッと、姉が俺の手を掴む。


なんだよ、と言いながら振り返ると、姉がパソコンの画面を指差す。


はぁ……っと、ため息をつきその画面を見ると、あり得ない文字がコメント欄に並ぶ。


△△:可愛い声

××:妹!?

⚪︎⚪︎:姫より清楚じゃね?

などなど,男に対する感想ではないものばかりがコメント欄に並ぶ。


それもそのはずだ。


とある事故により、変声障害を負ってからというもの俺の声は女の子のように高いのだ。


電話や日常会話ですら女の子に間違われるのに、配信に乗ってしまった声が男の声に間違われるはずもなく、その声を聞いた姉のリスナーが俺の事を妹と勘違いしても何ら不思議ではない。


ないのだが、この声は俺にとってコンプレックスであり、トラウマなのだ。


「うわぁ……」

その文字をみて俺はあからさまに嫌な表情を浮かべる。


だが、そんな表情を姉は見逃さなかった。


『はい、みなさん!!そうなのです!!この子がマイシスター、シスター・シンフォニィです!!』


「はい!?」

姉が突然リスナーに向かってそう言い放つと、コメント欄がざわめき始める。


突然現れた清楚な声の妹キャラにリスナーは興味津々なのだ。しかも、それだけに飽き足らず、姉は思いもよらぬ方向へと話の舵を切る!!


「そして、なんと!!シスター・シンフォニィのVtuber化計画も進めているのです!!」


「な、何ぃ!!」

姉の言葉に俺やリスナー達は驚きの声を上げる。


青天の霹靂だ。


Vtuberのことをよく知らない男の俺が、姉の妹としてVtuberになるなんて有り得ない話だ。


いずれボロが出るに決まっている。

にも関わらず、コメント欄は沸き上がっている。


可愛い声をした推しの妹がデビューをするのだ、いやでも盛り上がるに決まっているのだ。


『近日デビューするから、リスナーのみんな!!続報を待て!!それじゃあ、そろそろご飯を食べないと妹がうるさいので……、シーユーネクストステージ!!バイバイ!!』

と言って、配信を終えてしまう。


その日の夕食時、VTuberデビューをする気のない俺は姉と言い争いをした。


ましてや妹としてデビューなんてしたくはなかった。

だが姉は翌日、正式な立ち絵を作る前の仮の姿、モブの女の子の絵を描いてきたのだ。


それからと言うもの、フォニア・シンフォニィが配信をするまでの間、シスター・シンフォニィとして過ごして来たのだ。


姉と八坂さんの面談で決まった彼女の実力を知るためのテストをするために、プリンセス・シンフォニィの配信で彼女をゲストとして登場させるつもりだ。


そのための立ち絵……、俺が研修生だった頃に使っていたシスター・シンフォニィの絵を使うのだ。


その絵を見て、配信の始めた頃のことを思い出す。


最初は嫌がっていた妹キャラ、フォニア・シンフォニィもうちの弱小事務所にしては登録者数100万人を越すリスナーを抱えるVTuberになってしまったことに驚きと懐かしさを感じる。


姉の名声により流動して来たリスナーはいるのだろうが、それでも俺の努力をしてきたことの結果だと思うと、感慨深い。


だから俺が使っていた最初の立ち絵、シスター・シンフォニィの立ち絵をクラスメイトが実力を知る為に使う事に不思議な感覚に陥る。


先程まで姉と八坂さんがどんな内容で配信をするかを相談していて、何をするのかあらかた決まったのか、二人はそれぞれに持ち場につく。


俺はサポートの為、八坂さんの隣に座り、成り行きを見守る。が、やはり初配信だからか、八坂さんは緊張の面持ちを浮かべている。


軽快な音楽が姉のパソコンから流れ始め、待機画面がパソコン上に浮かび上がると、さすがは元個人勢にして300万人の登録者数を誇る有名Vtuberだ、ゲリラ配信にも関わらず、一人、また一人と同接者数が増え、最終的には5000人のリスナーが集まったのだ。


その光景を見た八坂さんはごくりと喉を鳴らす。


そりゃあそうだ。


面談をしたその日に初配信をするなんて思っても見なかったであろう。


しかも5000人という人数の前で配信をしなければならないという、罰ゲームにも似たテスト配信に普通の人間であれば何も喋ることが出来ないであろう。


だが無情にも配信開始時間のカウントダウンが数を減らしていき、ゼロを示したところで配信画面が切り替わる。


それを確認した姉はこほんと、小さな咳払いをし、配信用の作った声で配信を始める。


「グッドイブニング!!ファイブハーフ王国の姫こと、プリンセス・シンフォニィでーす!!今日もみんなでシンフォニィを奏でましょ!!」

普段のドスの効いた声とは違う可愛らしい喋り方でリスナーに挨拶をする姉に、俺は鳥肌を立てる。


誰が好き好んで姉の女の子っぽいところを見たいと思う弟がいるのか?いるのであればぜひ教えて欲しいものだ。


だが、すでにプリンセスになりきっている姉を止める術を知らない俺は小さなため息をつく。


そんな俺とは裏腹に、八坂さんは目を輝かせながら、姉を見つめる。


人気Vtuberの配信を目の前で見ているのだ。

家族以外はそんな反応をしてもおかしくはない。


正反対の反応を見せる俺と八坂さんをよそに、姉は配信を続ける。


「はい、王国民のみなさん!!今日は我がファイブハーフ城に仕官をする民が現れたので、皆さんに相応しいかジャッジをしていただきたいと思います」

姉がそう言い放つと、リスナー達は多いに盛り上がる。


姉がこの事務所に入る際に、自分が認めた相手に対してはリスナー参加型で入所を判断する。


オーディションをする人には前もって自分の得意分野とどんな配信をしたいかを事前に伝えているので、大概の人は難なく配信に参加するのだが、それでも緊張で何も出来ない人も多い。


その上、八坂さんはぶっつけ本番だ。


彼女がプリンセス・シンフォニィのリスナーだったり仕官希望者の切り抜きを見ているのであれば、ワンチャン何か準備して来ているのであろうが、俺のリスナーだった場合は話が違う。


俺は残念ながら、仕官希望者がどんなことをするのかを話す事は少ないのだ。


予想通り、八坂さんは緊張の面持ちで出番が回ってくるのを待っている。


……これはダメかな?

俺は勝手に彼女が落ちると思ってしまった。


この配信で何かをリスナーに残せなければ、まだこの道で生き残る事はできないであろう。


その方が彼女の人生にとってはいいのだ。


こんな零細事務所で時間を費やすよりは普通な青春を送り、就職し、社会を知ってからVtuberをしても遅くはない。


同い年のはずなのに、どこか達観したような目で彼女を値踏みする自分がいる事に気がつく。


なんせ、高校3年間のうちの大半はフォニアに費やして来たのだ。その経験が先輩としての感想になるのは至極当然のことだ。


「それでは仕官を希望する者よ、参れ!!」

仰々しい物言いで姉が八坂さんを招くと、彼女は「ひゃい!!」っと、裏返った声を出して画面の方へ移動する。


すると仮の立ち絵がパソコンの画面上をカクカクと移動する。


その緊張した様子にリスナー達はそれぞれにがんばれーや、ダメだなっと言った感想を打ち込んでいく。


いかに八坂さんが緊張しているとはいえ、リスナーもVtuberに長けている連中だ。それぞれに自分の理想とするVtuber像があるのだろう。


そんなリスナー達に彼女がどこまでやっていけるのかを、俺は固唾を飲んで見守る。


「それでは仕官希望者よ、名を名乗り、自分がこれからどうして行きたいかを国民達の前で語るがよい」


「は、はい!!私はやさ……、ひゃう!!」

自分の本名を言いそうな八坂さんの脇を俺は失礼承知でつつくと、彼女はびっくりとした顔でこちらを向くので、俺は顔を横に振る。


その視線の意味がわかったのか、彼女は一息大きな深呼吸をして、思考を切り替えたのか表情が一変する。


「私は研修生なので名前はありません。なので、今はまだ研修生Aです!!よろしくお願いします」

先程までのテンパり具合が嘘のようにはきはきとしゃべり始める。


「私がファイブハーフに入ったら、大好きなフォニアちゃんに負けないくらいいっぱい歌を歌って、みなさんに私の声を届けたいです!!」

そう力強く語る研修生Aに、リスナー達がざわめく。


彼らの中にはその目標に対してがんばれ!!と言った肯定的な意見もあるが、今この配信を見ている人達の中にも、俺……いや、フォニア・シンフォニィを推す人達、通称シンフォニアが何人かいる。


その人達は自分の推しがぺぇぺぇの目標に引き合いに出された事にご立腹な様子を見せる。


「ではAちゃんは歌を歌っていきたいのですね?」


「……はい。でも、私は歌って踊れるアイドルのような存在になれたらって思ってます」


私は……。彼女の中での比較対象として、フォニアの存在が大きいのだろう。


フォニアの世間的な評価はファイブハーフの歌姫だ。

男なのに歌姫なんて笑える話ではあるが、彼女が目指している方向性は若干違うらしい。


当然、俺もダンスが出来ないわけではないが、女の子特有のしなやかかつ艶やかな動きは苦手なので方向性の違う子が現れる事は喜ばしい。


「では、歌でフォニアに挑戦したい……と?フォニアが聞いたらなんていうか……」

八坂さんの言葉を聞いた姉がこちらを見ながら意地悪そうにいうと、彼女は慌て始める。


「いえ!!そんな訳ではないですよ?挑戦したいというか、フォニアちゃんとコラボをしたいと言うか、一緒に歌いたいんです」


……それは無理な事だ。

フォニアはすぐそばにいる。


だが、それはフォニアであっても、彼女や世のリスナー達が想像するような存在ではない。


姉によって作られた偽物なのだ。

それを知る事は避けなければならない。


「ふむ……。じゃあ、Aちゃんには今日は何曲か歌ってもらいましょうか。それで国民の評価が良ければ採用しようかなと思います」


「はい!!」

姉の言葉にリスナー達は嬉々としたコメントを並べる。


コラボとはいえ、初めての配信でここまでのやり取りできる彼女が配信向きな存在だと言うことを理解したのだろう。


「じゃあ、三曲歌わせていただこうかなと思います。まずは今人気のアニソンと、ドラマで使われている楽曲、それとuncallさんが作曲したプリン姫の歌の3曲を……」


「へぇー、意外だね。てっきりフォニアの歌を歌うのかと思ってた」


「いえ、フォニアちゃんの歌を歌うなんてまだ恐れ多いと言うか……」


「と言う事は姫の歌は恐れ多くないと?」


「い、いえ!!そう言う訳では……」

八坂さんの言葉に姉がすかさずツッコミを入れるとコメント欄が一気に和やかなムードに変わる。


「uncallさんの歌を歌うプリン姫の歌も大好きなんです。最後はこの歌で締めたいかなって思っただけで」

そう言う彼女の言葉に俺の胸が締め付けられる。


なんせこの曲は姉に言われて俺が作曲した初めての曲だったのだ。


幼い頃よりピアノを弾いて来たが、ある日、姉に言われて作曲の勉強をして描いた歌がこの歌なのだ。


フォニアという偽物ではなく、名も呼ばれる事のない俺の歌を好きだと言ってくれる彼女の生の声に感動をしない訳がないのだ。


それを聞いた姉もふっと笑い、小さな声で溢す。


「……どんだけ好きなんだ」


「へっ?」


「いや、何でもない。それでは、歌ってもらいましょう!!研修生Aのプチライブ、開幕です!!」

姉はそう言うと、ミキサーを弄り曲を流し始める。


一曲目はアップテンポの早口の歌であり、一回や二回ではきっと歌う事はおろか、覚えることもままならない曲だった。


歌姫と称される俺でも覚えるのに難儀をした歌を彼女は難なく歌い切る。その歌唱力はリスナー達も舌を巻くほどで、音程に関してはミスを探す方が一苦労だった。


そして二曲目に歌った曲は完全なバラードの歌だ。

だが、音域の高さや息継ぎをするところが原曲では聞き取りづらい難しい歌だった。


その曲も彼女は難なく歌い切ると、最後の歌は俺、uncallが描いた姉の歌だ。


この曲は細かく変化する音程と変わる変調するサビが難しいと言われている。


現に姉もこの歌をマスターするまでにだいぶ時間がかかったのだ。


そんな歌を彼女はいとも簡単に歌いきり、その感情の籠った歌い方に俺は人知れず拳を握る。


完璧なのだ……。


俺では到底辿り着くことのない理想とした歌声が、3人しかいない防音室に響き渡り、その力強くもやさしい声に油断をしたら泣いてしまいそうだ。


彼女の両親が真響と名付けた理由が簡単に想像がつく。


そんな想像をしている間に気付けば歌は最後のパートを終え、終末を迎える。


最後の音がスピーカーから鳴り終わり、部屋が静まりかえる。俺も姉も八坂さんの歌唱力に舌を巻かれ何もいえなかったのだ。


「……ど、どうだったでしょうか?」

俺と姉が何も言わない事に不安を感じたのか、八坂さんは不安げに尋ねてくる。


その言葉にも俺たちは何も言わずに、ただ黙ってパソコンを指差す。そこにはリスナー達の称賛が並んでおり、それを示すだけで答えは充分だった。


そのコメントを見た彼女は目を丸くしたかと思うと、満面の笑みを浮かべながら、「それじゃあ!!」と、興奮気味に叫ぶ。


だが、姉はとあることを呟く。


「……それはフォニアに聞いてみないと分からない」

八坂さんの歌に聞き惚れていたと思いながらも、決定は俺次第だと言い出す。


しかも、この場に居ないはずのフォニアの名前を出してまでだ。


……やっぱ意地悪いな、この姉は!!


姉の反応に感動をしていた俺も我に返り、心の中で叫んでいると、隣にいた八坂さんが大声で叫び出す。


「えっ!?フォニアちゃん、聞いてたんですか!?どこ?どこ!?」

キョロキョロ居るはずのないフォニアを探す八坂さんの叫び声がマイクを通じてリスナーに届いたのか、コメント欄に悶絶の言葉が並ぶ。


「お、落ち着いて……。ここにはいないから」

推しを探そうと荒ぶる研修生を姉が宥めると、彼女はさぞかし残念だったのか、「なんだー、せっかくお会いできると思ったのに……」と言って椅子にもたれ掛かる。


ほんとは隣にいるよ……と言えない俺は黙って事の成り行きを見守る。


そのやりとりの後、配信は終わったのだが、リスナーから見た研修生Aの印象は歌の上手いフォニア・シンフォニィの厄介なガチ恋勢だと知れ渡る事となったのだった。




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