タイトル未定2025/05/13 07:01
文化祭最終日……、Vtuber喫茶は大盛況のまま、食材切れにより店を閉じた。
うちのクラスはこの文化祭で過去一番の売り上げを記録し、将来的に我が校の伝説になるのだが、それを知らないクラスメイト達はそれぞれに他のクラスの展示を見たり、文化部の出し物を見たりと思い思いに過ごす。
そんな中、俺と真響と藤浪はカラオケ王決定戦に参加するルイの近くにいた。
「こんなにたくさん人が……。き、緊張して来た……」
「大丈夫だよ!!ルイちゃんなら絶対一位になれるから!!」
「……真響じゃあるまいし。うっ、吐きそうかも」
「うわぁ……」
不穏なワードを口にするルイを見て俺は夏休みの合宿の事を思い出す。
配信や日常会話では勝気なルイが見せるその弱々しい姿を見て、心配になってしまう。
目の前の観客はざっとみて数百人。
その程度でここまで緊張してしまう様であれば、数万人規模のライブで本領発揮するのは難しいだろう。
一人、また一人と歌を歌っていく中で、ますます緊張の度合いを増すルイを見て、真響はたまらず「……私が出れたらいいんだけど」と口にする。
が、その言葉を聞いたルイは青い顔のまま、キッと真響を睨むと、「いいから!!」と叫ぶ。
その迫力に真響は少し怯んだ様子を見せるが、ふっと笑みをこぼす。
「……そう。じゃあ、ちょっとだけ私に付き合ってもらえる?」
「「「えっ?」」」
真響の言葉に俺たちは目を点にするが、真響はルイの腕を掴むとどこかへ走り出す。
「どこ行くんだよ?もうすぐ時間だぞ!!」
「大丈夫!!すぐに戻ってくるから」
真響はそう言うと、ルイを連れてどこかへ行ってしまった。
「……どこ行ったんだ?あいつら」
「さあ?」
置き去りにされた俺と藤浪が顔を見合わせる。
が、二人はすぐには戻ってくる事はない。
したかなく俺は他の参加者の歌う歌に耳を傾ける。
さすがは舞台に立つだけの事はあって、誰もがそこそこの歌唱力を持っている。
だが、そこそこなのだ。
緊張で本来の力を発揮できていないものや、自らの音域に合わない歌を歌う者。そこまで歌は上手くないが感情と勢いだけで魅せる者など様々いたがルイや真響ほどの歌唱力の者はいない。
いや、今のルイであればどの歌い手よりも素晴らしい歌を見せてくれるはずなのだ。
あとはどう自らの弱さと向き合うか……だ。
「一彩くん、藤浪くん。お待たせ!!」
そんな事を考えていると、真響が声を掛けてくる。
「どこへ行ってたん……だ」
戻ってきた真響のほうに顔を向けると、フォニアの格好をした真響の後ろに隠れたルイがこそこそと姿を表す。
そこにいたのは真響と同じフォニアの衣装を着たルイの姿だった。
「どう?私がこの日のために作った衣装!!似合う?似合う?」
「……ああ。似合うんじゃないか?」
「でしょ!!」
俺の言葉に真響はドヤ顔を浮かべる。
確かに似合っている……。
真響より背の低いルイがフォニアの衣装を着る姿は何故か真響に比べてその姿が様になっている。
どこが違うのかと言うと、体のラインが最初にフォニアの絵を見た時の印象に近いのだ。
今のフォニアの立ち絵は俺の見栄が入っているのだ。
女性Vtuberとしてやるからには少しでもそれを意識できる様に胸を盛ったのだが、本来の絵は今のルイの様に胸が大きくないのだ。
「ふっふっふ!!愛しのフォニアちゃんはいいました。緊張をするのであればその人になりきれってね」
そう自分の言葉かの様に自慢げに言う真響に俺は呆れてしまう。
が、同時にその言葉がリスナーに届いていたことに喜びも感じる。
『ありがとうございました。では続きまして、3年2組代表、秋月さんです』
実行委員が放送で言うと、場内は大きな拍手に包まれる。
「あっ、次はルイちゃんの出番だね。私達、客席で応援してるから!!」
「頑張れよ」
真響はそう言うと、藤浪と俺を連れて舞台袖から離れる。が、ルイは俺の服の袖を掴む。
「……待って。一彩はちょっと残ってくれない?」
「えっ?」
「真響、ごめん。こいつ、置いていってもらえる……かな」
「だから俺は物じゃないって……」
ルイの言葉に俺は茶化してみせるが、彼女の服を持つ手が小刻みに震えているのを見て俺は真響に視線を向ける。
ライブの事は話してないが、ルイにとって大事な舞台になる事は話しているので、真響は「分かった」と言って、藤浪を連れて舞台袖から離れていった。
「大丈夫か?」
「うん。ごめんね。真響にも悪い事をしちゃった」
「…………」
確かに真響には悪い事をしている。
だが、初めての挑戦にナイーブになっている人間を放っておく事が出来なくなっている。
それがルイだからなのかは分からない。
ただ一つ言えることがあるとすると……。
「なぁ、ルイ。お姉がお前の歌を聞きに来てるぞ」
「えっ?」
『続きまして、3年3組代表、湧水ルイさんの登場です』
俺の言葉に彼女はキョトンとしていたが、タイミングよくルイの出番が訪れる。
その声にルイは再びガチガチに緊張していまう。
それを見た俺は、「ほら、出番だ……。行ってこい!!」と言ってルイの背中を軽く押す。
ルイの小さく軽い体は押された拍子につんのめる。
体勢を立て直したルイだったが、まだ緊張した面持ちで前へと踏み出せずにいる。
その背中に俺は「ルイ!!」と声をかける。
その声に振り向いた彼女に俺は一言、エールを送る。
「楽しんできなよ」と……。
その声にルイは小さく頷くと、ゆっくりと前へと歩き始める。
そしで舞台の上でマイクを受け取ったルイが自己紹介をして歌う曲の紹介をするが彼女の声は強張っている。
その様子に不安を感じた俺はキョロキョロと近くを見ると、そこには前の挑戦者が使ったであろうマイクが目に入る。
俺はそのマイクを手に取ると、誰もそばにいない事を確認する。
もしルイが歌えなかった場合に備えて、最初のフレーズを歌える様にしておくのだ。
そして司会者がルイから離れると、講堂にフォニアの歌のメロディがなり始める。
だが、前奏が流れている間も緊張が解れない彼女は歌のスタートの音に乗り遅れる。
……南無三。
甘やかしすぎだとは思うが、ルイの様子を見て俺は覚悟を決めてマイクに向かってフォニアの声を発する。
すこし乗り遅れたとはいえ、上々の歌い出しが出来たことに安堵をしながら、ルイが歌い始めるのを待つ。
他の人間が歌っているとは思っていない観衆がルイの歌い出しに盛り上がる中、当の本人は驚いた表情を浮かべながらこちらを見る。
その視線に俺はアイコンタクトで彼女が歌い始めるタイミングを図る。その視線の意味を理解したルイの目に力が宿り、小さく頷く。
そしてワンフレーズが終わると、俺は歌うのをやめて舞台の上にいるルイに差し出す。
それを見たルイは俺のバトンを受け取るかの様に歌の続きを歌い始める。
さすがは声帯模写が得意なルイである。
その歌い方は俺が歌っている声と遜色のない声で、会場の誰もがまさか歌っている人間が入れ替わったなんて思わないほど自然だった。
歌い始めたルイはリズムや音程も本物に近い歌を披露し、ノリだしたのか笑顔をみせる様になる。
それと同時に左右に小さなステップを踏見始めると、会場中もそのポップなリズムに手拍子を始める。
……もう大丈夫だな。
そう思いながら、俺はマイクを置くと舞台袖を離れ、客席へと移動する。
客席はルイの歌声に酔いしれた様に盛り上がっている中、俺は舞台で歌う彼女を見る。
そこにはスポットライトに照らされたルイがまるでフォニアかの様に楽しそうに歌う。
その景色に俺は無意識に手を握りしめる。
俺はステージに立つルイや真響の様にあそこのステージに立つ事は許されない。その悔しさの様な感情が生じたのだ。
だが、その間にも歌は進行し、ラストのサビへと向かっていく。
ここを歌い切れるかどうかで彼女の進退が決まると言っても過言ではない。
サビを歌いはじめたルイは動きを止め、一音、また一音と歌の音階を上げていく。
出だしはよい。
が、ここからが本当に難しいのだ。
元々高い声で歌われた歌のさらに一オクターブ上の音をいかに表現するのか……。
会場中が息を呑む中、ルイはさらに音階を上げる。
そこもブレる事はなく、あとは最後のフレーズをその高音のまま歌いきればよい。
「明日も晴れるかな?」
最後のフレーズをルイは力む事なく歌い切ると、短めの後奏が音を立てて曲が終わりを告げると、会場は一瞬沈黙する。
そして一つ、また一つと割れんばかりの拍手が会場を包み込む。
歌っている本人は気づかないであろうが、その完璧な歌声は会場にいる聴衆を虜にしたのだ。
「は、はい。湧水さん、素晴らしい歌声をありがとうございました」
万雷の拍手にしばらく硬直していた司会者が我に返り、進行を続けると、ルイは大きくお辞儀をして舞台袖へと引っ込んでいく。
その姿を見届けた俺は真響達と合流する。
「あ、一彩くん。どうだった?」
そばに来た俺に気がついた真響が尋ねて来るのを聞きながら、俺は真響の隣に座る。
「ああ。予想以上に完璧だった」
「だよね、だよね!!」
ルイの歌に興奮を隠せない真響だったが、俺は敢えて意地悪な質問を投げかける。
「真響ならこの舞台であのパフォーマンスが出来るか?」
「うーん、どうだろう」
俺の質問に真響は少し悩んだかと思うと、ステージの方を向き、表情に翳りを見せる。
「難しい様な気はする。圧巻の歌だったと思うよ?まるでフォニアちゃんが乗り移ったみたいで……」
そう冷静に分析をする真響に俺は感心していると、彼女は言葉を続ける。
「……最初の方なんてフォニアちゃんが歌ってるのかって思うくらいだもん。って、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
真響の勘の良さに顔を引き攣らせていると、真響は不思議そうな顔でこちらお見る。
「でもね、やっぱルイちゃんには負けてらんないって改めて思ったよ。歌でも、配信でも、恋でも……」
そう言った真響の声はカラオケ大会の歌と観衆の声にかき消されてよく聞こえなかった。
「えっ?なんて?」
「……ううん。なんでもないよ。それよりルイちゃん、優勝できるかな?」
「ん?ああ。きっとできるんじゃないか?」
「そっか……」
その会話を皮切りに真響は黙り込み、その沈黙に俺もただ静かに幕を閉じつつあるカラオケ王決定戦の成行を見守る。
結果は言わずもがな。
ルイの圧倒的な勝利で幕を閉じた。
そんなルイはクラスに戻ってくるとクラスメイトたちに囲まれてしまい、俺たちが割り込む隙もなく、すぐに賛辞を送ることはできなかった。
「……そういえば、藤浪はどうした?」
「ああ……」
イベントで分かれて以降顔を見ていない藤浪の行方が気になった俺が真響に行方を尋ねると、真響は気まずそうに目を泳がせる。
「ルイちゃんの歌を聴いたとたん、フォニアたんがいる!!って言ってどこか行っちゃったの」
「……まじか」
真響以上の勘の良さを持つ藤浪に俺は恐怖を覚えていると、スマホがピロンと音を立てる。
その通知に気づいた俺はスマホを見ると、姉から届いたメッセージを開いて目を丸くする。
そして俺はゆっくりと口角を上げたのだった。




