タイトル未定2025/05/12 10:25
「いらっしゃいませー!!Vtuber喫茶へようこそー!!」
文化祭当日、俺たちのクラスの出し物であるVtuber喫茶は盛況だった。
ポップに飾られた教室にはVtuberのMVが流れ、接客担当がそれぞれに好きなVtuberの衣装を身に纏い接客をする。
その可愛らしさと物珍しさに生徒はもちろん、来校した保護者もうちの店に訪れる。
そんな盛況を見せる我がクラスの奥で俺はホットケーキなど軽食を作る担当として同じ作業をする生徒とてんてこ舞いだった。
「はい、ホットケーキ一丁あがり!!」
「遊佐くーん!!パスタってすぐできそう?」
「あいよー!!すぐ作るから待ってて」
次々に殺到する注文を手際よく捌いていく俺を見て、一人の女子が驚きの表情を浮かべる。
「……遊佐くん。やけに手際がいいけど、お家ってお店だったりする?」
「いや、お店ではないよ?」
「じゃあ、飲食店でバイトしてるとか?」
「全然。バイトすらした事ないけど、家事は一通りしてるから慣れてるだけかな?」
さらっと言う俺の言葉に女子生徒はほぇ〜っと感心した様子を見せる中、俺は次の注文の料理を作る。
そんな中、真響が厨房スペースに顔を覗かせる。
「一彩くん。この格好、似合うかな?」
そう言って全身を見せにきた真響が着ていた衣装、それは紛れもなくフォニア・シンフォニィの姿そのものだった。
ふわっとしたロングスカートの中に短めなスカートを履き、ボディラインがはっきりとわかる白いタートルネックのタンクトップは真響の大きめな胸を強調させる。
そして猫耳のついた薄紫色の長い髪がふわふわと風に靡く姿はまさにフォニアがこの世に体現したかの様であり、本来の真響の可愛さも相まって美しかった。
そんな真響が彼女であることが未だに信じられない俺は少し恥ずかしくなり目を逸らすと、小さな声で「とても可愛い……です」と褒める。
そんな俺を見た彼女は真っ赤になりながら嬉しそうな顔をする。
そんな初々しい二人をクラスメイト達は微笑ましく見ていた。
真響と付き合い始めた当初は暴動が起こると思っていた俺だったが、何故かクラスメイト達は何も言わずに生暖かい視線を送るだけだった。
「真響〜、そろそろ交代の時間だよ〜」
「はーい!!じゃあ一彩くん、また後でね」
フォニアの衣装を見に纏った真響はクラスメイトの声に返事をすると俺に手を振ってホールの方に出ていく。
そして、その入れ替わりに入ってきたのはルイだった。
夏服を思わせる白い制服の様なブレザースカートにグレーのカーディガンを着たピンク色の長い髪が特徴の水見澄の衣装を着た女子がまさか本人であるとはだれも思うまい。
俺と真響以外に知らない真実に俺がにやけていると、ルイは「……きもっ」と、悪態をつく。
「どうせ可愛い彼女を見ていやらしいことを想像したでしょ」
「ち、違うわい!!ルイの秘密を知ってるのが俺たちだけだって言うのがなんか楽しくてな」
「ちょ、ば!!」
「大丈夫だよ。言いやしないから。てか、その衣装も似合ってんな」
「……ありがとう」
俺の言葉にルイは顔を背けながら礼を言う中、次は藤浪がキッチンへと入ってくる。
「おい、遊佐。お前を呼んでる二人の美人が来てるぞ?」
「んあ?」
藤浪の言葉に俺はホールに顔を出すと、そこには姉と澪さんが席に座り真響と楽しそうに話をしていた。
「ああ、あの二人は俺の姉とその友人だ」
「まじか!?小さい方の女性は俺の好みなんだよな。頼む紹介してくれ」
……小さい方。
おそらく姉の事だろう。
俺は小さくため息をつき、藤浪の肩に手を置く。
「……あれは俺の残念な姉だ」
「そして、婚約者もいるんだよ……」
俺の言葉に被せる様にルイも藤浪の肩に手を置きながら言うと、藤浪はショックを受ける。
「ま、マジか……。てか、なんで湧水がそんなこと知ってんだよ?」
「えっ?それは……」
「ああ。お姉とルイは俺と仲良くなる前からの知り合いだからな」
「そうなのか?」
俺の助け船な藤浪が確認すると、ルイは「そ、そうそう」とうなづく。
「それより、藤浪。その格好って」
「ああ。ファイブハーフに昔いた男性Vtuberだ」
俺の質問に藤浪はドヤ顔をしながら全身を見せつけてくる。
黒のロングコートに黒のスラックス、そして白いワイシャツに紫のベストを着た猫耳の衣装を着た藤浪の姿は一時期、フォニアとは別のアカウントで活動していたもう一つの俺の姿だ。
女子として配信をすることが嫌だった俺は姉に男の立ち絵も頼んだ事があったのだ。だが、フォニアに比べると全く伸びずにフォニアが伸びた事で忙しくなり、事実上消滅してしまった不遇な存在だ。
「すぐに活動休止しちまったけど、Vtuberに興味を持ったのはこのキャラのおかげなんだよ」
「そうなのか?」
「ああ。一年の時に怪我しちまって、野球を辞めたいくらいに追い込まれた時期があってな。そんな時に励まされたんだ」
「…………」
「命がある限り、努力してればいい事もあるからって……。薄っぺらい言葉だろ?」
……うっせえ。
かつて俺が言った言葉を笑いながら話す藤浪に悪態をつきそうになる。それを堪えていると、藤浪は懐かしそうに話を続ける。
「それでもその薄い言葉が今でも俺の格言として残ってるんだよ。わかりやすくていいじゃんってね」
「藤浪……」
俺が折れてしまったキャラクターの言葉が一人の人間の心に残っている事に感極まりそうになりながら、俺はホールの方に向く。
「……猫耳、似合ってねぇぞ」
「ひでぇ!!湧水、似合ってないか?」
照れ隠しに捨て台詞を残してキッチンを後にしていると、藤浪はルイに猫耳が似合っているかを確認する。
が、ルイにも似合っていないと言われ、藤浪は撃沈していた。
そのやりとりをよそに俺はホールにいる姉の方に行くと、澪さんが俺に手を振る。
「お姉、澪さん。来てたんだ」
「……ふん」
「もちろん!!まゆちゃんの可愛い衣装を見にこない訳にはいかないじゃない」
「あはは。わたしも大好きなフォニアちゃんになれて幸せですよ〜!!似合ってます?」
「うん、似合ってるにあってる!!ね、一彩ちゃん」
「学校に来てまでその呼び方は辞めてくださいよ」
「もう照れちゃって。良いわねぇ〜、青春って感じで」
恥ずかしがる俺をよそに澪さんは教室中を見渡す。
「若者達がこうやって学校行事を楽しむ姿を見るのはやっぱりいいわぁ〜」
「澪さん。その言い方、おばさんくさいですよ」
「あぁん?なにかな?一彩ちゃん?」
俺の失言に澪さんはものすごい殺気を放ちながら、こちらを睨みつける。
その殺気にビビった俺は捕食者に睨まれた獲物の様に縮こまりながら、「ごめんなさい」と謝る。
その様子を見た真響は慌てて俺と澪さんの間に割り込み、俺を諭す。
「もう、一彩くん。親しき中にも礼儀ありだよ。めっ!!」
フォニアの格好で可愛らしく注意する真響に俺はキュンとする。
その様子を見ていた二人はニヤニヤと笑いながら、俺たちを茶化してくる。
「あー、お熱いですなぁ。澪さんや」
「そうですな、真彩さん。おばさんは人前でいちゃいちゃするなんてできないですわ」
姉と澪さんの言葉に俺たちは今が学校である事を思い出し、恥ずかしさで頭から湯気がでる。
「も、もう、澪さん!!やめてくださいよ!!あっ、ほら今はフォニアちゃんのMVが流れてますよ」
「あっ、ほんとだ。そう言えばお姉。ルイが明日のカラオケ王決定戦にでるんだ」
「ほう……」
ルイの話を聞いた姉は興味を示すと、俺を席に座る様に促す。
「じゃあ私はまだ当番があるからお姉さん、澪さん、ごゆっくり」
そう言うと、真響は料理の受け取り口の方にパタパタと走っていく。
真響を見送った俺は姉の横に座ると、姉が話だすのを待つ。
「で、ルイの調子はどうだ?」
「想像以上に上手くなってきてると思うよ」
「……そうか。あの子もお前に会って変わったな」
「そうなの?」
感慨深そうに姉は言うが、俺には姉の話の意図が掴めないまま、ルイの姿を探す。
ルイは真響と笑いあいながら、次々にやってくる客を席へと案内している。
たしかにその姿はどこかキラキラとしていている。
高校最後の文化祭という事でクラスが一体となっている事が青春という煌めきを与えているというのはわかる。
が、俺がどうこうした訳ではない。
ルイ自身が本来持っている煌めきなのだ。
そんな俺の姿を見て姉は小さくため息をつく。
「なんだよ?」
「察しの悪い愚弟だよ。お前は……」
そう言うと、姉は自分の鞄からタブレットを取り出すと、ぱぱっと操作をして俺に差し出してくる。
その中身を見た俺が驚いて隣にいる姉を見ると、姉は小さくうなづく。
「これは……」
「……ようやく決まったよ。来年の3月31日に」
姉の言葉に俺はごくりと喉を鳴らす。
3月31日にVtuberが集うライブをする事が決まったのだ。
参加者を見ると有名事務所の名だたる歌い手達が名を連ねる中、俺の希望通りフォニアが一番最後に歌う手筈となっていた。
だが、一箇所だけ空欄の部分があった。
俺はそこを指差すと、姉が口を開く。
「ここに真響とルイを捩じ込もうかと思ってる。うちの新人タレントとして……な」
「マジか?その事をルイは知ってるのか?」
その問いに、姉は小さく首を振る。
「まだ言ってない。そもそもうちに入りたいのかもわからないし、お前達と違って大舞台に立った経験のない子だ。だから、今回のカラオケ王決定戦でどこまで歌えるのかを見る」
「…………」
それを聞いて俺は再度ルイの背中を見る。
俺は配信で歌を歌うことには慣れているし、姉の単独ライブに飛び入り参加をした事もあるから場慣れはしている。
真響もアイドルを目指していただけあって肝が据わっているのは初配信や体育祭を見て感じている。
だが、ルイはどうだろう。
何も知らずに笑顔で接客をするルイの背中を見る。
歌の配信に力を入れてこなかった彼女がいきなりライブに参加して歌を歌い切る事ができるのだろうか?
「確かに、今回のイベントは試金石にはもってこいかも……」
「だから、一彩。できる限りフォローをしてやってほしい」
「いまさら?」
イベントを明日に控えて何ができると言うのだろう。
まさかこの話をする訳にもいかないし、同じステージに上がる訳にもいかない。
なす術がないのは明白だ。
だが、姉は真剣な表情で俺を見ると、「頼んだよ」と念を押す。
「……分かったよ」
その答えに姉は真剣な表情から一転し、にっこりと笑みを浮かべる。
「じゃあ、私達はこれから他の展示を見て回るから。あとはよろしく!!」
そう言うと、姉と澪さんは席を立つと会計を済ませて教室を出ていく。
二人が出ていくのを見送った俺は頭を掻きながら厨房の方へと戻ると、ルイが俺を呼び止める。
「何があったの?」
「……いや、なんでもない」
「嘘。やけに真剣な顔で話してたじゃない」
そう言われて、俺は言葉に詰まる。
姉の話をする訳にはいかない。
だか、はぐらかしてもしつこく尋ねてくるのは明確だった。
なら、今言える範囲で話をすればいい。
俺はルイに近づくとルイの耳元に近づく。
「な、何?」
突然の俺の行動に驚いたルイが距離を取ろうとする。が、俺はちょいちょいと手招きし、ルイの耳元にフォニアの声で内緒話をする。
「……ラストライブの日程が決まった」
「えっ?」
俺の話を聞いたルイがキョトンとした表情を浮かべる。
「それ、本当なの?」
「ああ……。だから、頑張れよ」
俺はそれだけ言うとルイの肩をポンと叩き、厨房へと戻っていく。
その後ろ姿をルイは黙って見ていた。
厨房では一仕事を終えた真響がジュースを口にしているところだった。
「あっ、一彩くん。お姉さんと何を話してたの?」
「……ああ。ちょっと、な」
眩しい笑顔を浮かべる真響の顔を見て俺は緊張の糸がほぐれるのを感じる。
あと4ヶ月……。
同じ教室で真響と過ごせる時間も刻一刻と迫る。
あとはどうやって彼女を日本一のアイドルVtuberにするか……だ。
そんな事を考えていると、真響は俺の元に近づいて来て、上目遣いに話しかけてくる。
「私も休憩だから、一緒に文化祭を回らない?」
「……ああ。行こうか」
俺たちは教室を出ると、手を繋いで校内を見て回った。




