タイトル未定2025/05/07 09:06
「……迷った」
俺はスマホ片手に東京の街中を彷徨っていた。
元はと言えば、藤浪がどうしてもVtuber喫茶とやらに行きたいと言ったのが発端だった。
女性陣が買い物に行きたいと言っているにも関わらず、Vtuber喫茶に行くと言って聞かない藤浪が俺の首根っこをひっ捕まえ、半ば強制的に引っ張って来たくせに、ありとあらゆる店に入っては出てを繰り返し、あろう事か、気づかない間にはぐれてしまったのだ。
……どうしよう。
Vtuber喫茶の前にいればいずれは藤浪も来るのだろうが、なんとなく釈然としない俺は女性陣と合流しようとスマホに手を伸ばす。
真響さんの名前を見つけ、電話を掛けようと発信のボタンを押しかけた俺だったが、不意に手を止める。
彼女に連絡をした事はこれまでも何度かはあったが、今日に関しては発信を躊躇ってしまったのだ。
それは何故か?
それは決まっている……。
女性の買い物は長いと相場で決まっているからだ。
姉のところに転がり込んでからと言うもの、買い物に付き合わされ、無駄な時間を過ごしたことが何度もある。
その都度荷物を持たされては店前で待たされると言う時間を過ごして来たのだ。そんな虚無な時間はまっぴらごめんである。
そう思いながら、俺はスマホをポケットに直すと、遺憾ながら元の目的地に向かって歩き始める。
東京の街並みを見ながらしばらく歩いていると、ビル群の間にぽつりと佇む、小さな神社が目の前に現れる。
それに気づいた俺はなんの気なしにそこへふらっと立ち寄ってみる。
ビルの間にあるせいか少し暗めなその神社は奥に社があり、その手前に小さな詰所があるだけの簡素な作りのほんとに小さな神社だった。
俺はその社の方へ行くと、そこで参拝をする。
お賽銭を投げ、二拝二拍手をして神様に今の悩みを心の中で打ち明ける。
あの合宿旅行の日から、真響さんの顔が素直に見られていない。
その原因も分かっているのだ。
あの夜に彼女に抱かれて泣いた事により感じた母の様な真響さんの優しさと温もりが忘れられないのだ。
事務所の後輩に恋心の様な感情は持つべきではないと分かってはいるものの、やはりそれを求めてしまう自分に嫌気がさしているのだ。
だからと言って今の関係を壊したくもなければ、踏み出す勇気もない。それに仮に付き合えたとして、あと半年で卒業を迎える俺たちに残された猶予はないに等しい。
姉の事務所で働く事も考えてはみたが、いつまでも姉に振り回……甘えるわけにもいかない。
ましてや、フォニアとして嘘をついて来たと言う引け目もあるのだから、尚更厄介なのだ。
だから、自分の進むべき道を半ば神頼み的な事でもいいから確認したかった。
俺はそれを頭で整理しているとスマホがプルプルと震える。
その振動に気がついた俺は最後に一礼すると、社から踵を返してスマホを取る。
「……もしもし?」
「あ、一彩!?今どこにいんのよ?」
発信して来たのは藤浪ではなく、ルイだった。
「ん?ああ、藤浪と逸れて今は小さい神社にいるけど」
「あっ、そう。じゃあそっちに行くわ」
ルイはそう言うと神社の名前だけ聞いて早々に電話を切ってしまった。
「……何があったんだろう」
理由も告げずに通話を切ったルイの態度を不思議に思いながら、俺はルイがくるのを待つ。
すると、ほんの数分ほどでルイが神社の境内に入って来た。
その表情は少し不機嫌そうだ。
「よう。どした?怖い顔して」
「……別に。ただ真響が他のクラスメイトと買い物を始めちゃって、長くてやんなっちゃったのよ」
「ああ……」
ルイの言葉を聞き、俺は妙に納得する。
ルイはどちらかと言うと誰かと買い物を楽しむ事より、自分の好きな事をしたい様なタイプに見える。
「けど、抜けて来て大丈夫なのか?」
「ん?ええ。真響には一彩たちのところに行くって言って来たし、終わったら連絡くれるでしょ?」
「ま、それもそうか……」
俺たちはそう言い終わると、互いに黙り込んでしまう。
これまたお風呂配信の時のことが脳裏を過ったのだ。
しばらく無言でいると、ルイは「んーっ」と言って軽く伸びをする。
「ビルの間にあるから日陰になってて気持ちいいね」
「ん?ああ。日陰者の俺にはぴったりだ」
「私達、でしょ!」
俺の自虐にルイも同調し、違いないと二人で笑い合う。
俺は真響さんがうちに来るまで、ルイはうちに来るまではお互いに会話もしたことのないもの同士であった。
が、今ではこうして笑いあえてるのが不思議なくらいだ。
「あっ、一彩。御神籤があるよ?引いてみようよ」
ルイは詰所の横にある御神籤の入った箱を見つけると、小走りにそこへ向かう。
そして、御神籤の入った箱に備え付けられている百円投入口に百円を入れると、順番に御神籤を引いていく。
「一彩、せーのであけるからね?」
「よっしゃ」
「「せーの!!」」
その掛け声に合わせておみくじをめくると、ルイは小吉で俺は末吉。
「うっわぁ〜、両方とも微妙〜」
「ははっ。俺たちにはちょうどいいのかもな」
引いた御神籤の悪さに俺達は互いに再び笑いあう。
「うわぁ〜。恋愛のとこなんて望み薄だって……」
ルイが自分の御神籤に書いてあるところを見ながら言うと、俺もその欄を見る。
恋愛運は秘密をうち開ければ叶うと書いてある。
その文字に俺の胸は締め付けられる。
と言う事は、真響さんにフォニアの事を話さなければならないのだ。
それができれば苦労はしないのに……。
そう思っていると、ルイがひょっこりと顔を覗かせる。
「秘密……ねぇ。あなたにはピッタリじゃない」
そう言ってイタズラっぽく笑うルイをよそに俺はその御神籤を畳むと、近くにある木にそれを括り付ける。
その様子を見たルイも同じ様に木に御神籤をくくりつけながら、小さな声でボソリと呟く。
「……二人とも、散々な結果だね」
「当然の結果だろ?日陰者がいくら背伸びをしても日の光はとどがねぇよ」
俺が冗談めかしながらそう口にすると、御神籤を結び終えたルイがこちらを向く。
「ねえ、一彩。あんたは背伸びをしたいの?それとも無理せず今のままでいたい?」
「えっ?」
ルイの言葉に俺はキョトンと目を丸くする。
その言葉の意味が分からないのだ。
「ほら、ありのままの自分でいたいのか、隠し事をしてでも背伸びをしていたいのか、どっちなのかなって」
「うーん」
彼女の質問に俺はしばらく考え込む。
ありのままとはこの声を気にする事なく過ごせると言う意味ではありのままでいたい。
だが、それは不可能だ。
他人にこの女の子みたいな声を聞かれるのは嫌だ。
「それなら背伸びをしていたいかな」
「……そっか。じゃあ、頑張っていくしかないんじゃない?私も背中を押してあげるから!!同じVtuber仲間として!!」
「えっ?あ、ありがとう?」
何を勘違いしているのか、ルイは無理やり作ったような笑みを浮かべる。
頑張るも何も、いつもと同じ様に声を作って話すだけなのだから、別に背中を押されるような事はない。
そう思っていると、ルイは俺から少し距離を取る様に神社の出口の方に歩き始める。
「……そろそろ真響達のところに戻らないと心配されるよ」
「ん?ああ、そうだな」
その言葉に俺はルイの後ろをついて歩く。
神社を出て繁華街のほうへと歩いていると、そこには真響さんと藤浪の二人が待っていた。
「おー、来たきた」
「おー、じゃないよ。お前、今までどこをほっつき歩いてやがった」
「そりゃあフォニアたんのフィギュアが売ってないか探し回ってた決まってるじゃないか」
「ほー、残念でしたー!!そんなもの、この世の中にはありませんー!!」
「な、何ぃ!!売ってないのか!?ネットには近日発売予定ってなってたぞ!?」
……んな訳ない。
フォニア自身がこの世にないと言っているのだから間違える訳がない。
「それより、真響さんは買い物は終わった?」
「えっ?あ、うん。終わったよ」
「その割には荷物が全然ない様な気がするんだけど」
「あ、ああ、それはね、クラスの子と服を見てたんだけど買いそびれちゃってね」
あははと苦笑を浮かべる真響さんに俺は首を捻る。
俺が逸れてから1時間弱、その間に買い物をしようと思えばできたはずなのだ。それなのにひとつも買い物をしていないのは違和感があった。
だが、それを誤魔化すかの様に、真響は話を逸らす。
「そ、そう言えば、そろそろお腹空いてこない?お昼にしようよ!!」
「さんせー!!」
「ならば今度こそVtuber喫茶だな!!」
「いかねぇよ!!」
空気の読めない藤浪の意見に俺は即座に拒否をする。
すでに一度Vtuber喫茶を探して1時間を無為にしたのだから、それくらいは当然だ。
俺の言葉にショックを受ける藤浪だったが、唯一、救いの手を差し伸べた人物がいた。それは意外や意外、湧水ルイだった。
「さんせー!!私も実はVtuber喫茶、いってみたかったんだよねー!!」
「「マジか!?」」
「あたりまえじゃん!!後学の為に行くことなんてやぶさかではないよ」
「え〜、Vtuber喫茶より東京の美味しいものを食べようよ」
なぜかVtuber喫茶に乗り気なルイに真響さんが眉を顰めながら言うと、ルイはとんでもない事を口にする。
「じゃあ、私はこのオタクとVtuber喫茶に行ってくるから、二人は別行動で!!」
「え?なんでだよ?一緒に食えばいいん……」
不可解な提案に俺が拒否反応を見せると、ルイは一歩近づいて来て俺を見上げながら睨みつけてくる。
「別行動で!!いいわね!!」
「は、はい!!」
圧に負けて俺がうなづくと、ルイは「それじゃあ、あとでね」と言って藤浪を引っ張ってVtuber喫茶のある方へと歩き始める。
その後ろ姿を俺はボー然としながら見ていた。
「じゃあ、行こっか?」
「ん、あ、おう……」
二人を見送った真響さんはそう言うと、俺の顔を見てにっこりと笑うと、「一彩くんは何が食べたい?」と尋ねてくる。
「……俺はなんでもいいよ。真響さんの食べたいものは」
情けないが縁もゆかりもない東京で女性をエスコートするなんて不可能に近い。
それでなくても女性とのデートなんてしたことがないのだ。
格好をつけたいと思う反面、身の丈に合わないことはするべきではないと思ってしまう。
そんな俺を見て真響さんは俺の手を取り、「行こっ!!」と言って走り始める。
その手の柔らかさに俺の鼓動は速くなる一方で、落ち着く事を知らないかのようだった。
そんな俺をよそに真響さんは最近流行りのお店をピックアップするとそこで美味しそうにご飯を食べる。
それを見ながら俺もその料理の美味しさに舌鼓を打つ。
……あっ。
その多幸感に酔いしれていると、俺はある事に気がついた。それは遊佐一彩がどんな事をしたいかだった。
彼女の笑顔を見て、俺は自分の料理を美味しそうに食べる人の笑顔を見るのが好きなのだと言う事に気がついたのだ。
それは何気ない光景だが、俺にとっては大切な事だった。
なぜなら、大事な人がいつまでもそばにいる事はないと知っているからである。
そんな人に自分の料理を食べてもらい、笑顔になってもらえるのが俺の望みであった。
「……ありがとう」
それに気づかせてくれた八坂真響に小さな声で礼を言うと、彼女はその声が聞こえなかったのか、ん?と言う表情をする。
そんな彼女に俺はなんでもないと告げると、彼女はそう?と言って再び料理に箸を伸ばす。
その様子を俺は微笑ましく見ていた。
食後、俺と真響さんは満足感に浸りながら藤浪達と合流するべく街を二人で歩く。
すると真響さんは何がに気がつき、「あっ!!」と言う声を上げるとその視線の先へと走っていく。
何ごとかと思いながらその後をついていくと、真響さんはとあるフィギュアショップに入っていく。
そんな彼女に嫌な予感を感じた俺が恐る恐る店へと入って目にしたもの、それは……。
10分の1スケールでできたフォニア・シンフォニィのフィギュアだった。
「あ、あった!!ようやく見つけた!!」
真響さんはそれを見つけると、そのフィギュアの入った箱を手に取り子供の様にはしゃぐ。
……なんでこんなものが実在しているんだ!?
フィギュアを出す事を知らない俺は目が飛び出んとばかりに驚く。
そのキャラクターの中の人が知らない間にフィギュアが売り出している事に驚かないはずがない。
しかも、ちゃんとファイブハーフの公式のロゴまで入っているではないか。
俺が目を点にしている間にも真響さんはそれを持って店のカウンターへと小走りに駆け寄ると、フィギュアを購入する。
そして俺を手招きすると、このフィギュアの事を嬉しそうに話し始める。
「このフォニアちゃんフィギュアはね、プリンセスがフォニアちゃんに内緒で作ったんだって!!特定の店舗に数体しか置いてない限定品らしいんだけど、まさかこのお店にあるなんて知らなかった!!」
「へ、へぇ〜」
「一彩くん、知らなかったの?」
「ああ。初耳だよ。なんか和馬さんとこそこそしてると思ってたけど、まさかこんな物を売り出すなんて」
出来の良いフォニアのフィギュアを眺めながら、素直な感想を口にすると、真響さんは興奮気味にそのフィギュアの良さを語り出す。
「このフィギュアはね、造形にこだわったってプリン姫が配信で言ってたんだー。しかも、プリンセス・シンフォニィと並べて飾れるものなんだけど、作りが細やかでね!!」
そう言うと、真響さんはフォニアの胸の部分を指差す。
そこには公式ではEカップであろう胸が忠実に再現されている。そこまではなんの疑問もない。
ないのだが……。
「な、なんと。このフィギュア、中の人のペチャパイ疑惑を受けて、胸が凹むところまで再現されているのです!!」
「な、何ぃ!!」
その衝撃の発言に俺は声を上げて驚く。
フォニアは俺が3年と言う月日をかけて作り出して来たセクシー&ダイナマイトなキャラクターだ。
それを一夜の発言でまな板ペチャパイガールとなり、しまいにはそこまで忠実再現されてしまった事にショックを受ける。
「ねぇ、一彩くん!!ほんとはどっちが本物なの?」
「そんなの、知らないから!!」
フォニアは俺の姉だと言う設定になっている以上、ペチャパイ疑惑に反論するのもお門違いなので、そう言うしかなかった。
だが、本当は声を大にして言いたかった。
フォニア・シンフォニィは巨乳キャラなんですよ……と。




