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第20話 

「呼んだ?一彩くん」


と言う声が背後から聞こえてくる。


「ええ?わぁ!!」

その声に後ろを振り返ると、そこには真響さんの姿があったのだ。


その姿に驚いた俺がびっくりしていると、彼女は楽しそうな笑顔で笑う。


「ふふっ。びっくりしたでしょ?」


「あ、ああ。驚いたよ。何でいるの?」

俺の言葉に彼女は「それはね……」と言うと、少し黙ったまま俺の前に出て、そのまま砂浜を歩いていく。


その姿に俺も彼女の後ろをゆっくりと歩く。


「一彩くんにお礼を言いたかったんだ」


「お礼?」


「そう。お礼……。ここまで連れてきてくれてありがとうって」

そう言う真響だったが、照れくさいのか、彼女はこちらを振り向く事はなく、先を進む。


「……いや、ここに連れてきたのはお姉であって、俺じゃない」


「ううん。そんな事ないよ。あのオーディションの日からずっと私の背中を押してくれなかったら、私はまだ自分の事が嫌いだったんだ……」

夕陽に照らされた真響さんの横顔に俺はドキッとする。


あの日から俺がした事は彼女から逃げる事と嘘をついているだけである。


だが、そんな俺にも関わらず、感謝を告げてくる彼女に俺は何をしたのだろうか?


「それは違うよ。君が自分でファイブハーフに足を運んだから今があるんだ。俺は何もしてない」

俺がそう言うと、真響さんがくるりとこちらを振り向き、ううんと首を横に振り言葉を続ける。


「あの日のこと、所長……。お姉さんに聞いたんだ。何で私を合格にしたのかって。そしたらなんて言ったと思う?」


「さぁ?」


「一彩があの日、私の歌を聴いて悔しそうにしていたからだって言ってたの」

その言葉を聞き、俺はあの日の感情が脳裏に蘇る。


自分の持っていない才能や求めていたもの全てを八坂真響は持っていたのだ。


その時の憧れや悔しさを姉は感じ取っていたのかと思うとどこか気恥ずかしい。


「だから、採用したって」


「……そんなことで?」


「……うん、そんな事で。けど、私にとってはすっごくおっきな事なんだよ?配信に学校に収録。大変な事だらけだけど、一彩くんが見ててくれてるって思ったら、頑張れたんだよ?」


「…………」

その言葉に俺は何も言えなかった。


だが、そんな俺を見て、彼女は言葉を続ける。


「ねぇ、一彩くん。あの歌、どうだった?」


「えっ?あの歌?」


「そう。一彩くんが作ってくれた、私のファーストシングル。……まだ予定だけどね」

そう言いながら恥ずかしそうに真響さんは舌を出す。


俺が作曲し、真響さんが作詞した彼女の初めての歌をこの合宿で収録したのだ。


彼女はその感想を求めているのだ。


「……俺の思っていた以上の出来だったよ」


「でしょ?」


「だけど、湊音奏のファーストシングルとしてはどうかとも思う……かな」


「……だね」

真響さんは俺の意見に素直にうなづく。


それもそのはず。

俺たちが作った曲は別れの歌だ。


本当にここであっているのか?この人でいいのか?と言う歌詞を切ない音色に乗せた別れの歌。


その曲が彼女にとって何を意味しているのかは分からない。だけど、Vtuberのファーストシングルとしてはあまり頂けないと言うのが感想だった。


そんな俺の言葉に真響は「でもね」と口にすると言葉を続ける。


「あの歌が私の……。私達のファーストシングルには変わりはないんだから、それでいいんだよ」

そう言うと、真響さんは少し俯き、何が言いたげな表情をする。


だが、その言葉は一向に出てくる気配もなく、二人の間に沈黙が訪れる。



二人の沈黙の間、波音と車が時々通る音だけが耳に入ってきていたが、不意に「……ねぇ」と言う真響さんの声がかすかに聞こえてくる。


「ん?」

俺の短い返事に彼女はしばらく考えた後、「……なんでもない」と口にする。


「……戻ろっか。暗くなってきたし、みんなも待ってるよ」


「あ、ああ」

真響さんはそう言うと、元きた道を戻ろうとこちらへ歩いてくる。


そして俺の前に来たかと思うと、風が吹いてくる。その風に煽られた真響は少し震えながら、「寒い」と呟く。


俺は海に入っていないが、彼女は海に入って遊んでいた為、ラッシュガードは着ていても水着は濡れているのだ。


「着なよ……」


「ありがとう」

夜の風に震える彼女に自分が着ていたラッシュガードを脱ぐとそれを彼女に着せる。


すると礼を告げた彼女の視線が俺の首元へと集まる。

喉仏のあたりにあるはっきりとわかる一文字の傷跡。


真夏でもタートルネックを着ているせいで隠れている傷跡を彼女は初めて見たのだ。


その傷跡を目の当たりにした真響さんは「それって」と、驚きの表情を浮かべる。


その言葉に俺は彼女から体を背けると、「……帰ろう」と元きた砂浜を歩く。


そんな様子に彼女もそれ以上何も言わずに着いてくる。おそらく俺を自分と重ねたのであろう。


しばらく俺たちは黙って歩いているが、どことなく居心地の悪くなった俺はこの傷の事を言う決心をする。


「……この傷は事故で出来た傷なんだ」


「えっ?」


「両親の乗ってた車が飛び出してきた子供を避けようとして起こした事故で……」


「そっか……」

俺の言葉に彼女はそう短く言うと、次に驚きの言葉を告げる。


「私と同じだね。私の場合は事故に巻き込まれた方なんだけど……」


「えっ?」

その言葉に俺が振り返ると、彼女は乾いた髪を掻き上げて左のこめかみ辺りにある傷を見せてくる。


同じ……。


その言葉に俺が何故あのオーディションの日、彼女にシンパシーを感じたのかが分かった気がした。


文字通り傷の舐め合いがしたかった訳ではない。

が、原因はともあれ、共通の傷を持つ二人にしか分からないコンプレックスに共感したのだ。


そんな事を考えていると、真響さんは「あっ……」と言って俺の腕を引くと、どこか隠れられそうなところに俺を連れて行く。


「な、何を!?」

突然の行動に俺が戸惑っていると、真響さんはじーっと口に人差し指を当てて、俺たちが進もうとしていた先を指差す。


俺がその方向を見ると、そこには姉と和馬さんが座っていた。その様子を見ると、何かを話しているようで、俺は二人の会話に耳をすます。


「あー、後半年もしたら一彩も卒業かぁ〜。長かった」

姉の言葉にどうやら俺の話をしていることが分かる。


「あの子をうちに呼んだ日はどうなる事かと不安だったけど、真響にルイ。学校でも友達ができてきたって言うから少し安心していたんだよ。分かるか?和馬」


「……ああ。分かるさ」


「おばあちゃんの話を聞いてたら、学校には行ってるけど、大半が引きこもってるって聞いてたから心配してたけど、こっちに戻して正解だったよ」


「……よく頑張ったな」

そう話す姉の頭に和馬さんは手を伸ばすと、その頭を優しく撫で始める。


すると姉は和馬さんの体預ける形で暫く無言で撫でられている。


「……ようやく肩の荷を降ろせるのかな?和馬」


「これからも大学とか行くだろうけど、それでも一彩くんなら自分で何とかすると思うよ」


「……そうだね。あの子がどうしたとしてもいい様にしてきたつもりだったけど、いつの間にか私があの子に甘えちゃってた」

いつになく弱々しい言葉を口にする姉に俺が驚いている中、和馬さんもうなづく。


「でも、ご両親がいない代わりに一彩くんの面倒を見て、会社まで立ち上げる真彩も大変だったんだ。そこはちゃんと一彩くんも分かってくれてるさ」


「……そう、かな?わた、しが……やって……来た事って……間違いじゃなかったかな?」


「ああ。それは誇ってもいいんじゃないか?」

和馬さんの言葉に泣きそうだった姉の涙腺が堰を切ったかの様に溢れ、姉は和馬さんに抱きつくと子供の様に泣き始めた。


それを見た俺は姉がどんな思いで両親の死を乗り越え、両親の残した事務所……いや、実家を売却しない様に働き、引きこもりの俺を実家に呼んだのかをやっと理解した。


美大卒業したばかりの20代の女性ができる事ではないのだ。並大抵の努力だけでは決して出来ないその行動の数々。


でも俺の前では気丈に振る舞ってきた姉の弱々しい姿を目の当たりにした俺は何も言えずに二人を凝視する。


「……ねぇ、和馬?あの日の約束、覚えてる?」


「……ああ」


「今もあの時の気持ちのままだったりする?」

遠巻きに不安げな声でそう話す姉が一体何の話をしているのかが気になっていると、和馬さんが姉の問いに答える。


「あの時のままって訳にはいかないよ」


「……そう」

和馬さんの答えにガッカリと肩を落とす姉の姿に俺は胸が何故か痛む。


だが、そんな姉を見て、和馬さんはゆっくりと口角を上げる。


「君が一彩くんをこっちに連れてくるから別れてって言われた日以上に君のことが好きになってるんだ。だから、そんな顔をするなよ」

和馬さんはそう言ってゆっくりと立ち上がると、ラッシュガードのポケットから小さな箱を取り出す。


「あの日からずっといつ渡せるか考えていたんだ」


「えっ……?」


「綾羅木和馬と結婚してください!!」

そう言うと、彼は姉にその箱を開いて見せる。


そこには夕闇でも小さな光を放っているかの様な指輪があった。


婚約指輪だ。


それを見た姉は目を潤ませながら、今までに見たことのない笑顔で「はい!!」と答える。


その答えに彼は静かに指輪を箱から出すと、姉の左手の薬指に婚約指輪をはめると、二人は静かに口づけを交わした。


その光景を見た真響さんは「素敵……」と溢すが、俺は二人がこれまでどの様な成り行きで別れて、今まで過ごしてきたのかを知り、涙が溢れてくる。


そんな俺を知る由もない二人はゆっくりと立ち上がると、元いた場所へと歩き始める。


その後ろ姿を見送った俺は耐えきれなくなり、声を出して泣いた。そんな俺を真響さんは優しく抱きしめ、俺が泣き止むのを黙って待ってくれた。


その柔らかくやさしい抱擁に包まれた俺は時間が経つのを忘れて、泣き腫らした。

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