第14話 パシリ
「遊佐一彩、ちょっと来なさい」
「はい!!」
「遊佐一彩、ジュース買ってきて!!」
「はい、喜んで!!」
あの日を境に、湧水ルイは休み時間ごとに俺を呼び出すようになった。
それは昼食の時間も同様で、俺はその都度彼女の昼食を買いに行かさられた。
今日もまた、彼女による理不尽な要求に応えるべく、俺は食堂の方へと走りだすのだった。
「あっ、一彩くん。ちょうどよかった。お昼食べよう!!」
俺が教室から出ようとしたとき、真響さんから声が掛かる。
湧水さんと出会うまではいつも一緒にご飯を食べていたのだが、最近では全くそれも出来ていない。
だが、俺の秘密を握っている湧水の機嫌を損ねたく無い俺は「ごめん!!急いでるんだ」と言って真響さんの誘いを棒に振る。
そう言って食堂に走る俺の背中をただ何も言えずに見送る真響さんだった。
クラスメイト達も先日までは真響さんに夢中であったはずなのに、急に別な女の子に尻尾を振る俺を見て、軽蔑しているのが分かる。
だが、フォニアの秘密だけは死んでも知られてはならないのだ。唇を噛み締めながら、俺は湧水に尻尾を振る。
そんな日々が1週間も続くとそれに対して真響さんは不満を持つようになる。
なんせ配信のある日ですら彼女を一人で帰らせているのだから、当然と言えば当然だ。
その日の奏の配信を湧水のお使いに付き合っている間に視聴したのだが、これまでにない迫力でシューティングゲームに興じているのだ。
『このやろー!!くたばりやがれー!!』
普段は丁寧な話し方の奏の口から聞いたことのない暴言の数々に俺はおろか、リスナー達も脅威を感じたのか、なんか機嫌が悪い?と戦々恐々だ。
そのコメントが癇に障ったのか、奏は「あぁん?」と不機嫌そうに言うと、リスナーを再び恐れさせる。
『そう言うあなた達も、新しい子が出てくるとそっちに目移りしちゃうんでしょ?知ってるんだから!!」
そう言って、楽しそうにターゲットの頭を銃で撃ち抜く様に一部のリスナーは盛り上がる。
奏がVtuberとして初めて圧を掛けたのだ。
そんなギャップが新鮮で、ここから奏=サイコパスのような印象がついて行くのだが、この時の俺はその言葉に恐れ慄いた。
彼女を放置するとこのような事態になると言う事がわかったからだ。
だが、今はどうすることもできない。
湧水による脅しに屈してこのまま彼女に尻尾を振り続けるか、彼女の暴露を承知で湧水を退けるか……。
答えは2つしかないのだ。
もし仮に彼女がフォニアの事をリークしたら、ようやく軌道に乗ってきたファイブハーフに迷惑が掛かることは明白だ。
だが、いつまでもこのままではいられない。
「あら、奏ってば、荒れていらっしゃる事」
俺が悩んでいると、湧水が後ろからスマホを覗き見て楽しげに呟く。
……誰のせいでこうなってると思ってるんだ!!
そのデリカシーのない発言に俺の怒りが増してくる。
だが、その反抗的な視線に気づいた湧水は見下したかのような視線でこちらを睨む。
「あら、何?その反抗的な視線は?いいのかしら?世間ににフォニアが男だって言う事を伝えても……」
「ぐっ……」
湧水の言葉に何も言えずに歯を食い縛っていると、彼女は調子に乗る。
「言えないわよね。そしたら大好きな八坂さんにも知られて世間からはバッシングの嵐……。そんなの、耐えられるわけがないものね。それが嫌なら、私に尻尾を振ってなさい」
そう言って俺に重そうな荷物を持たせようと差し出してくる。
その傍若無人な態度と、自分の不甲斐なさに俺の怒りは頂点に達する。
彼女は彼女で荷物を一向に受け取ろうとしない俺に痺れをきらせたのか、焦り出す。
「なに?世間に公表されてもいいの?」
「…………すればいいさ」
「えっ?」
「フォニアが男だって言えばいいさ!!」
急に怒り出した俺に湧水はたじろぎ、後ずさる。
だが、怒りはまだ収まらない。
「べつに言いたければ言えばいい。どうせこの活動もあと一年しかしないんだ。お姉には迷惑がかかるかもしれないけど……」
「……そうなの?」
「ああ。いつまでもこの生活ができるなんて思ってもいなかったし、俺も本心から配信をしたいと思っているわけじゃないんでね。逆に清々するぜ」
「…………」
今まで言えなかった心のうちを湧水にぶち撒ける。
「この傷のせいでコンプレックスだった声を世間に晒してお金を稼ぐ事がどんなに苦しかったか、お前は知らないだろ!!世間に嘘をついて、知り合いには言えない事がどんなに辛いか……」
そう言っているうちに感情の昂りは涙となって溢れる。
「それでも生活が楽じゃないお姉の力になりたくて、フォニアとして活動してきたんだ。その事に文句があるなら言えばいいさ」
3年間と言う活動で感じてきた鬱憤を理不尽な湧水にぶつける事で、心が少し……軽くなるのが分かる。
でも……。俺はそう言いながら、フォニアの正体がバレた日のことを思い出す。
あの日、彼女は俺の正体を知ったにも関わらず、その事を伝えなかった。それどころか、飛び出してきた真響に対してフォニアの声帯模写をして誤魔化してくれたのだ。
「あの日、真響……、八坂さんにフォニアの事を伝えずにいてくれた事は感謝してる。ただ、来年の3月までは出来れば言わないで欲しい……」
「なんでよ!!なんでそんなに八坂さんを大事にするのよ!?たかが、研修生の一人なだけじゃない!!」
少し落ち着いた俺に変わり、湧水さんが激昂する。
たかが研修生の一人に過ぎない。
その事は重々承知している。
「それはまだ……言えない」
「なんでよ!?まだ全然配信者としての実力も足りないし、なんの実績もないじゃない」
私の方が……。
そう言いかけた湧水に俺はとある疑問をぶつける。
「……なぁ、湧水?なんで真響さんのことを敵視するんだ?」
「…………」
「あの日だって、彼女の事を睨んでたじゃないか。それはなんでなんだ?」
「それはね、あの子がファイブハーフに居るから!!私だって、姫ママの事務所に入りたかったのよ!!」
そう言いながら、涙を浮かべる湧水の言葉に俺は何も言えなくなってしまう。
高校生の入所を認めていないファイブハーフが高校生である真響を研修生として受け入れてる時点で事務所に入りたい人間にとっては嫉妬の対象なのだ。
その気持ちも痛いほどに分かってしまう。
「3年前、プリンセス・シンフォニィの配信を見て私も事務所に入りたいって思ってきたの。でもね、学生の応募は不可……。だから、姫ママにイラストを依頼して個人Vtuberとして一から配信を始めた私の苦労があなたに分かる?」
「…………」
その言葉に俺は何も言えなくなってしまった。
俺はVtuberとしての苦労はさほどしていない。
イラストやリスナーの大半は姉の力によるものだ。
そんな俺が彼女に言い返すことなど不可能だ。
「それなのに、なんであの子は研修生として姫ママの事務所にいるのよ!!不公平じゃない……」
そう言うと、湧水は手で顔を隠し、声を出して泣き始める。
「ねぇ、なんであの子を選んだのか、知ってる?」
「うん……」
「湧水の言葉にうなづくと、俺はあの日のことを思い出して伝える。
「最初はお姉も採用するつもりはなかったんだ。でも、まだ未完成だけど、目を見張るものがあったから採用したんだ。ほんとは正式採用したかったみたいだけど、まだ高校生だからって言う理由で俺が止めたんだ」
「えっ?」
「俺は最初、高校生がうちみたいな事務所に入るべきじゃないって言ったんだ。でも、その意見を彼女は自分の力で……」
「…………」
「多分、それは彼女の行動した結果勝ち得たものだと思うから、その意思は大切にしたいと思う。それに、君だって、ちゃんと行動してるじゃない……」
……俺とは違って。
そう言いかけて俺は言葉を詰まらせていると、湧水は不思議そうな表情を浮かべる。
「湧水さんがちゃんと個人として活動してきたからこそ、水見澄は輝いているんだ。その努力と経験は奏もフォニアもして来なかった事だから、すごい事だよ」
俺がそう言うと、彼女は顔を赤らめる。
「だから、その経験や技術を俺や八坂さんに教えてほしいんだ。お願いします」
そう頭を下げると、湧水さんは恥ずかしそうにそっぽを向く。
「私だってちょっとあの子を困らせたかっただけで、別にあなたのことを世間に公表する訳ないじゃない」
「ほ、ほんとか!!」
「そうよ!!だから、今後は私ともコラボしたりしてよね!!」
「ああ、わかった!!」
「それと、学校でも仲良くすること!!じゃないと、八坂さんにバラすからね!!」
「ええ!?それだけは勘弁してくれ!!」
慌てる俺を見て、湧水さんはイタズラっぽく笑うと、なおもとんでもない要求を続ける。
「あと、私のこともルイって呼ぶこと!!」
「マジか!?」
「いいわね!!」
「……分かったよ。ルイ」
「よろしい!!」
俺の返答にご満悦げな笑みを浮かべるルイ。
三年になるまではぼっちだった俺が今や女子から名前呼びを求められるなんて思っても見なかった。
「そういえば、フォニアの最後って何か考えてるの」
「えっ?」
「小さな事務所だからたいそうな事はできないでしょうけど、何かするのよね?」
「あぁ、その事なんだが……」
フォニア引退の事について、俺が自分の考えを彼女に伝えると、ルイは目を丸くする。
「……そんな事をするの」
「ああ……。これはその日まで真響さんには言わないつもりだから。頼む……」
「分かった……」
俺の真剣な眼差しに、ルイも真剣な表情でうなづく。
これまでは誰にも言えなかった秘密を打ち明けることのできる相手ができた事に初めて喜びを覚えた俺だった。
これから始まる夏休み。
その怒涛の日々がこれから始まろうとしていた。




