第12話 湧水ルイ
7月に入り、だんだん気温も高くなってきた。
それなのに、俺はいまだにタートルネックを身につけている。
以前であればその異様な服装に、クラスメイト達も避けていたが、真響さんと会話を交わす機会が増えた事でクラスメイト達も少しずつ俺と言う存在に慣れたらしい。
その証拠に、俺が教室に入るなりクラスメイトたちが挨拶をしてくるようになったのだ。
その挨拶にも最初は戸惑っていたが、今ではそれにも慣れ、自分も返すようになってきた。
「遊佐くん、おはよ!!」
「おはようございます」
俺がクラスメイトと挨拶を交わしていると、お腹の辺りにトンっと言う衝撃が走る。
挨拶に気を取られ、誰かにぶつかったのだ。
「あ、ごめんなさい!!」
俺はぶつかった生徒の方に向き直り、謝罪をするとその人はぶつかった衝撃で倒れていた。
その人を見ると女子で、日頃からふらふらとしているどこか影の薄い印象の子だが、先程の衝突でまさか倒れてしまうとは思わず、俺は慌てて彼女に駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!!」
「…………」
倒れたまま動きを見せない彼女を見て、俺は血の気が引く。転倒した拍子にどこか打ったのではないかと気が気ではなかったのだ。
「大丈夫!?救急車!!救急車呼ばなきゃ」
動きを見せない彼女にテンパってしまった俺は慌ててスマホを取り出すが、電話をかけようとした瞬間、横から男の手が伸びてくる。
「よせ、ここは学校だぞ?」
そう言って手を伸ばしたのは藤浪だった。
「だ、だけど、動かないんだよ!?どこか打ってたら大変じゃないか!!」
「だから落ち着け。とりあえず、先生が来るのを待って、それから保健室でいいだろ?」
「でも……」
気が気じゃない俺が彼女の方をチラッと見ていると、藤浪はくくっと笑う。
「……お前も変わったよな。今までなら何にも動じてませんよって顔してたのに、今では喜怒哀楽が分かりやすいわ」
「そんなこと言ってる場合じゃ……」
「まぁ待て、こいつはいつもの事だ」
「へっ?」
藤浪の言葉に俺が間抜けな声を上げていると、彼女はぱちっと大きな目を開き、すっと起き上がる。
その動きに俺は「うわぁ!!」と、驚きの声を上げる。
だが、そんな俺に構わず、彼女は立ち上がるとスカートのほこりを叩き落とす。
「大丈夫か?湧水」
動揺する俺に変わって藤浪が湧水と呼ばれた少女に声をかける。
すると彼女は小さく頷くと、俺の脇を通り抜けて自分の席へと歩いていく。その姿を見た藤浪は小さく息を吐き、俺の肩を叩く。
「だとよ。俺たちも座ろうぜ」
「お、おう……」
先に席についた藤浪の後を追うように、席につくと藤浪がこちらを向く。
「あいつもあんな奴だよ」
「あいつも?」
「ああ。昔の誰かさんみたいに、自分以外の世界には興味がないんだ」
「へぇ〜。って、誰のことかな?藤浪くん?」
「ははっ。けど、あれを見てみ。何かを思いついた顔してるだろ?」
藤浪に言われて、湧水さんの方を向くと、彼女は先程の俺に見せた無表情を一変させる。
パッと明るい顔をして何かを書いている姿はなんとなく昔の自分を彷彿させる。
「本当だ……。何書いているんだ?」
「さぁな。それは分からないが、お前にそっくりなのは確かだろ?」
そう言う藤浪の肩にゆっくりと拳をぶつけると、藤浪は笑みを浮かべる。
「……しかし、藤浪はよく見てるな」
「あぁ?それほどでもねぇよ。前のお前とか、湧水さんとかは見てて飽きなかったからな。人間観察の参考にさせてもらったよ」
「はぁ?それはそれで気持ち悪いんだが?」
「ひゅー、辛辣!!野球をやってるとな、相手がこの打席、この投球で何を考えてるかを脳内でシミュレートするんだよ。そんな時に表情を見ることで考えを読むんだ」
「……へぇ」
「相手の全部が読めるわけじゃないけど、ヤマを張れれば勝つ可能性も上がる」
そう語る藤浪の表情を見て、俺は彼がどれだけ野球に情熱を注いでいるのかがわかる。
今年の夏で引退が掛かっている彼にとって、練習できない時間ですら何かを得ようとしているのだ。
そんなやつの輝かしい青春の一ページが眩しく、羨ましくなってしまう。
だが、そんな俺の顔を見て、藤浪はにししっと悪い笑みを浮かべる。
「ほんま、遊佐って分かりやすくなったよな?今じゃポーカーフェイスを見破る参考にもなりゃしない」
「は?」
「だって、そうだろ?表情豊かになっちゃって……。八坂さんのおかげかな?」
「……な、なんでそうなるんだよ!!」
「最近、お前って授業中とかにぼーっと八坂さんのことを見てる気がするんだが、気のせいか?」
何を勘繰っているのかは分からないか、藤浪の言葉に俺は動揺する。俺の心理を半ば読みとられたことに驚いたのだ。
「そ、そんな事は……ないぞ?」
「そうなのか?別に隠さなくてもいいんだぞ?好きな……」
「そ、そんなんじゃないから!!」
俺の反応に藤浪は笑いながら、教室の後ろ出口の方を見る。
「あ、噂をすれば、我が校のアイドル様のお出ましだ」
その発言に俺はビクッと肩を跳ね上げると、俺もゆっくりと藤浪の視線の方を見る。
が、そこには真響の姿はない。
……騙された!!
藤浪を恨めしそうに見ると、奴は大笑いをする。
「ははは!!何がそんなんじゃないから!!だよ。そんな思いしかしてねぇじゃねぇか」
「くあせふじこ……」
藤浪の言い分に言葉がでないでいると、藤浪は俺の肩を叩く。
「……まぁ、いいんじゃね?好きなら好きでよ」
「…………俺じゃ、釣り合わないよ」
「そうか?そんな事は……」
「何が釣れないの?」
藤浪の言葉を遮るように女子の声が横から割り込んでくる。言わずもがな、真響さんだ。
そのタイミングの良さに驚いた俺は慌てていると、彼女は小首をかしげる。
「一彩くんって、釣りとかしたんだ〜」
「な、何でもない!!なんでもないよ!!」
慌てふためく俺を見て、なおも笑いが絶えない藤浪はあろう事か、真響を手招きして何かを伝えようとする。
「八坂さん。こいつな、今好きな人が……」
「ぎゃー!!わー!!」
藤浪の発言に俺は小学生のように声を上げると、真響さんは驚きの表情を浮かべる。
「わ!!……もう、一彩くん!!急に大きな声を出さないでよ!!」
「ほんとだよ、全く!!これから面白くなるって言うのに……」
「ああん?それはこの後その身がどうなってもいいって事だよな?藤浪?」
拳を鳴らしながらこれまでに見せたことのない表情を藤浪にぶつけると、藤浪は「はい……、すいません」と言って縮こまる。
そんな事をしていると、キーンコーンと始業のチャイムが校内に鳴り響く。
「あ、もうこんな時間?藤浪くん、後でこっそり教えてね」
「分かった」
「ああん?」
「あ、すいません。なんでもないです」
「もう……。じゃ、一彩くんも放課後ね!!」
「うん。それまでは藤浪は離さないから!!」
俺の言葉に、クラスの主に腐った趣味をお持ちの方々が目を輝かせる。
その反応に真響さんは苦笑いを浮かべながら自分の席へと向かっていく。
「……この状況でなんで勇気が持てないんだか?」
「ん?なんか言ったか?」
形勢が逆転し、小声で恨み言をいう藤浪を視線だけで威嚇すると、藤浪はおー,こわいと言って黒板の方を向く。
俺と真響さんが仲が良いのは今や周知の事実だ。
だが、それは俺がファイブハーフの所長の弟で、彼女の面倒を見ているからに他ならない。
だから、それ以上の関係を求めることなどあってはならないのだ。
……だが。
授業中、俺は真剣な眼差しで授業を受ける真響さんの背中を見る。
『えーっと、リスナーさんからの質問です!!好きな人はいますか?だって』
『…………いるよ』
先月の奏とのコラボの際に出た質問について考える。
その言葉はリスナー達をヤキモキさせるための方便だと言う事も理解はしているつもりだ。
だが、もしそうでなかった場合、俺はどのような立場でこの関係を続ければいいのだろう。
早朝から音楽準備室で一緒に会話をし、教室でクラスメイトを交えてお弁当を食べ、たまに事務所へ行く為に一緒に帰る。
そんな生活が当たり前になってきた今日、もし好きな人がいるとしたら、それを続けるべきではないのではなかろうかとどうしても思ってしまうのだ。
『フォニアちゃんに決まってるでしょ!!』
「そうだったら、いいのにな……」
彼女の何気ない一言はとてつもなく重い言葉だった。だが、それを望むかの如く、俺は授業中……小声で独り言を呟いたのだった。
「一彩くん!!」
放課後、俺が帰り支度をしていると、真響さんが俺の元へと駆け寄ってくる。
その声、その姿がなんとなく嬉しく思えてしまう。
が、それをおくびにもみせずに帰り支度を終えると、「お待たせ」と、彼女に言う。
その一言に、真響も太陽のような笑顔でうなづくと、「今日もお世話になります」と言ってくる。
今日はうちで、姉と奏ともう一人、個人勢のVtuberとのコラボがあるのだ。
それを俺はただみているだけなのだが、彼女はその事を楽しそうに話しながら、ファイブハーフの事務所への道を共に歩く。
願わくば……。
そんな事を思う間も無く、事件は起こってしまうのだった。
それはファイブハーフの事務所の近くに着いた時のことだった。
見覚えのある制服と容姿の女子生徒が、事務所の前をうろうろしているではないか。
隣を歩いていた真響さんも、その女子に気がついたのか、その子に声をかける。
「あれ?湧水さんじゃない?湧水さん!!」
そう言って、彼女は湧水ルイのところへと走っていく。
これが事件の始まりだと言う事も知らずに……。




