第11話 コラボ
「やっふぉにぃー!!歌を奏でる猫耳シンガー、ファイブハーフ王国のフォニア・シンフォニィだよ!!今日もみんなで楽しい音を奏でましょ!!」
軽快な音楽と共に配信が始まると、俺はフォニアの声、もとい地声で話を始める。
その言葉に合わせて薄紫色の髪の女の子のイラストが表情を変えながら口を動かす。
それがフォニア・シンフォニィだ。
だが、裏の顔はただ声の高い男子高校生が女の子を演じているだけ。
バーチャル美少女を身に纏っている男だと公言しているのでればまだ救いはあるのだが、配信開始から一貫して女の子だと認知されている事に罪悪感を感じながらも、配信を続けて来た。
だから俺は他のVtuberとはコラボをしたことがない。外部のVtuberからコラボのお誘いがないわけではないが、全てお断りをしている。
だから姉としかコラボをしない通称、こらぼっちで有名なフォニアが、今日初めて姉以外のVtuberとコラボをすると言う話がTwitterで話題となったのだ。
そのもの珍しさに、今日はいつにもましてリスナーの数が多いように感じながら、俺は言葉を続ける。
「シンフォニアの皆さん、今日はなんとコラボはいしんです!!えっ?嘘乙?そんな事ないよ!!私もこれからはコラボも頑張っていこうかなと思って……」
俺の言葉にシンフォニア達はエアコラボ?や、コラボぼっち、シスコン歌姫というような好き放題にコメントを打ち込み始める。
「嘘じゃないから!!こらぼっちじゃないから!!今日はほんとに、ほんとーにコラボなんだから!!誰だと思う〜?」
もったいぶりながらコメントを眺めると、やはり大半がプリンセスの名を上げる。
だが、勘のいい人も中にはいて、研修生の名もちらほら見える。
「正解は〜、どぅるるるるー、だん!!研修生Aちゃんです。ほら最近ファイブハーフの研修生としてデビューしたばかりの新人ちゃんとのコラボです!!」
そう言ってぱちぱちと手を叩くと、リスナー達も期待に胸を膨らませる。
「その人とはね、まだ話したことがないんですけど、お姉からはいい子だって聞いてたし、実際にやりとりをしたら本当にいい子でびっくりしました!!」
フォニアがそう言うと、リスナーの中にはガチ恋注意や、ストーカーきちゃ!!と言った言葉が見え隠れする。
そのコメントに俺は苦笑いを浮かべる。
だって、中の人が実際に押しの強いのは事実だ。
「はははっ、どんな人かはさておき、ゲストをお呼びしましょうか!!Aちゃん、どうぞ〜!!」
『ど、どーもー』
俺がそう言うと、ミュートだったスピーカーから音声が流れ、真響……、研修生Aの声が聞こえてくる。
だが、いつも学校で聞いているような明るい声でもなければ、Vtuberらしからぬ入りに、一時会話が途切れる。
姉との配信であればそばで会話を促したりもするのだが、今日に限ってはそれもできない。
うちで配信する真響に変わって、俺が頼みこんでまで澪さんの家で配信をしているからだ。
その時の澪さんの怪訝そうな顔は今でも忘れられない。だが、そんな事をしている余裕はない。
「あ、あれ、Aちゃんどしたのかな?緊張で声が出ないのかな?」
放送事故に繋がりかねない事態に、おちゃらけながら訊ねると、ディスコが再度ミュートになる。
「ええ〜っ!!ちょっと!?Aちゃん?もしもしし!?」
ほんとに事故ってしまった配信にテンパった俺は慌ててる。
⚪︎⚪︎:なに?切れた?
××:まさかの放送事故!?
⚪︎⚪︎:ぶっちにコラボっち困惑!!
「誰がこらぼっちにこらぶっちじゃー!!何上手いこと言った気になってんの!?それより、どうしよう。あ、もっかいディスコ掛け直して……」
好き放題にコメントを打ち込んでくるリスナー達にツッコミを入れながら、頭の中で状況を整理する。
これまでの配信で、彼女がこんな失態を犯した事がない事を知っているので尚更動揺してしまうのだ。
こんな時に……、そう思いながら一度通話を終了しようとマウスに手を伸ばした瞬間、ヘッドセットからあー、あーっという声が聞こえてくる。
その声を聞いた俺は、「おねぇ!!」と声を上げると、俺の声にリスナー達も、プリンセス登場!?と、コメントで歓声を上げる。
「あー、こちらプリンセス、こちらプリンセス。応答どうぞ?」
「軍隊かって!!それより、Aちゃんは?」
無線でやり取りをしているかのような口調で話す姉にツッコミを入れつつ、Aちゃんの心配をすると、ヘッドセットから再度、姉の声が聞こえる。
「あー、あー。奏は無事。今間極まってるとこ。その間、時間稼ぎよろ、オーバー!!」
その言葉を聞き、俺はホッとする。
よくよく耳を澄ませると、姉の喋るマイクの向こうで真響さんが鼻を啜っている音が聞こえる。
そばで配信ができる立場であれば、彼女のフォローをしながら配信を続ける事もできたのに……。
悔しさに唇を噛み締めていると、コメント欄がとある言葉に反応をし始める。それは、姉が語った奏と言う名前だった。
今まで研修生Aという名前で配信をしてきたのに、いきなりネームドキャラクターが登場したのだから驚くのも無理はない。
……やりやがったな!?
姉が小出しにした情報にリスナーはもちろん、俺も困惑する。
配信の最後に名前と新しい立ち絵を紹介する予定だったのだが、本人不在の上で姉のお漏らし。
それをアドリブで説明をしなければならないのは辛いが、これでも配信者の端くれ……。姉からのキラーパスに答えないといけない。
「そうなんです!!今日は研修生Aちゃんの命名披露がある予定ですけど、奏はAちゃんの名前です!!そしてなんと、サプライズも用意してるから、みなさん楽しみにしててね!!」
そう言うと、リスナー達期待に胸を膨らませはじめる。
まぁ、おおかたの今日の予定を語り終えたところで、真響……、いや、奏の使用しているディスコが通話可能な状態になる。
「あっ、ようやく奏ちゃんが落ち着いたみたい。話せるかなぁ〜」
俺がそう言うと、奏が掠れた声で「もしもし……」とVtuberらしからぬ発言をする。
「もしもしし……って、電話か!!はいっ、と言う事で今日のコラボのお相手、研修生Aちゃんこと!!」
「……音の湊で音楽を奏でるファイブハーフ研修生の湊音奏です。みんなの帰りを待ってるよ!!」
初めて披露する湊音奏の自己紹介にコメント欄が湧く。
だが、慣れない口上と先程まで泣いていたせいでいつもの研修生A……、もとい、湊音奏とは違った。
だが、俺はそれを気にする事なく手を叩く。
「わー!!奏ちゃん、初めまして!!フォニア・シンフォニィです!!これからよろしくね!!」
「ひゃっ、ひゃい!!よろしくお願いしまふゅ!!」
俺の言葉に緊張を隠せない奏はしどろもどろになっている。
「んー、緊張してるのかな?いつもの配信ではもっとハキハキとしてる印象だったけど……」
「はぅあ!!」
「おねぇとのコラボの時は配信聴くようにしてるんだけど、初めて配信した時はもっと堂々としてた気がするんだけど、今日はどうしたの?」
「そ、それは……」
俺の指摘に奏は図星を突かれショックを受けたのか、彼女はしばらく無口になったかと思うと、再びグズグズと泣きだしたかと思うと、小さな声でその理由を語り始める。
「うっ、うっ……、やっと私の夢が叶ったからです」
「えっ?なんて?」
「やっとフォニアちゃんとこうしてお話しできるようになったから、感動しちゃったんです!!うわーん」
「えっ、ちょっと!!また泣く!?ねぇ、奏ちゃん、落ち着いて!!」
自分の言いたいことを言い終わると、奏ちゃんは大きな声を上げて泣き出してしまう。
その声に慌てた俺は彼女を宥めようとするが、なかなか落ち着かず、コメント欄にはフォニアが泣かせたと言った言葉が並び始める。
「ちょ、私は何もしていないじゃない!!それに奏ちゃん!!ほんと、落ち着きなさいよ!!」
「は、はい……」
俺の言葉でようやく少し落ち着きを取り戻した彼女は鼻を啜りながら、小さくうなづく。
「それに、そんな小さな夢が叶っただけで泣いて、どーするのよ」
「えっ?」
「あなたはまだファイブハーフの研修生。スタート地点にようやく立ったばかりなのに、今泣いてどうするの?」
「……そ、そうですね」
「お姉からファイブハーフに入る経緯は聞いてるし、私のことをこんなに思ってくれるのはすっごく嬉しいんだけど、その涙はあなたがもっと大きなものを成し遂げてから流しなさい。いい?」
「は、はい!!」
フォニアの一喝が効いたのか、奏は先程の号泣が嘘のようにぴたりと止む。
放送事故寸前の事態からなんとか盛り返せた事を安堵する。
彼女の思いや夢は誰よりも俺が一番知っているのだ。
こんなところでつまづいて欲しくはない。
「それじゃあ改めてまして、今日のコラボのお相手、ファイブハーフの研修生、湊音奏ちゃんです!!」
「はい、よろしくお願いします」
「それでは今日の企画なんですけど、まさかの事態に予定していた時間が押しちゃったので、急遽、変更をしたいと思います」
「えっ!!」
「題して、研修生の秘密を探ろう!!湊音奏はどんな人!?と言う企画をしたいと思います!!」
俺がぱちぱちと手を叩くと、コメント欄もそれに同調する。
「私もリスナーさんも、湊音奏が一体どんな人なのかよく知りません!!ならば、この際みんなで奏ちゃんを丸肌にしてしまおうと言うこの企画。基本的には私が質問をしますが、リスナーさんもどしどしコメントしてくださいね!!」
フォニアがウィンクをしながら話すとリスナー達も盛り上がる。
誰でも知らない人の事は気になるものだ。
とくに有名人であったり、新人であったらその人となりを知りたいと思うのも無理はない。
最初は「エエーッ」と、あまり乗り気ではなかった彼女だったが、次から次へとくる質問の数々に楽しくなったのか、奏のアバターが徐々に笑顔になってくる。
「じゃあ、質問その一!!ででん!!好きな食べ物、嫌いな食べ物はなんですか?」
俺はまずは無難な質問をぶつける。
だが、ただ無難なだけではない。
無難なものか突飛なものなのか、彼女のトークの幅が試されるのだ。
奏はうーんと少し考えを巡らせると、あっと何か思いついた顔をする。
「私の好物はホイップがたくさん乗ったパンケーキです!!」
「う〜ん、女の子らしい答えが返ってきました!!」
フォニアがそう言うと、コメント欄にも可愛いと言ったコメントが並ぶ。
「特にパンケーキに乗った生クリームを先に食べるって言う罪悪感を感じながら食べるのが好きなんですよー!!それを食べたらしばらく家に生クリームがなかったらダメな体になっちゃいます!!」
「えっ?それって生クリームが好きって言った方がいいんじゃないの?」
「まあ、そうですね。市販で売ってる冷凍の生クリームも買ったら少し溶かして食べるとバニラアイスみたいで美味しいんです!!」
「うげっ。胃もたれしそう……」
自分の好物を嬉々として語る彼女に俺は胃の辺りがムカムカしてくる。
別に生クリームがダメなわけではないが、適量以上の生クリームを食べるのは無理だ。
だが俺の反応を聞いた奏は「そんな事ないですよ〜」と言って話を続ける。
「じゃあ、フォニアちゃんの好物は?」
「えっ?私?私はイカの塩辛!!」
「それって酒のつまみじゃん!!」
俺の好物を聞いた彼女が驚くと、リスナー達もおっさんじゃんとか、酒飲み笑と言った言葉を並べる。
だが、事実イカの塩辛が好きなのだから仕方がない。
まだ未成年なのでお酒は飲めないが、イカの塩辛をご飯にかけて食べるのが好きなのである。
「うーん、あとはたこわさにアンチョビ、それと……」
「もういいです!!私のフォニアちゃんのイメージが崩れちゃう!!」
「崩れるもなにも、人は汚れていくものだよ?奏ちゃん」
私がそう言うと、彼女はハイライトの消えた目と、真一文字に結んだ口をする。
確かにぴちぴちの女の子が食べそうなものではないから、親父くさいと言われても仕方がない。
だが、フォニアの中の人は俺なのだ。
そのくらいのキャラのギャップは許して欲しい。
「はい、それでは次!!好きなゲームはなんですか?」
「うーん。あんまりゲームをやってこなかったから、これからいろんなゲームに挑戦してみたいです!!」
「えっ、そうなの?私はねー、ゲームが得意なの!!今度いっしょに……って、何よ、シンフォニア達!!」
奏の答えを聞いた俺は、得意げに得意ゲームの話をすると、リスナー達が嘘つき!!や、ソウダネと言った不穏なコメントを多数並べる。
「何よ!!私だって得意なゲームの一つや二つあるわよ!!例えばスーパードカタブラザーズとか、ドカタカートとかは……って、あれ?奏ちゃん、なんで離れて行くのかな?」
俺の話を聞いた奏のアバターが目を逸らして、フォニアから離れていく。
「いやぁ、フォニアちゃん……得意なゲームと好きなゲームは違うんだよ?」
「えっ?奏ちゃんまで!?」
この場で唯一の味方だと思っていた奏の裏切りに俺はショックを受ける。
「だってドカタブラザーズはちゃんとクリアしたし」
「100機あった残機の9割は消費したけど」
「ドカタカートも総合順位一位を獲得した事もあるんだよ!!」
「一番イージーなモードだけど……ね!!」
「それでも、それでも!!クリアしたことには変わりないから、得意なゲームと言っても過言ではないよね!!」
「過言だよ!?そこまでいったらゲームが下手の部類まであるんだよ!?」
嬉々として自慢してくる俺の言葉に彼女は全力でひていする。
コメント欄でも奏、よく言った!!や、下手の物好きなど奏を擁護するばかりで、誰一人として俺に味方はいなかった。
「……もういい。次行くもん」
総ツッコミを入れられた俺は、不貞腐れながらに次の質問を考えていると、コメント欄にある一つの言葉が見える。
その言葉にいたずら心が芽生えた俺は意地悪くそれを読み上げる。
「えーっと、リスナーさんからの質問です!!好きな人はいますか?だって」
「えっ?」
自分でも意地悪いことをしていると言う実感はある。
人気稼業なVtuberに対してする質問ではないからだ。
だが、なぜかこの時その言葉に目が吸い寄せられてしまった。
それが単なる仕返しなのか、それとも……。いや、この質問はダメだ、取り消そう……。
俺がそんな事を考えていると、ヘッドセットに彼女の声が聞こえてくる。
「いるよ……」
……ドキン!!
その言葉に俺の心臓が大きな音を立てる。
誰……?そう口走りそうになりながらも、必死に堪える。
「へ、へぇ……。その人とは付き合いは長いの?」
「うーん、私片思い……かな?ずっと好きだったから」
そんな話を聞いたリスナー達は男?と言うコメントやヒューヒューと言った小学生のような茶化しを入れるなどの反応を見せるが、俺はと言うとマイクに向かってする真響の顔が脳裏をよぎる。
……ちくり。
その瞬間、俺の心臓に痛みが走る。
八坂真響ほどの美少女だ。
好きな人の一人や二人いても不思議ではない。
そう、頭で納得させながら、次の言葉を口にする。
「……どんな人」
俺は無意識のうちに出てきた言葉に後悔する。
だが、彼女はそれを気にするそぶりもなく、「それは……」と言うと、答えを口にする。
「それは、フォニアちゃんに決まってるでしょ!!私がこうして配信を楽しめるのも、ぜーんぶ、フォニアちゃんのおかげなんだから!!」
そうガチのトーンで言ってくる彼女に俺は脱力する。
……そりゃ、そうだ。奏の根幹はフォニア・シンフォニィでできていると言っても過言ではないのだ。
「だから今度、デートしてねー!!しゅき、しゅき、しゅきー!!」
今までに見たことのないテンションを見せる奏に、リスナー達も、ガチ恋きたー!!と盛り上がりを見せる。
だが、その熱烈なラブコールに、俺は答えるすべを知らない。だから、その話を逸らすしかなかった。
「分かったから!!じゃあ、最後の質問、フォニアちゃんはブラをつけていないそうですが、今日の下着の
色は……って、うるさいわ!!」
再び現れた藤浪のようなセクハラコメントを口にして、俺はついついツッコミを入れると、奏は何も気にすることなく、「ぴんくだよ〜」と口走る。
「何あっさりいってるの!?」
その回答に今日一盛り上がりを見せたコメントで、コラボは幕を閉じた。
配信後、疲れ切った俺は背後にあった澪さんのベッドに寄りかかると、配信中の出来事を思い返す。
好きな人はいますかと聞かれているよと言った奏の言葉がリフレインする。
……好きな人がいる、か。
配信上ではフォニアが好きだと宣っていたが、彼女程の美女だ。
恋人の一人や二人いてもおかしくはない。
そう思うと心にモヤがかかる。
俺は体を反転させ、澪さんの布団に顔を埋めると、すぐに顔を上げる。
そんな俺の視界に入ったもの……。
それは部屋干ししてあった下着だ。
俺はそれを見て、「クロ……か」と口走ったのだった。




