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第1話 クラスのアイドルと俺


「遊佐くん、おはよう」


 それは4月……、高校3年の始業式の日の朝の話だら、


 クラスメイトの女子が登校してきたばかりの俺、遊佐一彩(ゆさかずさ)の席まで来て挨拶をする。


 何気ない高校の日常風景だ……。

 しかし、その光景にクラスメイト達はざわめきだす。


 それもそのはずだ。

 今まで交流のなかった2人が急に挨拶をするようになったからだ。


 しかもその挨拶は目の前にいる少女、八坂真響(やさかまゆら)から発せられたものだったからその驚きは尚更だ。


 何せ、彼女はどこの学校にもいるクラスのアイドル的な存在なのだ。しかも、その枠はそれだけにとどまらない。


 学校でも噂になるレベルの美少女で、ことわざにもあるように、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花を体現しているかのような佇まいで学校中の男子のみならず、女子生徒からも好意を寄せられている。


 そんな彼女だが、一切男の影を見せることのないいわば高嶺の花のような存在だ。


 そんな八坂真響には唯一弱点と言うか、傷がある。

 それも顔の左目の目尻にはっきりとわかる傷があるのだ。


 その美しい見目からその傷さえ無ければ芸能界も夢ではなかったと言われるくらいの彼女が、あろうことかクラスでも誰一人話しかけることのないぼっちな俺に声を掛けたのだ。


 その騒然としたクラスメイトの様子に俺は小さなため息をつく。


 彼女……、八坂真響と親しいわけではない。

 むしろ、ちゃんと会話をしたのは昨日が初めてだった。


 えっ?なんで昨日会話をしたのかって?

 それは昨日の昼過ぎ、彼女がうちに来たのがきっかけだった。


 あ、うちに来たと言っても、家ではない。

 うちの姉がVtuberの事務所の代表をしているのだ。


 そこに彼女が現れたのだ。


 ※

「高校を卒業したら、辞めるから!!」


「なんでよ!!うちの稼ぎ頭の1人が辞めちまったら経営はどうするんだよ!!」


「しらねぇよ!!流石にもう限界なんだ!!新しい子を見つけろよ!!」


 ファイブハーフ事務所内で、俺と姉が言い合いをしている。


 今、大手から個人まで規模が拡大しているVtuber業界の中でも、姉が立ち上げたファイブハーフは小規模な事務所だ。


 顔となるVtuberも主に姉である遊佐真彩の演じるプリンセス・シンフォニィともう1人2人しかいない、いつ潰れてもおかしくはない零細Vtuber事務所だ。


 そんな事務所で手伝いをしながら高校に通っている俺、遊佐一彩は今年、高校卒業を機に就職をしようとしていたのだが、それを姉は断固として拒む。


「なんでだよ!!今まで通り大学に通いながらうちで働けばいいじゃないか!!なんならこのままうちで骨を埋めろ」


「いやだよ!!いつまでもやれるわけでもないし、この事務所だっていつまで持つか……」


「なんだと!?お前のためを思って提案してるのに、口をひらけばしゃーしゃーと!!」


「何が俺のためだ!!稼ぎ口を減らしたくないだけだろ?」

 俺がそう言うと、姉は答えに詰まる。


 この事務所での稼ぎ頭の1人は何を言おう、俺なのだ。そんな俺に抜けられると、三本の柱のうちの一つが抜けてしまう。それだけは避けたかったのだろう。


「それに大学の費用だってバカにならないんだ。なら真面目に働いたほうが良くないか?」


「それはちゃんと出してやるって言ってるだろ?お前のスパチャもあまり手をつけないようにしてるし」


「だけど……」

 そう言いかけて俺は答えに詰まる。


 確かに俺も高校生としては信じられないくらいにはVtuberとして稼いでいる。


 だけど、それ以外にも辞めたい理由はあった。

 それは……。


 俺が口にしようとした瞬間、ピンポーンと来客を告げるチャイムがなる。


 メールでやり取りをする昨今、アポのない来客に驚いていると、バイトで来ている姉の友人がその来客に対応する。


「真彩〜?飛び込みの入所希望者だけど、どーする?」


「んー?どんな人?」


「うーん。高校生くらいかな?制服を着てるみたいだけど」


「あ、断って!!最近、うちの事務所が近いからって近所の子がよく来るんだよ……」

 友人の言葉にため息をつきながら話す姉に友人は言葉を続ける。


「そう?女の子だけど、一彩くんと同じ学校の制服みたいだよ?」


「えっ?」

 姉の友人の言葉に俺はそう言うと、インターホンのある所に駆け寄り、モニターを見る。


 そこにいたのは俺の通う高校の制服を身に纏った女子の姿があった。しかも、見覚えがある。


 同じクラスの女子だ……。


「八坂さん……」

 その姿を見た俺は口に出してモニターに映る女子の名を口にする。


「なんだ、一彩?知り合いか?」


「いや?知り合いって訳じゃないけど、クラスメイト」


「なに?どんな子だ?」


「うーん。どんな子って言われても、話したことないからよく知らない」

 姉の問いにそう返すと、姉は残念そうな表情を浮かべる。


「ただ、冷やかしとかそんなことをする子には見えないし。まさか俺に用事があるのかな?」


「んなわきゃねぇよ……」

 可能性を口にしただけなのに、バッサリと否定する姉の言葉に俺はショックを受ける。


 が、そんな事はお構いなしに姉は何かを考え始める。


「その子の特徴は?」


「え?」


「その子が学校ではどんな子かって聞いてるんだよ。全く!!それくらいは察しろよ」


 ……んな、無茶な!!

 理不尽な姉の要求に呆れながらも、八坂真響という子の事を思い出す。


「この子は八坂真響。学校でも人気のある女子で、クラスメイトからも好かれるアイドルみたいな子だよ」


「かぁ〜、クラスカースト上位の子って訳?私の苦手なタイプだ」

 そう言いながら頭を抱える姉を無視し、俺は言葉を続ける。


「んー?クラスカーストがどんなかは知らないけど、そんなんじゃないと思うよ?どこかクラスメイトと一線を引いているって言うか、住む世界が違うって言うか……」

 俺から見る八坂真響はクラスメイトに当たり障りこそ柔らかいが、どこか何を考えているか分からない節があるのだ。


 それこそクラスメイト……、特に男子は眼中になく、自分の中にかこ独自の世界を持っているような人間に見える。


「あっ、そういえば、左目の目尻のあたりにはっきりと見える傷があったんだ」


「なんて?」

 俺の言葉に姉は今まで興味のなさそうな態度から一変し、自分の座っている椅子にきちんと座る。姉が興味を持ち始めた証拠だった。


「だから、目の上に傷があるんだって……」

 俺がそう言うと、姉は何かを感じたのか、一時黙り込む。


 その姿を見て俺は姉の友人と顔を見合わせる。

 基本的に姉は未成年に興味を持つ事はない。


 理由は簡単だ。

 Vtuberの業界は甘くないのだ。


 YouTubeの規約的に収益は不安定だし、人気が出るかどうかなんて分からない。


 特にうちのような零細事務所なら尚更だ。

 だから未成年はまず門前払いだ。


 だから、すぐに追い返すと思いきや、この様子だ。

 俺の言葉のどこに姉の琴線に触れたのか気になるところだ。


「よし、澪!!案内してくれ!!」


「えっ?」

 事務所の方針を突如破った姉に俺は驚き、姉の友人は「いいの?」と聞き返す。


「いいから早く、あげてくれ。早くしないと帰っちまう」

 真剣な表情でそう言う姉に、友人は頷くと再度インターホンに声を掛けると、通話を終えて玄関へと走っていく。


「いいのかよ?」

 パタパタと音を立てて、姉の友人が部屋から出て行ったあと、俺は再度姉に尋ねる。


「……ああ」


「あれほどガキはお呼びじゃないって言ってたくせに?」


「それはそれ……。遊び半分で来られるのは迷惑だからな」


「八坂さんは違うと?」

 俺の言葉に姉はまた口を閉じる。


 彼女の中でも葛藤はあるのだろう……。

 高校生という若人の将来と事務所の方針を考えたら、即お断りがベストな判断だ。


 だが、どこか姉の中で引っかかるものがあるのだろう。こう言った時の姉の感は当たるのだ。


 ……俺の時もそうだった。

 俺が初めてこの事務所に来たときの事を思い出していると、姉はボソリと何かを呟く。


「……傷がある」


「はぁ?」

 よく聞こえなかった俺が聞き返すと、姉は真剣な眼差しでこちらをみる。


「傷がある人間って、どこか強い意志が宿るものだよ。私も……、お前も……」

 そう告げる姉の言葉に俺はハッとして、自分の首に手を当てる。


 年中,タートルネックを着ているから触っても分からないが、ここには俺にとっての傷(呪い)がある。


 もちろん、姉にとっても……だ。


 そんな二人がこうやって生きていけるのも、呪いを武器に戦ってきたからに他ならないのだ。


 そんな事を考えていると、澪さんが八坂さんを連れて戻ってきた。


「所長、お連れしました」

 澪さんがそう言うと、八坂さんはばっと前に乗り出してきて開口一番、姉に向かって声を上げる。


「私を……、この事務所に入れてください!!」

 それが、八坂真響との最初の接点だった。

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