佑介さんも負けていません!
折り返し地点に先回りしていた空人と春海は、給水用ボトルを両手に持って、二人を待っていた。
刻一刻と闇が深くなり、星が煌めき始める中、湿気の感じる風を受けて春海は顔を顰める。
「お二人とも、無理はしてないですよね」
「いや、無理するだろうな。佑介さん、俺が凛さんの素性を明かした時に迷うことなく交際を続けたいって宣言したくらいだから」
「そうなんですか?」
初めて聞いたエピソードに思わず春海は振り返る。空人はそれに反応することなく、二人が来るであろう道の先をじっと見ていた。
「あぁ、どうも一緒にランニングをしたのが決め手だったらしくてな。『勤め先から帰ってきたら、食後にランニングとかしたい。年をとっても一緒に散歩するのもいいかもしれない』なんて、楽しそうに語っていた。――――彼、今までにそうやって楽しく会話できる人が少なかったみたいでね。だからこそ、この機会は逃してなるものかって、気合が入っているみたいなんだ」
安定した暮らしをする為に公務員に。その為に、真面目に生きて来た反動で、付き合って来た友人も少ない。ランニングも自分の健康を損なわないために、毎日続けていた。そんな人間が、自分と波長の合う人を見つけたのならば、その人と結ばれるために全力を尽くすのは想定されていたことではある。
「問題は気合が入りすぎて、ぶっ倒れないかってところだけどな。――――お互いに」
「え、凛さんもですか?」
「彼女の場合は慢心の部分も大きい。身体強化なんて使わなくても余裕だ、と高をくくった時点で、佑介さんの方が有利だ。ほら、来たみたいだぞ?」
空人の声に春海が振り向くと一直線に凛が向かってくるのが見えた。その顔には汗で塗れているが、表情にはまだ余裕がある。
春海はボトルを差し出すが、凛はそれを片手を振って拒否した。宣言通り、補給無しで走り通すつもりなのだろう。心配そうにする春海の視線の先で、空人からの受け取りも辞退し、凛は軽快な足取りで駆け抜けていく。
それを見送ると、十数秒遅れて佑介がやってきた。凛以上に汗をかき、その表情は引き攣っているようにも見える。春海からボトルを受け取ると、真っ先に頭の上から冷たい水を浴びせ、胸や腕にもかけていく。
左手に水のボトルを持ち替えると、空人からもボトルを受け取った。水で一度、口を潤して、その後にスポーツドリンクを一口、二口と飲む。そして、最後にもう一度水で口の中を洗い流すと、そのまま水を最後まで頭から被ってボトルを投げ捨てた。
「よし、車に戻るぞ」
後ろを走って追っていた空人が、ボトルを回収して戻って来る。その表情は険しかった。
助手席に先に乗り込んだ春海は、運転席に座った空人に問いかける。
「どうでした?」
「なかなか厳しい戦いだな。ここまでの差で折り返せたのは正直、俺も驚いてる。だけど、半分を残して、あの様子だと体力的には厳しいと言わざるを得ない」
空人がエンジンを始動させ、車を発進させると、画面に凛の姿が映し出される。苦しげな様子は見えず、同じペースで走り続けることが出来ているようだ。
春海がボタンを操作して佑介の画面にすると、折り返した時よりも幾分かマシな表情になっていた。
「水分補給で少し回復できてるみたいですね」
「あぁ、それにまだ湿度が高いからな。汗が蒸発しにくくて体温が下がりにくい。それを水で冷やすことにも成功している。これでパフォーマンスは少しは戻るかもな」
公園の外周をぐるりと回るようにして、元来た道路へと車を走らせる空人。その顔は一瞬だけ、二人が走る公園の方へと向けられた。
窓に反射して移った空人の瞳が僅かに青く光る。
「後は凛さんが水分補給をしなかった影響がどこまで出るか。正直、未知数なところが多い。俺たちにできることは、佑介さんを応援してゴールで待つことだけだ」
画面の佑介はひたすらに前を向いて走り続ける。その視線の先には小さくなった凛の背中が見えているのだろう。じっと一点を見つめて、足を動かす姿からは、何としてでも凛に追いつくという気迫が伝わって来た。
「凛さん。本気で走ったら、このお見合いがダメになるのに……佑介さんのことが気に入らなかったんですかね?」
「いや、それは無いだろう。むしろ、逆だ。『自分の気に入った相手に手加減して追い付いてもらったところで嬉しくない』というのが彼女のスタンスだろうな。まぁ、狐の亜人の女性が男を選ぶ時の基準は、その個体次第という部分もあるからな。正直、どうなるかは最後まで分からん」
青になった信号を確認し、空人がアクセルを踏み込む。流石に後半戦ということもあり、速度の落ちて来た二人をあっという間に追い越して、空人の車はスタート地点だった場所に向けて走り出した。
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