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凛さん、ぶっちぎりです!?

 凛は肩越しに佑介が追って来ているかを確認する。


(流石に、こちら側の人間では追い付いてはこれないか。まぁ、ここで諦めるようならそれまで、そうでないなら――――面白くなりそうだ)


 石畳から一転、落ち葉が脇に積もる土を足の裏に感じながら、凛は速度を落とした。魔力を全身に回し、身体能力を高める技術。それを使わずに走ることが、ここまで体力を消耗するとは思っていなかった。

 荒くなった息を整えながら、正面から来る老人の男を避ける。左から聞こえる波の音が心地よく、自分が住んでいた所とは違う潮風の匂いを浴びて思わず笑みがこぼれた。


(遠くに出かける時も命の心配なく、素早く行くことができる。山も海も川も、どこにでもだ。まったく、この世界は不思議なことばかりで驚かされる。でも――――)


 大きく息を吸った凛は睨むように前を見据えた。茜色からだんだんと空が紺色に染まっていく。狐が最も活動するのは、夕方から晩にかけて。或いは、未明から陽が昇るまでの昼間と夜の境の時間だ。


(自分の足で走る時が、一番楽しい!)


 踏みしめる地面が、風を切る腕が、肺を満たす空気が、あらゆる感覚が凛を快楽の海へと誘う。自然と笑みがこぼれる中、一度、道が途切れ、アスファルトに変わる。

 即座に凛はその道路を曲がり、斜め前方にある土の道へと侵入した。万条地区から諸浜地区の公園へと移った。それはつまり、往路の三分の一を既に走破したことを意味する。

 盤上地区と違い、ここの公園はひたすらに真っ直ぐな道が続く。それは足の負担が減るという意味では長く走る者にとって歓迎するべきことだろう。しかし、凛は少しばかり不満気な顔をする。


(ターンがしづらい……あまり追いかけ合いをするには、面白みがないな……)


 長距離走は体力のない男をふるいにかける一般的な方法だが、一対一であれば、むしろ鬼ごっこの方が適している。ただ、それではあまりにも佑介が不利だ。せめて佑介の慣れているやり方に譲歩したのは、凛なりの公平性を担保するためだったが、それはそれ、これはこれというものだ。

 心なしか、ここまで走って来て上昇していたボルテージが、少し冷めていくのを凛は感じていた。代り映えのしない景色に退屈さを感じ始めていた凛は、また一人すれ違う人を見つけて端に寄った。


「あら、速いわねぇ」


 高齢の女性が口に手を当てて微笑んでいた。少し涼しくなったこの時間に散歩でもしていたのだろう。凛は自分に向けられた賛辞に笑顔で軽く頭を下げた。

 思わず自分がこの国の人々と同じような仕草をしてしまったことに、一瞬、目を丸くし――――苦笑いをしてしまう。この短い期間で、大分、こちらの世界に染まってしまったことを信じられない自分がいた。


「――――あら、あなたもお速いのね」

「――――っ!?」


 背後から微かに聞こえて来た老婆の声に、凛の心臓が跳ねた。

 咄嗟に振り返ると、遠くにではあるが、必死の形相で追いかけて来る佑介がいた。彼も凛の顔が見えたのだろう。苦しそうな表情の中に、どこか喜色が混じっていた。


「ふふっ、そう来なくては!」


 いつの間にか速度を緩め過ぎていた。その事実を認め、凛は再び足に力を籠めて走り出す。折り返し地点は、もうすぐそこまで迫っていた。

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