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結婚を賭けたレースの開始です!

 ――――午後五時半。

 万条地区にある公園の入り口で、凛と佑介が軽く体を動かしながら、待機していた。


「さて、そろそろ準備運動は大丈夫ですか?」


 空人の問いかけに二人は頷いて近づいて来る。

 凛の方は不敵な笑みを、佑介の方は緊張で表情が固まっていた。


「片道五キロのコースを往復で十キロ。途中で万条地区と諸浜地区を区切る道路がありますが、自動車はほとんど通りません。ただ、事故に遭ってはいけないので気を付けて渡るようにお願いします」


 空人は二人の顔を交互に見ながら説明を淡々としていく。その光景はまるで格闘技の試合前のような緊張感を感じさせる。


「折り返し地点には水分補給用にスポーツドリンクと水を用意しています。俺がスポーツドリンク、水が春海さんが担当しているので間違えないように」


 実際の長距離走でも五キロごとに給水地点が確保されている。凛はその程度の距離に水分補給は必要ない、と豪語するが、空人は構わずに説明を続けた。


「スタートは凛さんが先に出て、佑介さんが五秒後。走るルートは既にお知らせしてある通りです。往復してここに戻って来た時点で、佑介さんが目視できない距離にいた場合は、今回のお見合いは破談とする。逆に目視できる距離であれば結婚をする。双方、納得していますね?」

「あぁ」

「……大丈夫です」


 春海は入口から二人が走って帰って来るだろう道を見る。周囲はたくさんの松に覆われており、見通しが悪い。おまけに公園のランニングコースは序盤が曲がりくねっていることもあり見通しが悪い。加えて夕方ということもあり、このまま陽が沈めば街灯の光があったとしても視界が良いとはお世辞にも言えない。恐らく百メートル以上離されればアウト、というのが春海の認識だった。


「一応、一般人もランニングコースを使っていますので、その点に注意してください。追い抜く時はもちろん、給水の水を頭から被る時に人にかからないようにすることも気を付けてください。使ったボトルは俺が回収しますので、地面に転がしてくれれば大丈夫です」


 そう言って空人は実際に使う青と白のボトルを二人に見せた。青が水、白がスポーツドリンクになっている。

 何か質問は、と空人が二人に視線を送るが、どちらからも声は上がらない。


「では、スタートしたいと思います。二人とも、位置についてください」


 不揃いな長方形の石畳の上を半袖短パンの二人が歩いていく。凛はスタート地点で仁王立ち、佑介は腕時計のタイマーを起動させるために、スイッチへと指を添えて姿勢を低くした。


「凛さん」

「何ですか?」

「絶対、追い付いて見せますから、手は抜かないでくださいね」


 その言葉に凛は目を丸くしたまま時が止まった。そして、数秒後、口の端を思い切り持ち上げて言い放つ。


「――――よく言った。アレとの契約で身体強化は使えないけど、それでも獣の身体能力としては私の方が圧倒的に上。全力は出せないけど、本気で相手してあげる」

「ありがとうございます」


 それ以上、会話は不要だと二人が視線を切った。


「位置について、用意――――ドン!」


 タタッと軽快な足音で凛がスタートする。目の前にあった十段ほどの階段を数歩で駆け上がり、白い石像を避けて加速する。


「――――三、二、一、スタート!」

「ふっ!」


 軽く息を吐いて、佑介が追いかけ始める。それを見届けた空人と春海は入口に横付けていた車へと乗り込んだ。


「免許持ってるって、本当に成人してたんですね」

「まだ、それを言うか!」


 ハイブリッド特有の起動音を響かせ、空人は春海がシートベルトをつけると同時に発進した。


「でも、海岸に近い道路なのに、全然車が走ってないですよね。まだデートにも来れる時期なのに、おかしくないですか?」

「このレースの近辺の道路に人払いの魔法を用意して来た。少なくとも、車が通ることはないし、途中で停車しても迷惑は掛からない」


 左折して公園の真横を走る。助手席から公園を見た春海は、早速、佑介の姿を確認した。ぱっと見、かなりのハイペースで走っているように見える。


「凛さんは――――えっ!?」


 目標の凛がいるだろう方向へと視線を向けて、春海は驚愕した。既に佑介との距離が開いており、速度を上げた車がなかなか追い抜けないでいた。

 マラソン選手の時速が約十キロ前後。それを考えると、凛の速度はその二倍ほどに思えた。


「凛さん、何であんなに飛ばして……」

「まずはプレッシャーをかけたんだろう。あれで心が折れるようなら、相手にするに値しない。彼女なりの第一の試練と言ったところか」


 そう告げた空人は、カーナビのスイッチを押す。すると、そこに表示されたのはナビゲーションマップではなく、走っている凛の姿だった。


「え、これも魔法ですか?」

「その応用だ。こんな疲れることやりたくはないんだが、ヘマをやらかしたんだ。それくらいはやっておかないと気が済まん。後、単純に君がつまらないだろ」

「――――ありがとうございます」


 涙を流す勢いで春海は手を合わせて感謝する。せっかくの二人の姿をほとんど見れずに終わってしまうのではないかと、ルートを知らされた時には絶望していたが、こうやって駅伝のように映像がリアルタイムで見れるのならば話は別だ。

 画面に釘付けになりながら、春海は拳を力強く握り込んだ。

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