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幕間

 スマホが震え、画面に相手の名前が表示される。それを見た男は、大きくため息をついて緑の光へと触れた。


「また君ですか。ここ数週間で何度目ですか?」

「いやぁ、俺もこんなことはしたくないんだけどね? 変なことをやる奴がいたら、通報するのは国民の正しい義務だろ?」


 聞こえてくる声は異種族交流ヤタガラス婚活相談所の社長、黒鵜空人だ。

 男は、空人の聞こえてきた声に表情を歪ませ、こめかみを中指の関節でマッサージを始める。


「国民の三大義務は『納税』、『勤労、『教育』だ。小学校で習っているはずだが?」

「細かいことは気にするなって、俺とアンタの仲だろ?」

「ただのビジネスパートナーだ。しっかりと線引きはさせてもらう」


 きっぱりと答えた男は、ネクタイを軽く緩めて目を細めた。空人が電話をかけて来るときは、大抵、自分が忙しくなることを良く知っているからだ。


「先日の情報提供を受けて、既に実働部隊が準備をしている。君の出番は――――」

「悪い。もう一件、鼠を見つけたんだ」

「…………話を、聞こうか」


 男の声は明らかに疲れ切っていた。それでも聞かなければならないと下唇を噛んで、空人の言葉を待つ。


「どうにも、まだ俺が使ってる変装を見破る眼鏡が出回っているみたいなんだ。しかも、この市町の近辺で」

「――――なるほど、だから最近、企業ばかりを狙い撃ちにして報告を上げていたわけか。よほど優秀なスパイを飼っていると見える」

「いいや、スパイなんて上等なもんじゃない。ただの被害者だ」


 空人の珍しく怒りが混じった声音に男は体のだるさも忘れて、一瞬呆けてしまった。


「基本的に亜人は俺たちと同じ人間だ。子供も作れるし、亜人の特徴も遺伝しないことが多い。二世代に渡れば、ほぼないと言っていいほどだ。それは、この国の歴史が証明している」

「鬼や蛇といった御伽噺に出て来る異類婚姻譚のことか」

「あぁ、だから、人間社会が乗っ取られることも無い。だが、人は人でない者を恐れる。過剰に、過敏に、過激に」


 事実、既にそれは起こってしまっていた。一部の企業において、こちらに来た亜人を秘密裏に排除するというものだ。幸い、亜人の存在は公にはなっておらず、それらを行った者たちを処理するのも近日中に行われる予定になっている。それを指示、実行するのが男の役目だった。


「敵の目星はついているのか?」

「いーや、全く。どこの組織かなんて見当はつかない。むしろ、それを見つけるのがアンタたちの仕事だろ?」

「まったく以てその通りだが、ヒントはあった方が良いだろう?」

「俺が気付くことなんて、いい大学出ているアンタも気付くだろうよ」

「誉めてるのか?」

「誉めてるとも、この上なく」


 就職すれば出身大学なんて、ただの飾りだという者も多くいる。だが、空人という男はとんでもないと笑った。


「努力した分だけ上に行ける。学歴なんて、その最たるものだ。そこまでしてやれた人間が、簡単に折れるとは俺は思わない。俺はアンタを買ってるよ。俺の下らない計画に、ここまで長く付き合ってくれてるんだからな」

「日本をよりよくする為に、取れる手段は何でもやる。ただ、それだけのことだ。君の提案は突拍子もない物だったが、未婚率と少子化の解消。そして、新たな人材と資源の確保という未来を踏まえれば、非常に有用な手段ではある。まだまだ課題は多いが」

「そこら辺の難しいことは、そちらに任せる。変な気を起こさない限り、俺も特に何かする気はないからな」


 空人の言葉に、思わず男は鼻で笑った。

 日本の政府に真っ先に行った手段が『脅迫』だったというのに、そのような言葉を誰が信じられるというのか。


「およそ百人」

「うん?」

「君がこの数年で、こちらに送り込んだ亜人の数だ。驚くべきことに、その全員が正体をほとんど知られることなく、犯罪に手を染めることなく順応している。これは異常な数値だ」


 男は人差し指で己の太ももを叩きながら呟く。

 いくら母数が少ないとはいえ、その土地でない者が入って来た時には、少なからず、現地住民と衝突が起こる。文化や言語、生活習慣の違いから来るものとも言われている。


「何が言いたい?」

「いや、まるで常にナイフを突きつけられた奴隷。或いは意志を持ったように見えるだけの人形。そういう風に私は見えてしまって仕方がないというだけだ。君は、彼らを人間だと認識しているようだが」


 スマホ越しでも空人が不機嫌になるのが男にはわかった。だから、すぐに訂正の言葉を口にする。


「気を悪くしたなら済まない。あくまで今のは私が抱いた感想で、人道的観点から彼らを除外するという意味ではない」

「……そうか」


 微妙な空白があった。それを男は、空人が何とか留飲を下げるのにかかった時間だろうと推測する。変なところで常識がなく、変なところで正義感がある。まるで子供のような奴だ、というのが男の空人に対する評価であった。


「それで? 出来るなら当分聞きたくはないんだが、次はどこの誰がやらかしたんだい?」

「清々保険だ。ただし、こいつに踏み込むには少し時間を置いてほしい」

「ふむ、何か理由がありそうだな。まぁ、君のおかげでこちらは色々と助かっている部分が大きい。助力は惜しまないと約束しよう」

「そりゃ助かる。まぁ、理由は大したものじゃないんだがな」


 空人の説明を聞いた男は、今までになく目を見開いた。

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