いろいろ噂にはなっているらしいです!
大学の午前中の講義を終え、学食に二人の友人と向かっていた春海。その途中でその内の一人が、唐突にある質問をしてきた。
「ねぇ、春海。最近、大学の無い日にアルバイトに行ってるって聞いたけど本当?」
「うん。就職の滑り止めのところに、とりあえずアルバイト待遇で、って」
長い髪を束ねた彼女は、曽野部香織。背が高くスレンダーで、社交ダンス部に所属している美女。そして、将来はエリートの銀行員と結婚すると豪語していた人物でもある。既に地元の銀行に内々定が出ており、その銀行自体も全国の中では上位に位置するらしく。信頼度も高いと言われている。
才色兼備という言葉が彼女にはぴったり合うだろう。
「もしかして、ハルミンが所属してる研究室の教授が紹介してくれるって言う、アレ?」
「え、何? そんなに有名なの?」
もう一人の女性は、冨和美月。眼鏡をかけた春海と同じ背丈で、ハーフアップにした髪が特徴的だ。ワンピースのスカートを風に揺らしながら、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「有名って言うか、半分、怪談地味てるって言うか……そこに行った人たちに聞いても頑なに口を閉ざして、最低限のことしか教えてくれないって聞いた」
「あー、まぁ、そうなるよね……」
社長は魔法使いで、異世界人との婚活事業をしているなど誰が信じるだろうか。しかも、それを人に話せば契約を破ったことになり、何かしらの魔法的な罰が与えられる可能性があると知っていれば、口が堅くなるのも当然と言えるだろう。
「春海、大丈夫なの? ブラック企業とか、何か人に言えないことを強要させられてるのなら、法学科や就職支援室の先生に相談してみたら」
「いやいや、そんなところじゃないって、むしろ、待遇は良いというか。良すぎるというか」
何せ当人が望めば三食部屋付まで用意してくれるのだ。休みも多く、給料もそれなりに貰える。心配なことと言えば、イレギュラーな不法入国者が暴れることと守秘義務の重みがかなりあることくらいか。
「――――それはそれで問題か」
「ほら、やっぱり危険なんじゃない。教授経由で退職とかしたら?」
「いや、そういうレベルの話じゃないんだけどね。色々と言えないことが多いのは確かだけど、今のところ、私は満足してるから」
学食の入り口でトレーを持ち、列に並ぶ。この時間帯は三つある学食のどこも混雑するので、一番近い場所へと行くのが基本だが、今日は気分転換にと最も遠くにある学食に来ていた。
おかげで長蛇の列になっており、なかなか進む気配を見せない。
「うーん。ハルミンがそういうなら良いけど、本当に大丈夫? 何の仕事をしてるの?」
「それなら話しても大丈夫か。婚活相談所のスタッフ」
「「婚活ぅ?」」
香織と美月の声に近くの何人かが驚いて振り返った。春海は顔を真っ赤にして、両手を振る。
「ちょっと、何か私が婚活してるみたいで恥ずかしいでしょ!」
「あぁ、ごめんごめん。で、何でまたそんなところに」
「内定が決まってる二人に、私の気持ちはわかりませんよーだ」
わざとらしく顔を背けると、美月が香織の服の袖を軽く引っ張った。
「ほら、まだ就活中だから……」
「あぁ、ってことは滑り止めか何かってこと? 最近は晩婚化も進んでいると聞くし、そういう意味では、そういう事業も旬ってことなのかもね」
香織は、なるほど、と一人で勝手に納得したようで、何度も頷いている。
「あの、傷心中の私に何か掛ける言葉はないの?」
「頑張れ、以上」
香織は親指を立てて、短く告げる。それを不安そうに美月が横で見ていた。
この友人と四年間上手くやって来れた理由が未だにわからない春海であったが、不思議と香織の言動は、その場でイラッとすることはあっても、後に引かない清々しさがある。
小さくため息をつきながら、列の進みに合わせ、気に入ったおかずの皿を取りながら、メインを何にしようか春海はメニューを確かめた。
丼物、カレーにラーメン、スタンダードに並ぶ品を見た後に、日替わりメニューにも視線を移す。
「私はカレーにしよっと。二人は?」
「今日は丼の気分だから、塩ダレ唐揚げ丼。もちろん大盛りで」
「えっとぉ、じゃあ、山かけネギトロ丼と豚汁にしよっかな」
三者三様の選び方をしつつ、水をコップに入れてテーブルを探す。幸い、窓際の席が空いており、すぐに三人は座ることができた。
ほっと一息つきながら、三人は手を合わせて食べ始める。
「それで、そこで具体的にどんな仕事してるの?」
「私?」
「あなた以外にいないでしょ。ほら、さっさと話す!」
香織に促され、春海は話しても問題なさそうな部分を記憶から探し出す。そうとは言っても、春海が経験した仕事は主に二つだ。お見合いの現場で話を盗み聞きし、情報をまとめること。もう一つは、こちらに来た亜人にこちらの世界の常識を教えることだ。
前者はまだしも、後者に関しては言えることが少ない。その為、外国から来た人に日本の生活様式についての説明をする程度に留めておくことにした。
「えっと、まぁ、盗み聞きするのはどうかと思うけど、本人たちの了承をとっているのなら問題はないか。実際、そういうプロフィールの更新とか大切だし、その場の雰囲気からしかわからないものもあるから」
「でも、流石に外国の人への説明は婚活スタッフの枠を超えてる気がするかも。やっぱりハルミン、騙されてるんじゃない?」
二人の視線はやはり疑念が拭いきれないと言った様子で、心配そうに春海を見ていた。
どうすれば、二人を納得させることができるのか、と考えるが、いい方法は思いつかない。説明をすればするほど、収拾がつかなくなる未来が見える。
だからと言って、二人を婚活相談所に連れて行くわけにもいかない。万が一、変身魔法を解除した凛と鉢合わせなどすれば、面倒になるのは明らかであった。
「うーん。とりあえず、給料とは別に喫茶店の無料券とかでご飯がタダで食べられるし、正規職員で臨むなら職場の上の部屋を貸してもらえるみたいで、結構快適そうなんだよね」
「……婚活相談所なのに、そんな儲かってるの?」
「これは私の予想なんだけど、社長は金持ちらしいから、慈善事業的な感じでやってるだけにも見える、かな」
その言葉にますます疑いの眼差しを強める香織。そんな中、美月は社長の方に興味を持ったらしく、ネギトロにわさびと醤油をかけながら質問を口にした。
「その社長さんって、どんな感じの人?」
「うーん、信じてもらえないと思うんだけど、自称三十歳くらいで、見た目は中高生の男子って感じ。既婚者で顔は――――まぁ、普通?」
「待って、意味が分からない……若作りって意味じゃないんだよね?」
「あれが若作りって言うのなら、現代の科学力に脱帽するわ。それか、社長の遺伝子を尊敬するしかない」
年齢に関しては実際に嘘だとしか言いようがない。それとも、魔法使いは魔力的なものを纏っていると老化が遅くなるのだろうか。それならば、何としてでも自分も習得したいものだと春海は考える。
「ほら、金があるならヒアルロン酸とか入れると皺が無くなるとかいうじゃない? どうせ、その類でしょ? 春海にしては珍しく話を盛ったね」
「盛ってないですー。本当に若く見えるんですー」
逆にここに来て、法螺話なのでは、という雰囲気を醸し出した香織は、良い音を立てて唐揚げを頬張る。春海が彼女の立場だったら、ほとんど同じ反応をしただろう。
その中で唯一、美月だけは興味津々と言った様子であった。
「何か色々と謎に包まれてる感じがする。私も行ってみたいかも……」
「そういえば、美月はミステリー小説同好会に入ってたんだっけ。そういうのもイケる口?」
「ファンタジー方面には疎いけど、そういう何か不思議な人とか場所、とかは少し興味があるかな。オカルトよりは陰謀論とかそっち方面だけど」
「あぁ、わかる気がするかも……」
半分呆れ、もう半分は納得と言った様子で香織は美月の言葉に頷く。尤も、それは美月の言葉にというよりは、美月自身がそういうものに興味があることへの反応のようだったが。
「私、一度、その社長さんを見てみたいな。行っちゃダメ?」
「ダメ。ぜったいに」
「えー、何でよー。怪しげな勧誘とかじゃないってわかるだけでも、他の学生が来るかもしれないから、従業員が増えて仕事も楽になるかもじゃん!」
普通の企業ならば、それもそうだろう。怪しがられて従業員が集まらないなどでメリット以外の何物でもない。だが、そもそも仕事を一人で回してきた実績があるのだから、空人本人が強く希望をしない以上、その理論は成り立っていないのだ。
「現状、今の体制で何とかなってるから、むしろ新人が多すぎると困ることもあるかも……?」
「やめときなさい。興味本位だけで来られても迷惑なだけだし、何より春海の正式な勤め先にもなる可能性がるんだから困るのは春海。責任が取れない以上、私たちが無理言って行こうとするのはマズいでしょ」
「ちょっと待って、香織も見に行きたいの?」
想定していなかった状況に、春海は思わずスプーンを置いて、香織の答えを待つ。
逆に香織も、その反応は想定していなかったようで何度か瞬きをした後に箸を置いた。
「当たり前でしょ。いつまでも若い肌を保ってられると聞いて黙っていられるわけないじゃない。より美しい肌を手に入れられれば、男を落とすのにも使えるでしょ?」
「あぁ、そうだった。香織はそういうタイプだったね」
「誉め言葉として受け取っておく」
「そういうことにしておいて」
胸を張った後に箸を持った香織に、諦めにも似た感情を抱く春海だった。せめてもの救いは、二人が結託して事務所に押し掛けようとしなかったことだろう。
ここ数日は凛のお見合いにも動きがないこともあり、事務所が比較的やることが少ない。だが、亜人や魔法の存在がバレる原因だけは、何としても排除しておかなければならない。
(まぁ、私も当分は事務所に顔を出さないし、二人が跡をつけてくるなんて状況にもならないでしょ。後は、何かしらの形でお見合いの場を観察している時に二人に合わないことを祈るのみ、か)
そう思った春海だが、どこかフラグを立ててしまっているような気がして落ち着かない。そのせいもあってか、カレーを食べ終わったのは香織と美月が食べ終わってから随分と時間が経過してからだった。
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