次のお見合いには参加できません!
凛と佑介のお見合いから帰って来た春海は、事務所のソファで不貞腐れていた。
ただ、その理由は就活の後半戦に突入した大学四年生にはあるまじきもので、次の凛たちのお見合いが自分の面接と被ってしまったことであった。
「それで全部が決まるわけじゃないんだ。それに君にとっては、面接の方が大切だろう。就活支援の先生や友人に面接の練習でもしてもらえ」
「えー」
「えー、じゃない! アニメを見れない小学生みたいな駄々のこね方をしない! いい大人なんだから、やるべきことと我慢すべきことくらいは区別しろ」
きっぱりと言い切る空人に、春海は反論などできるはずもなく、意気消沈する。口から魂が抜け出たように全身から力が抜けて、当分は立ち上がれそうにないようだ。
その様子を見て、空人は本気で首を傾げていた。
――――本当に就職する気があるのか、こいつは?
そんな訝し気な視線を冷蔵庫から取り出した麦茶を飲みながら投げかけていた。
もちろん、春海には就職する気はある。凛にも説明したが、何をするにも金をなければ生きていけない世の中なのだから当然である。
(でも、やりたいことってなかなか見つからないんだよね)
春海は天井を見上げたままため息をつく。
就職するのは必要に迫られたからであって、自分自身がこうなりたい、ああしたいという気持ちがなかなか湧いてこないのだ。
大学の友人は就職する理由も様々で、銀行員になって、職場のエリートと結婚したいという婚活目的の者もいれば、親の後を継ぐためにまずは親のいない所で社会人として揉まれたいという者もいる。
理由はどうであれ、その友人たちには自分の想いが籠った目標があった。しかし、春海にはそれがない。生きるためという必要最小限度のものしか存在していなかった。
「あぁ、そうだ。どうせなら一つ良い物をやる。お守り代わりだ」
そう言って空人がテーブルに置いたのは、何の文字も書かれていない袋だった。
「何のお守りですか?」
「決まってるだろ。就職祈願のお守りだ。俺の手作りだから刺繍も何もないが、効力が無くなるから開けるなよ」
「まさか、魔法で無理矢理合格を――――」
「させるわけないだろうが!!」
思いきり机に掌を叩きつけて、抗議の意思を示す空人。心なしか、額に青筋が浮かんでいるように見えなくもない。
青い布地のお守り袋を摘まみ上げ、空人とそれを交互に見る。
「まぁ、気休めにはなりますよね」
「逆に言うと、それくらいにしかならん。俺は加護なんて与えられる高尚な存在じゃないからな。最後は自分の実力で勝ち取って来い」
空人はコップを置くと、メモ帳を取り出してタブレットに情報を追加していく。
新しく分かった趣味や好きなものはもちろん、次回以降における二人が希望している行動範囲なども細かく記入する。
それらが打ち込み終われば、今度は次のお見合い場所の選定だ。早朝ランニングを趣味としている佑介に、凛が参加する意思を示していた。それならば、休日で少し長めに時間がとれ、風景などを見たり、ゆっくり話せたりする場所が無いかを探す。
「ま、どっかの誰かのせいで風呂好きになったし、運動後に銭湯に行ける場所っていうのもありだが……変身魔法は解けないよな?」
タブレットの情報欄には、ここ一週間の変身魔法の様子も記されていた。最初の方は驚いた拍子に、髪の毛が持ち上がり、耳のような形状になるなど、バレそうな癖が存在していた。
ただ、幸いにもその癖も一週間で納まり、無事に今日まで活動することができたと言える。
一通り、データを更新し終えた空人は、お守りを鞄に仕舞う春海へと声をかけた。
「因みに、今までの就活。どこの企業に行ってみたんだ?」
「人の敗戦歴を聞くって、酷くないですか?」
「何かアドバイスをできるかもしれないと思って言っただけだ。一応、これでも社長だからな。少しくらいは情報を持ってる」
「本当ですかぁ?」
胡散臭いと言わんばかりの表情をした春海だが、背に腹は代えられないと思い、今までの就活を思い出す。
「ガンマ商事、カルタバイク、渋沢銀行、永健保険、あと市役所をいくつか、です」
「まぁ、経済学部なら、どれもわからなくはないが、よくバイクに挑戦したな。免許見せてもらったけど、バイク乗れないだろ……」
そう言いながらも、空人は険しい目でタブレットを操作していた。
「で、どこまで行けた?」
「ほぼ全部、面接で落とされました。正直、あの人たちの睨みつけるような――――いえ、汚物を見るような視線は、トラウマになりそうです。筆記が最初の市役所とかは、何とか通るんですけどね」
その時、空人はまるで親の仇でも見るかのような視線を春海へと向けた。
喉にナイフを突きつけられたような感覚に、春海は思わず喉に穴が開いているのではないかと思うほどの変な呼吸音が口から漏れた。
「こんな感じか?」
次に瞬きをした瞬間、空人の表情は笑顔に戻っていた。
数秒、呆けた後、春海は逆に空人を睨みつける。
「そんな人を殺しそうな目で見てくるわけないじゃないですか! 一体、企業面接を何だと思ってるんです!?」
「でも、大体、偉そうなおっさんが眼鏡かけて、今みたいな圧迫面接して来る時は落ちるだろ?」
「それは私からお断りですよ。ブラック企業待ったなし。ボロ雑巾のように使い潰されてポイされるのが目に見えてます」
――――確かに眼鏡をかけたおじさんが、凄い睨みつけてきてましたけど。
そんな愚痴をこぼす春海を慰めるわけでもなく、空人は椅子に座り、他人の不幸は蜜の味だとでも言わんばかりに笑っていた。
「まぁ、少なくとも、今の俺より怖い面接官はいないだろうし、胸張って言えること言って来ればいい。最悪、バレない程度の嘘はアクセサリーだ。存分に着飾ってけ」
「それ、社長が言って良いんですか?」
「それだけ頭が回るってことだ。報連相でやられた時には堪らないが、それをやらないように入社後に教育するのは社員の務め。それに最初から完璧な奴なんていないし、こっちもそんなのは求めていない。むしろ、失敗しない奴の方が怖くて仕方ない」
プログラミングのバグチェックやエラーと同じだ、と空人は頬杖をつく。
間違いがあれば直せるが、それすらわからなければ改善のしようがない。つまり、お手上げであると。
「そういうものですか?」
「そういうものだ。それがわかっていない奴がいると、ブラックだ、炎上だと騒がれるんだ。ミスを隠すんじゃなく、言いやすい環境を。失敗してもフォローできる環境づくりが大切だって、身を以て知ってるだろう?」
「それ、私がピンチなのを知ってて、ギリギリまで後ろで観察することを言ってます?」
「さぁ、何のことやら」
先日のドッペルゲンガーの事件について、批難の眼差しを向ける春海だが、空人は何食わぬ顔でタブレットを片手で操作し続ける。
やはり、この婚活相談所もブラックなのでは、と春海は考える。何せ、一歩間違えれば命を落としかねない状況だったのだ。いくらイレギュラーな不法入国とはいえ、流石に見過ごすわけにはいかない。
しかも、そのイレギュラーは年に一、二回はあると空人は言っていた。最悪、春海がいる間に、そのような事件が起こる可能性がないとは言い切れない。
(あれ、そこを滑り止めにしている私、もしかして――――ヤバい?)
教授が言うには、以前にもここを滑り止めにしていた先輩がいたという。しかし、その先輩たちはここに残ることを選ばなかった。
本命が受かったからか、それとも、この職場がヤバいと思ったからか。今の春海に確かめる術はない。いや、目の前の社長に聞くという手段がないわけではないが、流石にそれを口に出せるほど神経は図太くできていなかった。そもそも、図太かったら就活でここまで追いつめられてなどいない。
(私、明後日の一次面接、大丈夫かな?)
お守りを貰ったはずなのに、何故か貰う前より気分が悪くなってきた気がした。
肩を落とした春海を尻目に、空人はタブレットを操作し続ける。そこには春海が受けたと言っていた企業の名前が表示されていた。
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