初顔合わせになります!
一週間後、喫茶店のテーブルで春海は空人と共にコーヒーを飲んでいた。
「毎回、顔を出すのは良いが、就活の方はどうなってるんだ?」
「明後日、面接があるんですよ。ちゃんと筆記試験は受かってたので、安心してください」
「いや、安心できないから言ってるんだろ。因みに、どこの会社だ?」
空人が頬杖をつきながら、凛の座るテーブルへと肩越しに振り返る。この一週間で、かなり生活に慣れたのか、キョロキョロと辺りを見回すこともなく、静かに座っている。
「清々保険って聞いたことあります?」
「自動車、火災、地震とかの保険を一通り扱ってる大手の企業だろ? ――――まさか、そこに?」
視線を春海に戻した空人はあり得ないとでも言いたげな視線を投げかけた。
この地方では、それなりに人気のある企業の一つで競争倍率もそれなりにある。春海がいる大学から就職している実績もあるが、果たして何をしたいのかが明確に決まっていない彼女が面接を突破できるのかは、甚だ疑問ではある。
「地方営業職の分野でならば、卒業した先輩方も多いですし、あまり大きな声では言いませんけど地元の大学ってことで融通してもらえることもあるとか」
「まぁ、暗黙の了解どころの話じゃないからな。そういうのは――――っと、お相手さんの到着だ。ここからは、私語は厳禁だぞ」
そう告げた空人はボールペンとメモ帳を取り出した。
今日の春海は、実際に空人が会話の中で何を重要な情報としてメモをしているかを学ぶのが目的である。面接が明後日に控えているのに、この場にいるのは、半分はこのお見合いがどうなるか気になって仕方がなかったことと、もう半分は面接の緊張を紛らわせたいという現実逃避からであった。
「すいません。遅れてしまって、お待たせしましたか?」
「いえ、十分ほど前に私は来たので、それほどは。とりあえず、何かお飲み物でも選んでは? 今日は薄曇りとはいえ、暑かったと思うので」
「そう、ですね。そうさせてもらいます」
ハンカチで汗の噴き出た額を拭いながら、凛の見合い相手である桟敷佑介はメニューを手に取った。目を僅かに細めた佑介は、すぐに注文を決めたようで、メニューを立てかける。
「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」
「はい、本日のオススメをお願いします。氷は少なめで」
「かしこまりました」
お水を置いた店長が微笑んで踵を返す。その背中を見送った佑介は、コップを掴むとゴクリとおいしそうに喉を鳴らして水を飲む。
「――――改めまして、桟敷佑介と言います。本日は、お会いでき光栄です」
「笹谷凛、です。こちらこそ、遠い所をご足労いただき感謝します」
ぶっきら棒な物言いは鳴りを潜め、敬語で応対する凛。ただ、その表情は僅かに引き攣っていた。傍から見ていた凛は、それが緊張から来るものであることが理解できた。
(うわぁ、ドライヤーの時よりも緊張してる。これじゃあ、今回のお見合いは難しいかも……)
そんな春海の考えを知ってか知らずか、空人はコーヒーを飲みつつ、ペンを回している。早く、何か起こらないかと待っているようにも見えた。
「早速ですが、何から話しましょう? 趣味や好きなこととか、ですかね?」
「趣味、ですか……最近はどこのコンビニの、どのおにぎりの具が一番おいしいかを探すのに嵌ってますね。やり始めたのは、ここ一週間くらいのことですが」
「おにぎりの具ですか。そこまで考えて探したことはないですが、何が今はお気に入りなんですか?」
「その、最初は邪道だと思っていたのですが、食べて見たら海老マヨなるものが非常においしくて」
おや、と春海はいきなり凛の表情が和らいだことに驚く。
凛は敬語こそ使っているが、少しばかり初対面の相手には壁を作ったような話し方をするタイプだった。一週間で、こちらの生活に慣れたとはいえ、元々の性格はそう変わるものではない。
何かしたのか、と視線を空人に向けると、まるで心でも読んでいたかのように首を振った。
「何だ? 俺が彼女に何かして、饒舌にしているのかどうか疑ってるのか?」
「よくわかりましたね。正解です」
「そんな目つきしてれば、誰だって思いつく。ありゃ、単純に話題選びのファインプレーだよ。偶然にも、彼女の琴線に触れる話題だっただけだ」
そう言って、空人はメモ帳に『好物:海老マヨのおにぎり』と書き込んだ。後でタブレットのプロフィール嵐にでも書き込むのだろうと、春海は流し見て、視線を二人へと移す。
「海老マヨですか。まぁ、家ではなかなか自分で作らないでしょうから、確かに気にはなりますね。昆布や鮭は自分でやろうと思えばできなくはないですが、そちらは手間がかかりそうですし」
「佑介、さんは、家で料理を?」
「えぇ、自炊は一応しています。そこまでできるわけではありませんけどね。最低限、作り置きや昼食の弁当に困らない程度です」
カレーやシチューを作って、冷蔵庫に保存。昼の分はご飯と卵焼き、ウィンナーを焼いて、後はレンジや自然解凍で手間のかからない物を弁当箱に詰めるだけ。野菜が不足する分は、カレーやシチューの具材で多めに使うことで帳尻を合わせるという。
「野菜をしっかりとるのは大切ですものね。私は鶏肉と野菜をよく一緒に炒めることが多いですけど、お好きな肉とかありますか?」
「私も鶏肉はよく食べますね。少し体形を気にする歳になって来たので、筋肉を鍛えながら肉を摂取するなら、やはり鶏肉かと」
「とても体形が崩れているとは思えませんが、ランニング以外にも運動はやられているんですか?」
凛の問いに佑介は笑顔で答える。どうもスポーツを長年続けていることは、彼にとっては自慢らしく、嬉しそうに話をする。プロフィールには早朝のランニングが記載されていたが、最近は筋トレでジム通いをしているらしい。
最近の悩みは筋肥大でシャツのサイズが合わなくなってきたことなのだとか
「体力には、かなり自信がありそうですが、ランニングだとどれくらい走られます?」
「早朝では時間が限られているので、五キロほどしか走っていませんね。個人的には、来年は市民マラソンの二十キロの部に出て見ようかと思っていまして」
その時、凛の目が獣のように鋭くなる。そもそも狐の亜人なので、獣と言えば獣なのだが、どちらかというと肉食系女子と言う意味に近い。もし、凛の心の声をアテレコするならば「こいつは逃がさない」だろうと春海は推測した。
「そうですか。私も走るのは好きなので、時間と場所さえ合えば、一緒にランニングするのもありかもしれませんね」
「え、凛さんも走るのは得意なんですか?」
「えぇ、昔から走るのが好きでしたし、速くないと色々と不都合だったので――――」
表情は笑っているのに目は笑っていない。その様子を見て、春海はなぜか身震いがした。
「でも、狐ってことは、狩猟もするから足が速くないとやっていけませんよね」
「それもそうだが、もっと根本的な問題だ」
春海の呟きに、メモをしながら空人が言葉を返す。
狩猟はもちろん、飯が食えるか食えないかの命に直結する問題だが、それだけが凛のいう不都合ではないのだ、と。
「一部の狐にも見られることだがな。狐の亜人の結婚相手の決め方は『追いかけっこ』だ」
「追いかけっこで決めるんですか?」
「体力、走力があるということは、当然、獲物を捕まえられる能力の高さを表している。その遺伝子を欲するのは、生存確率を上げるという本能からして理に適っているだろ?」
これは狐の亜人としての本能に火がついたな、と空人は頭を抱え始めた。曰く、こうなったら佑介の足の速さが凛の満足する速さに達しないと、結婚までは辿り着かないだろう、と。
その後、店長のオススメブレンドのアイスコーヒーが届いてからも、お見合いの二人の会話が途切れることはなかったが、凛の目の奥に宿った炎が消える様子はなかった。
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