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現代のお風呂初体験です!

「おぉー」


 浴槽に張ったお湯を見て、狐耳を立てた凛は感嘆の声を挙げていた。尤も、給湯ボタンを押した瞬間から、浴槽に張り付いて数十秒に一度は呟いていた。初めておもちゃを見た子供のような姿に、春海は苦笑いを浮かべながら声をかける。


「凛さん。服が濡れてしまいますし、一度、こちらに。服も脱がないと入れませんよ」

「む、それもそうだ」


 ガラリと折り畳み式のドアを開けて、湯気と共に凛が姿を現す。テンションが上がっているせいか、既に顔は上気し、風呂上りのようにも見えた。


「因みに、この箱は?」

「洗濯機です。服を洗う道具ですよ」

「むー、それなら魔法を使うからいいかな」

「え、魔法使えるんですか?」


 今度は春海が目を輝かせる番だった。凛たちが機械という存在に縁遠いように、春海も魔法という存在とは無縁の生活をしてきた。叶うものならば見てみたいし使ってみたい。

 そんな春海の期待に溢れた眼差しを受けて、凛は人差し指で下の階を示した。


「じゃあ、多分、大丈夫だと思うけど、上司の許可を――――」

「電話してきます!」


 速攻で部屋の方に戻って行った春海は、十数秒で内線電話で連絡を取り、即座に戻って来た。


「許可が出ました!」

「うん、魔法に興味があるのはよくわかったよ」


 呆れ気味に呟いた凛は人差し指の指輪を軽く撫で、春海の上半身を指差した。


「『水よ。彼の者の身より、彼の者で無きものを洗い流せ』」

「え? うわ、うわわ!?」


 次の瞬間、どこからともなく現れた水が春海の首から下辺りをすっぽりと包み込む。そのまま、下半身に移動し、足まで抜けたそれは、凛の指先の動きに合わせて洗面台まで動き、そこへ捨てられた。吸い込まれるようにして流れていく水を春海は目を丸くして見つめる。

 水に濡れてしまったかと思った衣服だが、触ってみると一切濡れていない。その一方で、心なしか汗などのべたつきなども一緒に消えてしまっていた。


「――――と、このように洗濯にも風呂がわりにも使える魔法がある」

「え、待って、これ便利すぎる。それなのにお風呂に入りたいんですか?」

「ゆったりと温かい湯に浸かるのは、普通の人には無理。だから、嬉しい」


 魔法はもう見せたから、早く風呂に入ろうと、凛の目は語っていた。


「わかりました。じゃあ、お風呂の入り方――――って、脱ぐの早っ!?」


 小学生の子供かと思うくらい素早く脱ぐと、洗濯機に服をかけて早々に凛は中へと突撃していく。

 春海は何か事故が合ってはいけないと、急いで服を脱いでバスタオルを巻きながら後を追った。


「それでどれで洗うんだ?」

「その前にお風呂のお湯の温度を確かめてください。火傷したりしたら大変ですから、その確認が最優先です」

「おっと、そうだったな。じゃあ、早速……うん、ちょうどいい。問題ないぞ」


 浴槽に手を突っ込み、何度かかき回した凛は飛び切りの笑顔で頷く。尻尾が待ちきれないとばかりに左右に揺れ、はしゃいでいる犬のようにも見えた。


「じゃあ、そこに座ってください。頭から順番に洗っていきましょう。お風呂のお湯は多めに張ったので、こちらからそのままお湯を使って――――っと。じゃあ、お湯掛けますね」

「う、うん。ゆっくり、ゆっくり頼む……」


 心なしか緊張した面持ちで、目を強く瞑った凛。そんな彼女の頭の上から春海はお湯をかけて、髪の毛を濡らしていく。耳の中にお湯が入らないように、ぺたりと両耳は倒れている。

 春海は、そこを避けるようにして手でわしゃわしゃとやりながらお湯を満遍なくかけた。


「そしたら、こちらのボトルを押して、中の液体を出して泡立てます。目を瞑ったままでもわかるように左から順番に使って行く、と覚えればいいですよ。はい、手を出してください」

「わ、わかった――――ひゃあ!? 冷たい!」

「はい、これがシャンプーです。これを泡立てて髪の毛を洗うと、汚れが落ちやすくなります。ただし、目に入ると染みるので、しっかりと瞑っていてください」

「わ、わー!?」


 凛の手首を取って頭に持って行くと、足をじたばたさせながらも凛は自分の髪でシャンプーを泡立てる。楽しさ半分、不安半分と言った様子だが、それなりに上手くできているようだ。

 あっという間に凛の頭は白い泡で埋め尽くされ、何か新しい生物のようにも見える。


「はい、じゃあ、流しますねー」

「あぶぶぶ……」


 溺れて沈んでいく人かと勘違いしてしまう声が凛から漏れるが、春海は気にすることなく軽く頭を押して前かがみにさせた。口で何とか息継ぎをしている凛は、よほど苦しかったのか。透き通るような声だったのが、今では全ての言葉に濁点がついている。


「とりあえず、前半が終了しましたけど……大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけ、ない!」


 拷問か何かか、と詰め寄る凛は、自身の髪を触って更にショックを受けていた。


「髪が、ごわごわに……自慢の毛が……」

「あ、安心してください。これから、その髪の毛が驚くくらいツヤツヤになりますから」

「本当か? 本当だな? 信じるぞ」

「えぇ、こちらの世界の力を信じてください」


 そう言って、今度はトリートメントを手に取らせる。流石に慣れたのか、今度は変な声を挙げることなく、我慢する凛。その手が髪に触れ、少しずつトリートメントが馴染んでいくと、寄っていた眉根が少しずつ離れ始めた。


「おや、すごく……滑らか?」

「えぇ、頭皮にはつけずに髪に馴染ませるのが大切です。でも、ずっとつけたままは逆効果なので、全体に行き渡らせたら、しっかり流しましょう。下向いてくださーい」

「ゆ、ゆっくりだぞ。また息がああああ――――!?」


 返事を言い切ることなく、凛の頭にお湯が掛けられる。幸い、下を向くのが間に合ったおかげで、呼吸に支障はないようだ。

 その後、タオルで頭を包んで、体を洗うのは本人に任せることにした。春海も魔法で綺麗になっているとはいえ、浴室に入ったのならばと体を洗うことにする。


「不思議な液体だ。どんどん泡へと変わる」

「そいう言う成分が入っているんです。でも水とは違って飲めないですし、目に入ったら染みますので、気を付けてください」

「こんなに良い匂いなのに、体内には攻撃的だな。これではコンビニとやらで売っているものも迂闊に口にできない」

「食べ物のコーナーから取れば、大丈夫ですよ。ほら、泡を流して、お風呂に浸かりましょう。楽しみにしていた時間ですよ」


 春海の言葉に凛の尻尾が揺れ出す。自ら手桶を浴槽に突っ込んだかと思うと、二度、三度と肩や背中にお湯をかけて泡を流していく。

 立ち上がって泡がついていないことを確かめた凛は、喜び勇んで浴槽へと片足を突っ込んだ。


「お、おぉ、おおおおおお!」

「どうですか? 初めてのお風呂体験は」

「これは――――いい」


 熱したチーズの如く、凛の表情どころか体全体が緩んでいく。


「ほら、何をしてる。そんなところに一人立ってたら風邪をひくぞ。アンタも入りなよ」

「では、お言葉に甘え――――る前に、アレも使ってみましょうか」

「アレ?」


 首を傾げた凛を尻目に、春海は扉を開けて脱衣所にあった小さな袋を手に取る。


「何だ? それは」

「これはですね。お風呂に入る時にお肌にいい効果を与えたり、香りを楽しんだりするときに使う入浴剤というものです」

「にゅーよくざい?」


 えぇ、と言って春海は包装を破ってお湯の中へと注ぎ込んだ。シュワシュワと気泡が出始めると同時にお湯の色も緑に変わり始める。


「な、ななな!?」

「どうですか? 結構も良くなって、いい香りもするでしょう? あ、凛さんには匂いが強すぎましたか?」

「いや、そんなことはない。むしろ、気持ちがいい!」


 それは良かった、と凛が膝を曲げて開けてくれたスペースへと春海は座る。


「本当は完全に入れた物が解けてしまってからの方が良いんですけど、このシュワシュワを楽しみながら入りたいっていう人も多いんですよ」

「わかるぞ。これは入りながらの方が楽しい」


 底で泡を出しながら動く入浴剤を持ち上げた凛は、表面近くでそれを放して、再び沈んでいくのを見て楽しんでいる。


「こうやって、暖まったら、後は体を拭いて、髪の毛を乾かして入浴完了です。どうですか?」

「これが毎日入れるなんて、こっちの人はなんて豊かな生活をしているんだ。これならば、今回の婚活にも力が入るというもの。こんな楽しい物を教えてくれたアンタにも感謝だな。アンタ、名前は?」

「春海です。四方路春海」

「奇怪な名だな。だけど、覚えやすいな。春海か、覚えたぞ」


 今後ともよろしく頼む、と告げた凛は軽く頭を下げる。それを見た春海も思わず頭を下げた。一拍の後、お互いのおかしな様子に同時に気付いたのか、どちらからともなく笑い声をあげる。

 天井から水滴がしたたる風呂場で、二人の声がいくつも反響した。

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