二人目の依頼人です!
狐の亜人である凛は、空人に招かれてソファへと座った。ズボンから生えたように見えるフサフサの尻尾を上手く横に避け、背筋を伸ばしている。
「先日ぶりですね。その後、何か変わったことは?」
「いつも通り。男共のうるさいことうるさいこと……」
盛大なため息をつきながら首を傾けた。よほど疲れているのだろう。軽く腕を回した彼女の肩から異音が何度か響く。
「えっと、何か大変そうですね」
「そりゃあ求婚してくる奴が十人、二十人もいたら面倒になる。こっちは興味ないって言ってるんだけど、しつこくて――――って、アンタ誰?」
いま気づいた、とでも言うように凛は何度か瞬きする。その視線の先には当然、春海がいた。
視線が交錯したので、春海は精一杯の笑顔を浮かべて自己紹介をしようとする。
「私はですね――――」
「ただの研修中の新人未満なので、気にしないでください。それで今日は二回目の情報収集とこちらの世界に実際に慣れてもらうのが目的です。何か心配なことは?」
春海が答えようとしたところで、空人が割り込む。抗議の視線を横から送るが、逆にお前は黙ってろと言わんばかりに鋭い視線を投げ返された。
「こちらの世界は匂いと音がすごいと聞いている。それが心配だ」
「なるほど、後でそれ用の魔法をかけておきます。今は問題ないですね?」
えぇ、と頷く凛。
「では、いくつかチェックをしていきますが、耳と尻尾を隠した状態に変身してもらえますか?」
「わかった。『我が声に応え、来たれ、大いなる揺籠。我が身を包み、あり得ざる我を映せ』」
部屋の中で凛を中心に風が渦巻いたかと思うと、次の瞬間、彼女の頭頂部付近の耳が消え、側頭部から人間の耳が出現していた。お尻にあった尻尾も姿を消し、どこからどう見ても普通の人間にしか見えない。
体の一部が変化した瞬間がわからず春海は目を擦ったが、凛の変身は間違いなく起こっていた。
「持続時間は?」
「三日くらいは余裕」
「なるほど、それなら心配はいらなそうですね。では、いくつか質問させていただきます。先程も自ら仰っていましたが、多数の求婚があるのにわざわざこちらの世界の男性を希望するのは何故ですか?」
「あいつらは私ではなく、私が九尾様の加護を持っているから近寄って来る有象無象。それならば、いっそのこと何も知らないこちらの男の方が、私自身を見てくれる」
ふむ、と納得したような様子を見せる空人に、春海はおずおずと尋ねた。
「キュウビって、何ですか?」
「尾が九つある狐のことだ。いわゆる神獣みたいなものだと思えばいい。そして、彼女はその神獣の加護を得た非常に徳の高い人ってことだ」
神様に認められて加護を授かった。それを理解して、春海は凛を尊敬のまなざしで見つめる。
対して凛は頬を赤らめながらも、目を逸らした。
「別に大したことはしてない。ちょっと毎日、村はずれのお社を掃除してただけだ」
「はー、世の中にはいるんですね。そうやって無償で良いことができる人」
恐らくは、そのお社が九尾の狐に関わるものだったのだろう。凛自身も加護を貰ったこと自体に戸惑いがあるようだが、だからといって返上するわけにもいかない。そんなことを言おうものなら、加護の代わりに祟られてしまうかもしれないだろう。
「獣人系の亜人。狐も例に漏れず、身体能力が高い相手を好むそうですが、それはあなたも?」
「当然。まぁ、こちらの人間は魔力による身体強化すらできない者が多いと聞いているので、それを用いずに体力がある人が条件になるかと」
春海はここにきて、伴侶が見つからないというのは嘘だ、と言っていた空人の言葉に、やっと合点が言った。
能力的には彼女が結婚したいと思うような身体能力の持ち主はいたのだろう。ただ一点、九尾の狐の加護を目的にしているという疑念が拭えないのが、彼女には許せなかったようだ。
「そうなると趣味でランニングやスイミングといった持久力系のスポーツをしている方が候補に挙がってきますね。何か他に相手に求めることは?」
「しっかりとお給料を稼いで、生活費や子供の養育費を稼いでいただけるなら何でも――――いえ、できれば安定した職業の方がいい。流石に日雇いだと不安になる」
「では公務員ですね。これでかなり絞れました。その上で相性が良さそうなのは――――」
空人がじっと凛を見つめた後、おもむろにタブレットを操作し始める。
春海はすぐに勘付いた。魔眼を使って、凛の色を確かめたのだろう、と。
「ちょうどいい人が一人見つかりました。桟敷佑介さん、三十一歳。趣味は早朝ランニングで、市役所にお勤め。おまけに住んでいるのは隣町」
「一応、顔を見ても?」
凛にタブレットを渡す際に春海が見た様子だと、髪はスポーツ刈りで、爽やか系な雰囲気。上半身もすっきりしている細マッチョな様子で、確かに運動に自身がありそうに見えた。
「ふむ、悪くない。いや、ありかも……」
第一印象は良かったらしく、凛がタブレットを凝視する。心なしか、体が前のめりだ。
「では、こちらの方と第一回のお見合いをする方向で計画を立てさせていただきます。事前にいただいていた資料では、都合はいつでもつくが、一週間前には連絡が欲しい、と?」
「えぇ、一応、両親の仕事の手伝いをしているので、急に休むというのはなかなか……」
「それはそうですね。お相手の方に連絡をとって、わかり次第、凛さんにもお伝えします」
「わかった」
タブレットを空人に返した凛は、次に渡された羊皮紙を見て顔を強張らせた。
自身の正体をバラさないことから始まり、様々な禁止事項や注意事項が書き連ねられている。
「それを読んでおいてください。第一回目の時点での契約です。今後、さらに厳しくなる内容もあれば、緩くなるものもあります。ただし、どんな時でも俺が言うのは『虚偽の申請をしないこと』です」
「えぇ、それのヤバさは知ってる。先日、それをやった奴が出たんだろ? アレの末路を聞いて、それでもやろうって考える奴がいるなら、そいつにはお近づきになりたくならないね。それにここに書かれているやつを破ったら、九尾様にもお叱りを受けそうだ。絶対にやらないよ」
「そうですか。それは良かった。では、この後は、少し辺りを出歩いてみて、こちらの世界に慣れていただきたいと思います。よろしいですか?」
「――――ぜひ」
瞳を輝かせた凛は思いきり立ち上がる。その拍子に頭頂部から本物の耳が姿を現してしまった。
「あ゛っ!?」
「まぁ、耳程度なら問題ないです。そういうアクセサリーだと誤魔化すこともできますから。流石に尻尾までとなると苦しいですが」
「き、気を付ける!」
ぬんっと、両手を腰辺りに持って来た凛が気合を入れると、再び耳が見えなくなった。
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