もう少し、勉強します!
ある昼下がりの午後、春海は異種族交流ヤタガラス婚活相談所の事務所を訪れていた。
「――――ほう、とりあえず筆記は好感触だったか。そりゃ、おめでとう。良かった良かった。で、今日は何しに?」
「いえ、先日はイレギュラーな事態だったということだったので、通常の業務も一通り学んでおこうかと思いまして」
「就活とか授業は?」
「授業は完璧。就活は面接時に不安が残りますが、ここで学んだことを話せればと」
空人の眉がピクリと動く。
「君。俺との契約を忘れてはいないだろうな?」
「も、ももも、もちろんですとも。ですが、別に大丈夫でしょう? あくまで一般的なことを言えば良いんですから。『お客様のニーズに合わせ、なになにをまるまるしてー』みたいな?」
「まぁ、肝心なところをぼかしてくれるのなら何も言わんが……」
本当に大丈夫か、と呟いて空人はタブレットを操作する。そこには今後のお見合い相手を決めるデータがずらりと並んでいた。
「で、次の亜人さんはどなたなんですか?」
春海が後ろに回り込んでタブレットを覗き込む。それを片手で払う仕草をしながら空人は面倒臭そうに答えた。
「次か? 狐の亜人だ」
「それ、大丈夫なんですか?」
「どういう意味だ?」
タブレットから空人が目を話す。その瞳を真正面から見返して春海は疑問に思ったことを告げてみた。
「ほら、よく狐や狸は人を化かすっていうじゃないですか。ただの冷やかしとかもあり得るでしょう?」
「君の言いたいことはよくわかったが、依頼人に失礼だ。あくまで狐の特徴を持つ人間であって、昔話の狐や狸ではないことだけははっきりと言っておく。何なら、君より遥かに常識人だ」
春海は、流石に言い過ぎではないか、と両手に腰を当てる。これが見た目通りの相手ならば頭をはたいてやりたいところだが、相手はこの会社の社長。しかも三十年近く生きているというのだから、下手な反撃には出れない。
致し方なく、頬を膨らませながらソファへと春海が戻る。
「で、そのお狐様とどうやってマッチングする相手を探すんですか?」
「前に、ここに入力してあるデータから探し出す、と説明したのは覚えているか?」
「はい。知りたいのは、それをどうやって見るか、です」
すると空人はタブレットを春海に見えるようにしながら、指で画面をスクロールする。
「一次関数と言われて、何かわかるか?」
「え? 中学の数学で習う、アレ?」
「そうだ」
y=ax+bで式を表し、グラフでは直線でかかれるアレ。
春海がそれと何が関係するのかと首を傾げる。
「人にはどうしても変えられない性格や個性、趣味嗜好その他諸々がある。これは定数というやつだ。それに対して、努力や気分で変えることができる、変わってしまうものは変数だ。この中で定数で一致するものをまず見つける」
空人が示したのは人間の側の項目にある【相手に求めるタイプ】、【酒・タバコ】、【アウトドア派・インドア派】などを指差していく。
「必ずしもこれが一致するわけではないが、逆に言うと絶対にダメなパターンも確実にある。例えば今回のように獣系統の亜人は間違いなくタバコを嫌う、とかな」
春海は感心して、タブレットを空人から受け取り、他の項目にどんなものがあるかを見ていく。初日に目を通してはいたが、なぜ、そのような項目があるのかを深く考えていなかった。
「絶対に許せないものは弾いて、残った人の中から双方が希望するような属性をもつ組み合わせを見つけるってことですね。――――ジグソーパズルみたいに」
「そういうこと。そして、変数で何とかなるかは本人たち次第だ。これ、友人関係や就活でも結構使える考え方だから覚えておいて損はないぞ」
「はいはい。そうですか。って、狐の亜人にも発情期があるんですね」
春海は今回の亜人側の依頼人の情報を見て、目を丸くする。
名前は笹谷凛。年齢は二十八と意外にも普通の年齢だ。ボブカットの赤茶の髪に、同じような瞳の色で、頭の上にある耳が無ければ、どこかのクールビューティーなモデルかと思ってしまう。
「思うんですけど、この名前って本名ですか?」
「そんなわけあるか。俺と依頼人で直前に着けている偽名。この国で言う通称名だ。で、発情期がそろそろ辛いから、伴侶を見つけたいとのご希望だ。どうにもあっちでは彼女のお眼鏡に叶う相手がいなかったらしい。――――絶対に嘘だと思うが」
おや、と春海は空人の言葉に疑問をもつ。
前回の時は虚偽の申請をするなと大激怒していたはずが、どうも今回はトーンダウンしている。イレギュラーは年に数回程度という話なら、今回は問題ないはずだ。それとも、二連続でイレギュラーを引いたのか。
「一応言っておくが、虚偽の申請ではなく、正しく申請した上での解釈の違いというやつだ。だから、イレギュラーじゃない」
「思うんですけど、前回のドッペルゲンガーもわざと相手を泳がせてた気がするんですよね。空人さん、実は何か魔法でそういうの見破ってるんですか?」
「良い勘してるな。そりゃ、これだよ――――これ」
そう言って指で示したのは、己の目であった。
「観察眼ってことですか?」
「違うよ。俺も魔眼を持ってるってだけ、ただし麻痺のような相手をどうにかするタイプの魔眼じゃなくて、相手の纏っている魔力とか雰囲気とかそう言ったものを色で判別できるってだけの能力。まぁ、これが便利なんだ」
――――うわ、ずるっ。ただのカンニングじゃん。
そんな心の叫びが春海の口から飛び出そうになった。
「じゃ、じゃあ、私はどんな感じですか?」
「んー? 綺麗な青色だ。ちょうど夏の煌めく海を砂浜から見てるみたいな感じ」
「それと相性がいいのは?」
「同じ青タイプなら友人からの発展形。君が尽くすタイプなら相手は緑。言いたいこと言い合って波乱があるかもしれないけど、最終的に長く続くか破局するかの赤。相性がいいか悪いかなんて、会ってみないとわからないもんだよ」
あとはまた今度、と空人ははぐらかし、カウンターの方を指差す。
「ま、とりあえず、今回の依頼人が来る。そこでの受け答えとかも参考にしてみるといいさ」
そう告げた空人に頷くと、不意にカウンターの方で音がした。春海が思わず視線を向ける。すると、そこには先ほどタブレットで見ていた女性が不思議そうな表情で立っていた。
「ここ、ヤタガラスさんの店?」
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