一件落着にはなりません!
数日後、事務所にやって来た春海は項垂れていた。
「氷室さん、怒ってましたね」
「あぁ、そりゃそうだろうな。怒るベクトルが少しズレている気がしたが」
――――確かに僕は人魚とかナーガとかのコスプレをしている人が好きですが、別に魚や爬虫類に興味があるわけじゃないです! それはそれとして、異世界の亜人とやらには興味があるので、ぜひ鳥人とやらがいたら紹介をお願いします!
麻痺の魔眼から解放された氷室の主張は、命が危険に晒されたことではなく、自分の好みは全く別であるというものだった。
「ふむ、コミケのコスプレにたかる独身男性だったら、それと同じ属性の亜人で行けると思ったのだが……」
「それ、場合によっては、その手のファンに本気で殺されますよ?」
「それはそれとして、もう少し正確な情報を集めなければいけないなぁ。何かいい案が浮かべばいいんだが……」
氷と緑茶が入ったコップを片手で回しながら、空人は天井を見上げる。
それをソファからじっと見ていた春海は、気になっていたことを空人に尋ねてみることにした。
「あの、辰巳さんはどうなったんです?」
「どうした? そんな話を急に」
「あの後、空人さんは後処理はやるから帰れって言ったので従いましたが、私、結末を何も聞いていないんです。気になるじゃないですか?」
それを聞いた空人は、そんなことか、と小さくため息をついた。
「別にどうもしない。一時的に能力を封じて、あっちの世界へと強制送還。ついでに殺人やってることも含めてアッチの機関には伝えてある。今頃、色々と白状して、処刑されているだろうよ」
「その場で殺さなかったのは、何でですか?」
「俺にはあいつに恨みなんてないが、あれに恨みをもつ奴は、あっちの世界に大勢いる。正確には、家族を殺された魔物って奴への恨みだけどな」
日本国憲法ではいかなる場合でも拷問は禁じられているんだ、と空人は緑茶を一気飲みする。
その説明に納得できるようなできないような複雑な感情を春海は抱いた。両手に持っていたコップをテーブルの上に置き、天井を見上げる。
「何か、釈然としない終わり方ですね」
「世の中そういうもんだよ。過程が良くても結果はダメなこともあるし、過程がグダグダでも最終的に上手く行っちまうこともある。その後で腐るも手を抜くも、その人次第だ。何が言いたいかって言うと、終わったことにあーだこーだ行っても変わらない。大切なのはその後なにをするか、だよ」
「それ、誰かの受け売りですか?」
「いーや、ただの事実。或いは社会経験の賜物。俺の経験から来る有り難いお言葉。もしかすると、俺と同じようなことを思った偉人の誰かか、一般人の誰かか」
「ようは適当に言ってごまかしてます?」
「そうとも言う。暑い時に頭使いたくないからな」
あまりのどうしようもなさに春海は頭をカクリと前に倒した。
「何だか、全力で探した挙句、殺されそうになるまで粘ってた自分が馬鹿に思えてきました」
「それこそ馬鹿を言うな。名探偵張りの推理に決め台詞。あれは映画でもそうは見られない名シーンだったぞ」
「はいはい、お褒めにあずかり光栄です――――って、ちょっと待ってください」
急に春海は立ち上がると、両手を空人のいる机に叩きつけた。
「空人さん、いつから見てたんですか?」
「いつからって何をだ?」
「とぼけないでください。辰巳さんたちと私のやりとりですよ」
空人はじっと春海の目を見た後、視線を右に動かす。しかし、春海はその先へと顔を動かし、無理矢理見つめ返して見せた。
「あー、全部、最初から?」
「最初、から!?」
「まぁ、こっちは辰巳が何に化けようが見破る眼を持ってたからな。正直、どこにいるかも魔法である程度分かってたし」
「じゃあ、私がいなくても?」
「実は解決できた」
驚愕の事実に春海は、へなへなと崩れ落ちる。本当に、あの頑張りは何だったのかと怒る気力すら湧いてこなかった。
机に頬を擦りつけた状態で悲しみに暮れる春海の目の前に、一つ封筒が投げ置かれた。
「何ですか? これ」
「努力賞」
淡々と紡がれた言葉に、春海は大きくため息をつく。ただ貰えるものは貰っておこうと封筒を手に取り、動きが止まった。
素早く空人の顔を見るが、当の本人は片手で顔を扇ぎながら、茶を飲んでいる。
「え、マジでこれなんですか?」
「だから努力賞だよ。言っただろ、今回はレアケースだって。不法入国者を捕えて、こちらでの被害者ゼロで送還した大手柄だ。臨時ボーナスくらい出すに決まってるだろ」
その言葉を聞くや否や、春海の両手は封筒の入り口を開けていた。目に飛び込んでくる素晴らしき縦線の数に、再び春海は空人を凝視する。
「こ、これ、良いんですか?」
「良いも何も、しっかり犯人の居場所見つけて、俺に電話しただろう? つまり、これはお前の手柄だ。帯付きじゃないが、その半分くらいは入ってる。好きに使え。就活にもいろいろと入り用だろ?」
あ、と一言で現実に引き戻される。
そう、春海は就活の真っ最中であった。あくまでここは滑り止め。秋の就活に安心して挑むための。だから、また明日からは就活の日々へと戻らなければならない。直近では明後日に筆記試験が待っていたはずだ。
「あぁ、来たかったら、いつでも来てくれていい。俺のスマホに一報くれればオーケーだから」
「私、空人さんの連絡先知らないんですけど」
空人は両手を天井に向けて大袈裟に肩を竦めた。
「封筒の中に入ってるよ。筆記試験、ちゃんと最後まで問題読まずに解くんじゃないぞ」
――――ぐぬぬ、確かに入ってた。
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