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うちの社長、強すぎ!

 呆然とする春海は、ほっとすると同時に空人の向こう側へと指を差す。


「気を付けてください! その人、カギ爪みたいなので私のこと殺そうとしてきたんですよ!」

「知ってるよ。こうやって受け止めてんだからさ」

「へ?」


 両手をポケットに突っ込んだままの空人は、日常の会話でもするかのように言い放った。一瞬、何を言っているか理解ができなかった春海は、何度か瞬きした後、空人の左半身へと視線を移す。

 そこには死神の鎌を彷彿とさせる四つのカギ爪が、空人の体で止められていた。


「え、あれを……防いだんですか?」

「防がなきゃ。お前、死んでたぞ?」


 何を言っているんだ、と言いた気に振り返った空人の表情は、困惑の色に染まっていた。


「いや、そういう意味じゃなくて、何でそんな物を生身で防いでるんですか!」

「あぁ、別にこんなの魔力を全身に流して、ついでに服にも流してやれば強度が跳ね上がって防げるようになるもんだ。あっちの世界じゃ、基本技能――――だろ?」


 そう告げた空人の視線の先には、表情を歪ませる辰巳がいた。


「ちっ、追い付かれてしまいましたか。あなたと戦うのは分が悪い。ここは――――」

「逃がすと思うか?」

「普通に考えれば、無理、でしょうね。ですが、私には切り札というものがあるんです」


 強烈な黄色の光が空人を襲う。だが、それも一瞬でかき消えてしまった。


「ぐっ!?」

「おいおい、こいつのお守りを誰が用意したと思ってる。魔眼への対抗策を俺が知らないとでも?」


 眼を片手で覆い、苦悶の表情を浮かべる辰巳。その際に空人へと触れていたカギ爪が引っ込むが、まるで金属とぶつかり合うような音が路地裏に木霊した。

 五メートル以上跳び退った辰巳は肩で息をしながらも、空人を睨みつける。


「――――こうなったら!」

「おう、次は何に変化するつもりだ?」


 空人の問いに辰巳の動きだ止まった。その瞳はこれでもかという程見開かれ、それに引っ張られてか口まで開いている。


「ナゼ、それを――――?」

「簡単な推理だよ。お前は蛇の亜人と申請していた。暑すぎれば脱水症状を起こし、寒すぎれば冬眠する。いわゆる変温動物。最適な温度でしか活動できない。だが、うちの優秀な社員の報告によるとだな。喫茶店でアイスコーヒーを二杯頼んだ挙句、水もガブガブと飲んでいやがった。おまけに冷房の効き過ぎた喫茶店内に二時間もいたとなれば疑うには充分だ」


 空人は肩を竦める。対して辰巳の表情は蒼褪め、硬直していた。


「お前――――二重変身(デュアルトランス)してるな?」

「デ、デュアル、トランス?」

「二通りの変身方法を同時に使うことだ。片方は魔法、そしてもう片方は魔道具や本人のもつ体質や性質を利用するというものだ。今回の場合で言うと後者だろ」


 空人は両手をポケットから出して、右手で辰巳を指差す。その瞬間、ビクリと辰巳は体を震わせた。


「恐らく、自分の能力で蛇の亜人へ変身。その上で魔法を使って人間に変身。だから、眼鏡を使っても本体の姿を見ることはできない。だが、蛇の亜人として見えているということは、君。眼鏡で何が見えた?」

「えっと黒い靄みたいなのが。でも、うまく言葉にできない形をしてます」


 それを聞いて空人は両手を叩く。路地裏にその音が木霊するたびに、辰巳が震えあがった。


「もう答え合わせはしなくても充分だろう。聞いたことが無いか? 出会ったら殺される自分のそっくりさんの御伽噺」

「もしかして、ドッペルゲンガー!?」

「御名答。後はあちらがどこの国の言葉で呼んで欲しいかくらいで、特に名前に意味なんてない。大切なのは、その能力だからな」


 答え合わせは終わったとばかりに空人は進み出る。音もなく空人と辰巳の距離は、いつのまにか半分に縮まっていた。


「一応、決まりなんでな。ちゃんと言っておくぞ。お前の行為は異世界渡航条約の違反だ。世界に悪影響のない指定された人類または亜人以外は世界間の一切の移動を禁じる。これに故意に違反した場合かつ悪影響を与えると判断された場合、理由の如何を問わず討伐対象となる」


 わかるよな、と首を傾ける空人に対し、辰巳は一瞬で姿を変えて襲い掛かった。


「外の世界を知って何が悪い!」


 ――――その姿は大剣を振りかぶった大柄な青年だった。


「俺はこの世界のことが知りたいだけだ!」


 ――――その姿は短剣を投げる小柄な少年だった。


「社会を、食べ物を、建築物を、人を――――何もかもを――――」


 ――――その姿はレイピアを持った長躯の美女だった。


「――――知ろうとして何が悪い!」


 ――――だが、その全ての攻撃は空人の服にほつれすら作り出すことができないでいた。


「言いたいことは終わりか?」

「っつ! このおお!!」


 槍を構えた美青年に変わった辰巳。その槍を怒声と共に空人の胸へと突き込んだ。


 ――――ズブリ、と大した音もなく、それが空人の肩から突き抜けた。


 遅れて、その勢いで空人の左腕が宙を舞う。


「え?」

「や、やった!」


 呆然とする春海と唖然としながらも喜色に染まる辰巳。


「お、俺の変身能力は装備していた者の武器の能力も再現する。確か、この冒険者の槍はダンジョンの宝箱から出た物だったな。ふん、油断するから、こういうことになる」

「嘘でしょ。何で、反撃もせずにやられてるの。馬鹿じゃないの!?」


 微動だにしない空人の背に春海は罵声を浴びせる。そんな春海をせせら笑うように辰巳は言葉を投げかけた。


「自分の力に溺れる奴は、こういう油断であっけなく死ぬんだ。この体の持ち主もそうだった。宝を見つけて無防備な背中を俺に晒すから、こうやって俺に殺されて体を奪われ――――」

「なるほど、やはり人を殺して成り代わるのが、お前のやり方か」

「なっ、に!?」


 槍を突き出したままの腕を、()()()()()()()の左手が横から掴んでいた。

 当然、辰巳の視線は目の前の辰巳へと向けられる。


「そっちは偽物。で、知ろうとして何が悪いだったか? わからないなら、はっきり言ってやる。ダメに決まってるだろ、馬鹿野郎!」

「おぐっ!?」


 ファンタジー世界に出てくるような皮鎧越しに、空人の右拳が叩き込まれた。


「お前の知るというのは、自分で経験して知ることがメインじゃない。他人を殺して、その知識を奪うことだ。許されるわけがないと気付けないのが、お前が人じゃなく魔物に分類される理由だ。どんなに多くの知識を身に着けても、根底にあるものは変わらなかったみたいだな」


 息を詰まらせながら四つん這いになって痙攣する辰巳。それを見下ろして空人は指を鳴らす。すると槍に貫かれた空人の分身が色を失い、水へと変化した。それは重力に逆らって空を飛び、辰巳の体を包み込む。


「おい、ちょっと大きな音がするから気を付けろよ」

「な、何をするつもりですか?」

「ちょっと魔法を使うだけだ」


 そう言って空人は、空中に浮いた辰巳を閉じ込めた水の球に正対すると、人差し指と中指を立てて腕全体をまっすぐに天へと伸ばし、呪文を唱え始めた。


「『我が声に応え、来たれ、大いなる揺り籠――――』」


 気のせいか、上空にあった雲が僅かに黒く厚くなっていくように春海は感じた。そうしている間にも空人は淡々と言葉を紡ぐ。


「『其は吹き上がる天つ風、我が意を届け、黒き炎に白き楔を打て!』」


 天から一条の閃光が空人の腕へと落ちる。目も眩むような閃光と耳鳴りがするほどの轟音。

 網膜に焼き付いた光に驚きながらも、何度か瞬きをした春海は、空人の右手に白い雷が宿っているのを見た。

 そして、それは辰巳も同様のようで、白い泡を吹き出しながら水の球の中で藻掻き、逃れようとしているのが見えた。


「いいか? 今の俺が言いたいのはこれだけだ」


 大きく右腕を振りかぶった空人は、思い切り辰巳目掛けて振り抜いた。


「『婚活登録するのは良いが――――虚偽の申請だけは許さないって言っただろ!』」


 水の球が弾け、空人の拳が辰巳の顔面に突き刺さる。その瞬間、辰巳の姿は掻き消え、黒い人型の物体――――ドッペルゲンガー――――が何回転もして、後頭部か顔面かもわからない部位からアスファルトへと着地した。

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