表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/38

私、ピンチです!?

 眼鏡越しに映る辰巳の瞳に黄色の光が宿る。


「確かに色々と考えて、私たちの場所を推測して追い付いて来たことは褒めてあげます。でもね、そもそも私たちを見失った理由が何だったかを忘れていないかしら?」

(そうよね。確かにお守りがあるとはいえ、一分は動けなくなる。その間に逃げられたら、ちょっと探すのは難しいかも)


 せめて氷室が辰巳についていくことに戸惑い、少しでも時間を稼いでくれれば、と春海は願う。ただし、それでも結局はただのいたちごっこ。追い付いたところで、再び麻痺の魔眼を使われれば、いつかどこかで見失ってしまう。


「じゃあね、お馬鹿さん。多分、もう会うことはないと思うけど」


 そうして、辰巳は麻痺の魔眼で春海を見つめ――――


「――――がっ!?」

「辰巳さん!?」


 大きくその首を後ろへと仰け反らせた。

 驚いた氷室が彼女を支えようと手を伸ばすが、たたらを踏んで辰巳はその場に踏みとどまる。


「今――――何をした!?」


 片手で眼を抑えながら、辰巳は春海を睨む。しかし、何をした覚えもない春海は視線を彷徨わせるだけ。


「えっと……私のすっごいやる気ぱわー的な何か?」

「そんなわけないでしょう!」

「で、ですよねー」


 辰巳の怒りの籠ったツッコミに、春海も頷くしかできない。そんな春海には麻痺の魔眼の効果は一切及んでいなかった。

 その現象に春海は心当たりがある。


(空人さんがくれたお守り。片面が鏡になっていたけど、もしかして、それのせい?)


 首からぶら下げたペンダントは材質が銀で鏡面仕上げをしたように光を反射する。この鏡のような物をお守りとすることで、向いているかどうかは関係なく、魔眼の効果を跳ね返す力があるのではないか。

 春海は何となく、そう考えた。

 事実、辰巳は目を抑えて体が動かないように思える。


(弱っている今なら、ハッタリでもたたみかけるチャンス?)


 そう考えた春海は更に数歩踏み込んだ。


「辰巳さん、少し落ち着いてください。うちの社長の力は知っているでしょう? 抵抗しても無駄ですから、大人しくしてください。謝れば許してくれますって」


 実際に空人が辰巳を許すかどうかはわからない。ただ、こうして餌をぶら下げておけば、少しは逃走する気力が削がれる可能性はあった。

 誤算だったのは、辰巳が最も恐れている事態が「それ」であることを春海が理解していなかったことだろう。


「フザケルナッ!」

「――――ひっ!?」


 次の瞬間、()()()()()()()()()()()()()

 黄色の瞳に縦に入った切れ長の瞳はもちろん、頬骨まで伸びた口の端。僅かに浮かびあがる鱗の模様。時折、口の中から姿を現す二股の舌。口を開ければ凶器のような長い犬歯が顔を出す。

 それを間近で見た氷室は、表情を引き攣らせた。辰巳の腕ではなく、自らの足の力で壁へと体を押し付け、辰巳から距離を取ろうとしている。

 自ら亜人としての姿を晒すという行為に、春海は表情を強張らせた。


「あなた、自分が何をしているのかわかってるの?」

「百も承知。むしろ、何もわかっていないのはあなたです」

「私が……わかっていない?」


 辰巳の指摘に春海は首を傾げるが、内心はそれどころではなかった。

 眼鏡を通して見た辰巳の姿が、もはや人の姿すらしていない黒いナニかに変貌していたからだ。

 靄とも言えるし、影とも言える。そこにあるように見えるし、ないようにも見える。球体のようにも感じて、イソギンチャクのような触手のようにも感じられた。

 ただ一つ、間違いなく言えるのは――――


(――――これ、人なんかじゃない!)


 空人に氷の槍を出現させられた時と同じような感覚が全身を満たす。何か凶器を向けられたわけでも、攻撃動作を見たわけでもない。それなのに春海の本能は、逃げろ、避けろ、近づくなと幾つもの警告を発していた。


「そう、あなたは私の目的が分かっていない。私の目的はこちらで伴侶を探すことではないの」

「じゃあ、何が目的なのよ? この蛇女!」


 自分の逃げ出したいと叫ぶ心を押し殺し、強気な言葉で問い返す。そこで肉眼で見えていた辰巳の指が春海に向いた。


「そこです。まずはその『蛇女』というところ。そこがそもそもの誤りなんです。まぁ、あなたにいちいち説明する義務はないので省きますが、私の目的は――――知ること、です」

「知る、こと?」

「えぇ、拍子抜けしましたか? それとも理解が及びませんか?」


 春海はそのどちらもだ、と思った。

 辰巳が何を知ろうが知ったことではないし、何かを知ったくらいで問題が起こるとは思えない。それよりも、その異形の体を早く隠して欲しいという気持ちの方が強かった。


「まぁ、そうでしょうね。こちらの世界に元から住んでいる者からすれば、大したことはないでしょう。しかし、私たちからすれば宝の山、高級料理のフルコースに等しいも同然なのです」

「要は自己満足の為にルールを破りますって言ってるだけでしょ。私からしたら、ただの言い訳ね」

「ふふふ、勇ましいですね。でも、これを見ても同じ態度でいられるかしらね?」


 辰巳は何気なく、右手を横に薙いだ。


 ――――ビシッ!!


「えっ?」


 ビルの外壁に一直線に亀裂が入った。それも罅割れではなく、刀で斬ったような真っ直ぐなものが。


「魔法を見るのは初めて? 今のは風の魔法を無詠唱で放っただけなのだけど、この風の斬撃。人に向けたらどうなると思う?」

「どうなるって……!?」


 人間の体よりも硬い物が抉れたのだ。そんな一撃を喰らえば、一溜りもないことは明らか。

 夏だというのに脊髄に氷柱をぶち込まれたような感覚に陥る春海。思わず膝が笑い出した。


「私、用があるのは彼だけなの。いえ、彼の情報、というのが正しいのだけれど、あなたには理解できないですよね? だから、消えてくれます?」


 どこかに行け、とばかりに辰巳は下に向けた指を前へと向ける。

 直後、路地裏に突風が吹き荒れた。捨てられたビニール袋や空き缶は瞬時に吹き飛び、固定された室外機が軋む音を立てる。


(マズイ、死――――)


 自分がトラックに跳ね飛ばされるようにして空中を吹き飛ぶ様を幻視し、春海は両腕を顔の前でクロスして目を瞑った。最後の僅かばかりの抵抗にと体を屈めて。しかし、やって来ると思われた衝撃はいつまで経ってもやってこない。

 恐る恐る目を開けて手を降ろす。すると、愕然とした表情をする辰巳と目が合った。


「なるほど、何かしらのチャームか何かを使ってるんですね。小賢しい。ですが、それなら直接攻撃を加えれば、軟弱な体に引きずられて追って来る心も潰れるでしょう」

「ま、待て。君の目的は僕だと言った。彼女が追って来なければいいんだろう!?」


 辰巳が一歩踏み出した瞬間、今まで黙って震えていた氷室が声を挙げた。


「彼女を殺したり、傷つけたりすれば、面倒なことになるぞ。街の中には、誰が、いつ、どこにいたかを記録するものがあちこちにある。路地裏から出てくるところを記録された君を必ず警察が捉えるだろう」

「それは面倒ですね。でも、それすらも私には――――無意味、なのです」


 そう告げた辰巳の顔は全く別のものへと変化していた。


「私、顔も姿も変えられるのです。だから、ここで何をしようとも捕まることはあり得ない。だから、あなたはここで待っていてくださいな」


 辰巳の顔に戻ったナニかは、魔眼で氷室を動けなくさせると、優雅に春海の所まで歩いて来る。

 逃げなければ、死ぬ。そう全身が余すところなく理解させられていた。

 仮に死ななくても、二度と人として生きていけないような重傷を負う。その恐怖に満たされる中で、ほんの僅かな思考があった。


(――――何で私、こんなことに頑張ってんだろう)


 自分の失態を帳消しにしたいからか。滑り止めの地位を守りたいからか。役に立つことを見せたいからか。自信に繋げたいからか。それとも――――生きていても意味なんてないからか。

 次々に出て来る疑問の果てに、極端な――――それでも、就活中に何度か脳裏を過ぎった――――想いが溢れ出る。

 辰巳の右腕が大きく振りかぶられ、指が大きなカギ爪へと変化する。そのまま、それは春海の上半身を消し飛ばさんと、轟音を伴って薙ぎ払われた。


 ――――死んだ。


 耳が音を認識しなくなった。肌が裂かれる痛みすら、あまりにも早すぎて脳の理解が追い付かないのだろう。麻痺の魔眼を受けた時のように、痺れからの感覚が消えて行く。

 予想していたのとは異なる穏やかな死に、どこかほっと安堵したような気持ちになって――――


「――――まったく、無茶をしやがる。いつから頑張れって応援が、命張れって命令に置き換わったんだ? 大学生なら辞書の一冊くらい使ったことあるだろうがよ!」


 ふと、目を開けると、春海の左前には空人の広い背中があった。

【読者の皆様へのお願い】

・この作品が少しでも面白いと思った。

・続きが気になる!

・気に入った

 以上のような感想をもっていただけたら、

 後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。

 また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。

 今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ