簡単な推理です!
目を限界まで見開いた辰巳の顔を見て、春海はしてやったりと笑みを浮かべた。
「馬鹿な。何故、ここにいる!? 確かに、あなたは撒いたはず……」
「えぇ、だから頑張って探し出しました。おかげで服は汗でびちょびちょ。気分は最悪です」
服の首元を指でつまんで中へと空気を送り込む春海。焼き鳥と聞いて汚れてもいい適当な服で来たのが功を奏した、と小さく呟く。
「えっと、君はさっきの焼き鳥屋にいた……辰巳さんの知り合い?」
「いえ、婚活相談所の者です。氷室さん、こう言えば、なぜ私がここにいるかおわかりですね?」
「うっ、まさか、契約に書いてあった……?」
やはり氷室も焼き鳥屋を出た後に、二人で時間を過ごすことはマズいと感じていたようだ。途端に顔が蒼褪めていく。
「はい。最悪の場合、あなた方二人だけでなく、多くの方々に迷惑がかかる可能性がありましたので、私も全力で捜索させてもらいましたよ」
「だ、だけど、どうやって!?」
辰巳が驚くのも無理はない。何せ完全に春海を振り切って、逃げおおせていたのだ。この路地に辿り着くのならば、その前から二人の位置を把握していないと不可能だ。
「冷静になって考えて見れば、すぐにわかりました。氷室さんの性格からすれば、映画館に来るだろうって」
「僕の、性格?」
えぇ、と頷いて、春海は陽の当たる場所からゆっくりと二人に向かって歩き出す。
「恐らく、焼き鳥屋を出た二人は、映画を見るために駅の近くにあった商業施設の三階。家電量販店で売られていたDVDを買いに行ったのでしょう。そこで辰巳さんがこんなことを言ったんじゃないんですか? 映画も見るのは初めてだ、なんて」
「た、確かに、彼女は『初めて見るものだから、僕の好きなように選んでくれればいいです』と」
「そんな時に氷室さんは、こう思ったんじゃないんですか? どうせ初めて見るならば、家の小さな画面で見るより、迫力あるスクリーンで見る方が良いって」
春海の考える限り、氷室は誠実で真面目そうなタイプ。加えて、婚活の場ということもあり、少しでも相手に気分良くいてもらいたいと気を使っている様子が見受けられた。
その一方で、焼き鳥屋のように自分の知っている場所を紹介したいという、男性にありがちな自己顕示欲も持ち合わせている。
それならば、映画館に辰巳を連れて行くという選択肢があっても全く不思議ではない。
「それに、さっきの反応もあったように、ただでさえ契約違反をしている状態なんです。そこで家に連れ込もうとするのは気が引けたのではないんですか? 周囲の目があれば、それ以上は自分も辰巳さんも変なことはしないだろう、と」
「そ、その通りだよ。驚いたな、君は名探偵か、何かかい?」
「初歩的なことだよ、ワトソン君――――なんていうのは演劇のホームズしか口にしませんけどね。簡単な推理ですよ。何せ映画館なんて、この近辺はここしかありませんから」
駅一つ移動すれば商業施設内にある映画館も無いわけではないが、住居がここにある氷室ならば、こちらの方を選ぶ。そう春海は確信していた。
後は二人が出てくるのを息を潜めてじっと待つだけ。そして、誰もいない路地に入り込んだところで、変に情報が第三者にバレにくい状況だと思い、現場に踏み込んだのだ。
既に空人にも連絡済みで、後はその到着と処理を待つのみ。
「因みに氷室さん。辰巳さんからは、何か『普通じゃない』ことを聞いたり教えて貰ったりしてませんか?」
「普通じゃない、こと?」
「えぇ、普通に生きていれば絶対にあり得ないことです」
異世界や魔法、亜人について、それをもし知ってしまっていたら、何があってもそれを口外しないように口止めしなければならない。
「何が普通かはわからないけど……そちらの社長さんに婚活での内容は他言しないようにと注意を受けているから、今のところ誰かに話してはいないよ?」
「そ、そうですか。それは良かった」
最悪の事態だけは避けることができた。
もしも、何かの拍子に蛇の亜人が存在することが世間にバレてしまっていたら、大混乱が起きていたかもしれない。
二人が映画館から出てくる前に春海はSNSの検索ランキングやトレンドをチェックしていたが、そういった類のものは見られなかった。
「良かった? そんなわけないでしょ」
ただ辰巳だけは春海の登場にご立腹らしい。氷室の肩を掴んだまま、威嚇するかのように春海を睨んでいた。
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