ベランダのジュリエット
イングランドの劇作家ウィリアム・シェイクスピアによる戯曲『ロミオとジュリエット』(または『ロメオとジュリエット』、Romeo and Juliet )ほど有名な恋愛悲劇はないだろう。元は舞台作品だが、オペラになったり、バレエになったり、その映画化作品が何本も作られたり、と目にする機会は豊富だ。そればかりではない。オリジナル作品のみならず、翻案もまた有名なのだ。戦後のアメリカに舞台を移したのがミュージカル作品の『ウエスト・サイド・ストーリー』で、これは二回も映画化されている。『ロミオとジュリエット』はマンガ・アニメ・ゲームの題材にもなっているし、これからもなり続けることが確実だ。
そんな『ロミオとジュリエット』だが、ウィリアム・シェイクスピアの完全オリジナル作品ではない。先行する作品が幾つも存在する。直接の種本はアーサー・ブルックの物語詩『ロミウスとジュリエットの悲しい物語』(1562年、イギリス)だが、この本にも元ネタがある。マッテオ・バンデッロというイタリア人の書いた『小説集』に収録された作品が、それだ。
しかしマッテオ・バンデッロの物語にも参考となった作品があった。それが『ベランダの下のロミオたち』と呼ばれる作者不詳の恐怖小説である。この話は舞踏会で知り合ったロミオとジュリエットが恋に落ちるのは一緒だが、その後の展開が違う。二階のベランダに立ち「どうしてあなたはロミオなの?」と呟くジュリエットに応え地表からロミオを自称する謎の生物が奇怪な音を鳴り響かせて壁を這い上がってきたので、怖くなったジュリエットが油と松明を下へ落としたら怪物たちは這う這うの体で逃げ出した、となっている。
だが、そこで物語は終わらない。ベランダの屋根の上にも自称ロミオの群れがいてジュリエットに襲いかかったのである。幸い、本物のロミオが助けてくれなので彼女は難を逃れた……というのが、この『ベランダの下のロミオたち』が他のロミジュリ系ストーリーと異なる点だ。
マッテオ・バンデッロは、この部分をばっさりカットした。舞台をベランダからバルコニーへと変えてもいる。ウィリアム・シェイクスピアも、それを踏襲した。それは正しい選択だったと言えよう。
本日1968年の映画『ロミオとジュリエット』でジュリエットを演じたオリヴィア・ハッセーさんの訃報を聞いた。謹んでご冥福をお祈り申し上げる。