暗くなる前に帰るんやで?
「ほな見にきたらええやん、魔界。な、エリクス」
ここでようやくエリクスに話を振る。忠実にアクシャの命令を守っていたエリクスは、やっと口を開く事を許されて安渡した。
「そっすね。オレ達だって苦労が無い訳じゃないっすからね」
「ま、勿論あれよ。魔界見に来るんやったら、僕の部下が前提やけどな! そうやないと君、他の魔族に殺されるで? 僕らが好戦的なのは事実やし」
それも魔界では常識だ。聖族ほどの敵意は持っていないとはいえ、異界からの侵入となれば十分にあり得る話ではある。
(まあ無理に部下にせんでも、魔界で守るぐらいは出来るけどな)
「そんな話に乗るわけがないでしょう? やはり信用出来ません。この交渉は最初から決裂なのです」
当然だ、というようにヴェルディエルは顔を背けた。
段々と態度に緩みが見られ始める。敵意がないことを伝えたからも知れない。
「ハハ、別にええよ? 決裂なあ……? さっきも言うたけど、ショックやなぁ〜? 流石に傷付いたわぁ〜聖族怖いわぁ〜」
「魔族の言葉になど惑わされません! ふざけないでください!」
わざとらしく悲しんだ顔を作って見せたアクシャに、ヴェルディエルがまた噛み付く。
「もう怒るなって、わろてまうやん!」
「もう笑ってるんです!」
言いながら笑い続けるアクシャが、今度はエリクスを呼び寄せた。
「イヒヒヒ……ほんまおもろ、可愛いわぁ〜。エリクス、鍵一個持ってこい」
「はいっす……」
何故なのか察したエリクスがまた不服そうに従う。鍵を持ってくる間、アクシャはまた話しはじめた。
「今日は帰ってもええよ。戦うにしても、今の君は全力なんか出せんやん。この僕の討伐を言い渡されるぐらいや、君は聖界でもそこそこ強いんやろ? 戦うんやったら僕かて全力で迎え撃ちたい」
そこにエリクスが言われた通りに鍵を持ち、アクシャに寄越す。
「おお、すまんなエリクス。ベル、この鍵を持って帰れ」
受け取った鍵をヴェルディエルに向けた。
「……何の鍵ですか……」
態度が軟化したとはいえ、まだ警戒心はある。そんな聖族がその場で少し身を引いた。
「何って、この家の鍵や。聖界で回復したらまたここに来たらええ。いつもこの家に居るとは限らへんけど、その時は相手したるわ」
「……」
そう言われてヴェルディエルが、しかめ面のままではあるが素直に鍵を受け取る。
「武器も返したる。聖族ってこんな武器使うん? 人間もそうやけど、武器が無いと戦えんのは不便やなあ……」
「くっ……その言葉、次に来た時にどれ程の浅ましいものであったか思い知らせます……!」
アクシャに放り投げられた槍も受け取り、睨み返した。槍は昼間の光を受けて神々しい輝きを見せる。
「そうそう、さっきの紅茶、どやった?」
「えっ!?」
邪気など何もない笑顔の魔族が、未だ険しい顔の聖族に尋ねた。
「えっ、えと……うぅん……」
「フフッ」
答えあぐねている様子が面白かったので、つい吹き出してしまう。
「! またからかったんですね!? もう次に来たときは絶対に消し炭にします! 聖なる雷を降らせます!」
そう早口で捲し立てたヴェルディエルは、ドアを開けるや否や、パッと飛び立った。
「……何すか、あの聖族。王子に向かって無礼っすよ、無礼」
言ってエリクスが口を尖らせている。アクシャの聖族に対する態度もそうだが、エリクスも一般的な魔族と同様、あまり聖族の事を快くは思っていないのだ。
「まあ別にええやん、まだマシな方やであいつ」
実際そうだ。今まで向かってきた聖族達の中には、無言で背後から突き刺そうとしてきた者、話を遮って剣を振り下ろしてきた者、様々であった。全て死なない程度に恐怖させたりして聖界に帰した。
聖族を大っぴらに殺すと、魔界と聖界の大戦となってしまう可能性もあるためアクシャとしても殺すのは避けたい。
勿論、何人かは話に応じた者も居たが、結局は口答えでしか会話出来ず、最終的にアクシャに論破されて聖界に逃げ帰った者ばかり。
「王子は何でアイツを部下にしようとしたっすか。オレ、アイツと同僚なんて嫌っすよ。鍵まで渡して……戦うつもりもない癖にあんな事言って」
聖族が好きではないエリクスの感想ももっともではある。
「ふふ……どうせアイツは聖界から追い出されるからや」
「任務達成まで閉め出しっすか? そんなのほっとけば良いじゃないっすか」
エリクスの顔はかなり不満が募っている。自分達の居場所まで提供しようという自分の上司の意見が気に食わない。
「お前、今死ぬか?」
「……言いすぎたっす……申し訳ありません」
意見の合わない奴は殺す。それが魔族のしきたりだ。自分の代わりの部下など、どこからでも調達できる。
「……ええやろ、許したるわ。……あのな、今まで僕に名乗ったヤツが聖族の中で何人かおる」
アクシャがドアの鍵を閉めた。そしてゆっくりとまたソファへ向かい、腰掛ける。
「名乗らんかったヤツも、こっちから訊ねんかったヤツも居るけどな」
そしてポットに残った紅茶を自分のカップに全て注いだ。
「名前は全員“ヴェルディエル”。僕を倒す任務を与えられたヤツに付けられる名前や」