美味いもんの話でもしよや
「……こないだ君は「魔族と話す事はない」、って僕に言ったけどやな」
紅茶に口付けながらヴェルディエルを見やるアクシャは、紅茶のおかげで少々軟化しかけている彼女の態度を観察している。
「“対話もしない蛮族”がどっちなんか、よう考えてみたらええわ」
そう言いながらカップを置いた。
まだ時刻は昼前だ。今日の昼食はうどんの気分である。午前中から酒も紅茶も楽しんで、聖族とも話をするなど、今日は既にかなり充実していると言って良い。
「……私から何を知りたいのです……!」
当たり前だが、先ほどよりも軟化したとはいえ、まだこの聖族は魔族を信用し切ってはいない。
「別に、大した情報が欲しいわけじゃないよ? だって君の任務と名前が分かったし、今まで帰したはずの聖族達もどっかで消息不明や」
ヴェルディエルは黙ってアクシャの手の中で遊ばれるカップを見た。どの方向も美しい模様が入っており、目の前の男はそれを楽しんでいるようにも見える。
「大体20年ぐらいで新しい聖族が人間界に居る時の僕に派遣される。君で25人目……500年、聖界は同じ事を繰り返して何の進展もない。今はこれ以上、この話に興味はないかな」
そこまで言って、アクシャはヴェルディエルを再度見据えた。
「アクシャ王子、貴方が先人達を殺していない、今はその証明など出来ません。つまり信用出来ません。このままであれば、私もその先人達に名を連ねるものと思っています」
ヴェルディエルもアクシャの目を見る。その瞳には、まだ強く正義の炎が揺らめいているように見えた。
「……アーッハッハ! つまり、僕と戦ったら負ける、でええね? 素直でよろしいわ! 結構可愛いやん!!」
真剣な顔をしたヴェルディエルの前で手を叩きながら大笑いするアクシャに、また腹が立ってきたヴェルディエルがさらに噛み付く。
「何がおかしいのです!」
そう噛み付かれると、余計にアクシャが笑う。基本的に彼は起こっている人を見ると面白いと感じるのだ。
「イッヒッヒ……! あーおもろ。というかそんな話聞きたい訳じゃないし、もうちょっとゆるい話聞きたいねんて、プクク……」
まだ笑いが収まらないアクシャが肩を震わせながら、改めて目の前の聖族に質問した。
因みにそのヴェルディエルは怒りで肩が震えている。
「ベル、君は何か好きな食いもんある?」
「……はぁ!?」
ヴェルディエルの目がまん丸に見開かれた。
「そ、そんな事を聞いてどうするのです!? 私はあなたの敵ですよ!?」
そう言ってもう一度怒りかけるが、それをアクシャが手で制する。また笑ってしまうからだ。
「君はそう思っとるかもやけど、僕は別に聖族の事嫌いやないよ? 信じてくれんでもええけど、まあそれはそれでショックかな? ええやん、好きな食いもんきくぐらい」
言いながらまだちょっと口の端にニヤつきが残っているため、紅茶を飲みながら誤魔化す。
「ほんで? 何か好きなもんある?」
もう一度。同じ質問を繰り返した。
「……いえ、特にありません」
努めて冷静に質問に答える。
「マジで!? えっ何か聖界って結構食いもんなかった? 甘ーいフワフワした果物とか、何か色々あったと思うんやけど……」
アクシャが驚きを隠せない様子でヴェルディエルに話す。
だが、正直アクシャは上手く隠している。
ヴェルディエルに好物が無いかもしれないのは承知で、先ほどの質問を振ったのだ。
それは何故か。
アクシャは知っているのだ。聖界は魔界と違って人間の喜びや幸せなど、正の感情をエネルギーとしている。
そして魔界が負のエネルギー過多に悩まされているなら、逆に聖界の悩みは正のエネルギー不足。
つまり、聖界が深刻なエネルギー不足で食物もまともに得にくい環境となっているのは想像に難しくなく、加えて魔族よりも短命な聖族は長く生きても2000年強。
エネルギーバランスが変動したのはここ2000年の話であり、見た目的に500年ほどしか生きていないであろうヴェルディエルは、荒廃した聖界しか知らないのだ。
「そのような物……私は本や話、絵でしか知りません。魔界はさぞ素晴らしい所でしょうね、聖界と違って」
そう答えたヴェルディエルはまたアクシャを睨みつけた。
思惑通り。
そしてアクシャはとびきりの笑顔を見せた。