68:教官は触手が生えるお兄さん
今回はサイスがメインです
「はあーーーーーー……」
長い溜め息を吐いた。
白く長い髪が浅黒い梅鼠の肌にサラサラと溢れる。
サイスが5人の聖族兵を前に立った。
「確か……貴様らは私が魔族だと知っている者達だったな」
腕を組んで話す。サイスが魔族だとは一般的にはバラされていない。知っているのはミカエルの周囲にいる極一部だ。魔族が居た事は事件として知っている者もいるが、先述の一部を除いて死んだ事にされている。
兵士の1人が睨みながら口を開いた。
「ミカエル様が止めなければ、お前なんか俺たちで倒しているところだ、この化け物!」
当然のセリフである。
ただでさえ憎い魔族なのに、20人を超える聖族がこのサイスに喰われたのだ。より強い憎しみを持っていても不思議ではない。
「ほう、化け物か……それが罵りとは心外だよ、化けることも出来ない僻みかね?」
そう、このサイスは遥か昔に喰らった聖族……エルヴィエルに化けて過ごしていた。翼こそエルヴィエルの翼をしているが、今目にしている姿が彼自身の固有の姿らしい。
黒い衣を纏って赤い帯を肩から掛けた異質な衣装だが、静かに佇む姿は端正ではある。
変わった輪を付けてはいるが、立っている彼は一見魔族だとは思えない。
「まあ良い。ミカエルから聞いているな? 今日は私が貴様らの相手をしてやる……特別にな」
サイスが面倒そうな顔で片手をひらひらとさせた。
聖族らには、ミカエルが何故このサイスを庇い立てるのか分からない。どうやって喰ったのかは分からないが、さっさと殺してしまえば良いものを。
勿論、あの憎き魔王子アクシャから、好きにしろと言われてミカエルが受け取ったのは知っているが、好きにして良いのなら罪人として痛めつければ良い。
それが合法的に認められた今回は好機と言えよう。
「“様”を付けろ、“様”を!」
兵士が敬愛する幼きミカエルを思って声を荒げたが、サイスは何食わぬ顔だ。
「それ程好きなら貴様が付けてやれば良いと思うのだがね?」
完全に舐められている。
白く広い屋内の練習場に集められた5名の兵士。皆、ミカエルが指名する程には優秀な者達だ。槍を持って並んでいる。
今日のサイスの仕事はコイツらの訓練。
ミカエルが小うるさいサイスから、ちょっとの間距離を置こうとした結果がこれである。流石にその魂胆はバレているため、サイスとしてはこの仕事も適当に痛めつけて終わりたいところだ。
「さっさとそのくだらん棒を構えろ、本物の魔族と戦う機会などそうは無い……私に傷一つでも付けられたら褒められたものだよ」
そう言って背から10本の青い触手を生やした。翼が変形して出来たそれぞれの先端には爪が付いており、毒液が滲んでいる。
「うっ……な……」
兵士達がその異形の姿に怯む。
水妖族は近接すると急に変形して敵を捕食する種族だ。突然姿を変えるため、魔族でも戦場で相対したいとは思われない。
その姿に反して補助魔法が得意なため、後方支援として軍に欲しがる魔族は多い。また、その喰った者に擬態する能力をスパイとして欲しがる魔族もいる。
「どうしたのかね? 私の威容に怯むのは仕方ないが、魔族は皆こんなものだぞ? 触手程度で下がるな…………さっさと来い!!!!!! イライラさせるな!!!!!!」
サイスの声に空気がビリビリと震える。
急な異形への変貌と怒声の音量に戸惑いを隠せない聖族の1人が、一瞬で伸びてきた触手に巻かれ放り投げられる。落ちたそいつの周囲を、他の触手が突き刺した。
「ひ……」
触手の毒爪が掠ったらしい。投げられた聖族の、腕の一部がみるみる黒ずんでいく。身体が痺れるのだろう、もう立てないようだ。後で治してやらねばならない。ここで1人が終了だ。
「くだらん! 下級の魔族でももっと勇敢だぞ! そんな程度でよくぞ上級の私を倒すと言ったな!!」
正直、聖界でも強いとされる上位のミカエルでも、サイスから見ればその辺の上級魔族を3人倒せれば良いところ。
それ自体は仕方ない……聖界はエネルギーが少ない上、魔族のように戦いに戦いを重ねて喜びを得る生き物ではないからだ。
アクシャが言うように、人間への変化を始めているのだとしても弱過ぎるのは不思議だが。
かつて魔王子の名に恥じぬよう水妖の掟に従って兄弟を殺し、血反吐を吐く程の鍛錬を積み、一族の王子たるに相応しい力を付けたサイスにとって、強かろうと名も無い聖族など赤子同然。
「真面目にやれ!!」
一括するとようやくやる気になったらしい。槍を持った4人が一斉に走って向かって来た。
正直、全員触手で絡め取れば終わるのだが、それでは訓練にならない。
「くそっ、この魔族野郎!!」
1人が突き出した槍にわざと刺さるが。
「問題ない。変形が可能な魔族、刺されても瞬時に治る魔族、幾らでもいる」
腹部に刺さった槍へと触手を作って這わせ、一瞬で相手の腕に絡みつく。そのまま触手で少し力を加えれば良い。
「わっ、わああ!!」
絡みつく触手に恐怖の色を滲ませるも遅い。
ベギ。
「ぎゃぁぁぁぁ!!!! ああああ、腕がああああ!!!!」
槍を突き出していた兵士の右腕から軋むように折れる音がした。
「ああ、折れたな。たかが一本で喚くな、普通はまだ戦える」
いまだ叫ぶ兵士を絡め取り、練習場の脇に置く。
「いいか、お前達。私は近ければこうする。喰われなくて良かったな。聖族程度が魔族である私に近距離で挑むからだ」
「ひ……くそっ……!」
魔界での戦なら水妖族に近付き過ぎると喰われてしまう、などは常識だ。逆に喰うために近付いてくる水妖も居る。そうでなくとも対魔族を謳うのであれば、打たれ弱い聖族が魔族に近距離戦を挑んではいけない。
勿論、ベル……ヴェルディエルを訓練していた時も同じような事を教えたのだが、彼女は体術の方が得意なようで遠距離攻撃としての魔法などはあまり教えてやれなかった。
少し昔の事を思い出していると、残った兵士が魔法を放つために呪文を唱えている。
「長いな」
それも一気に距離を詰めて1人はたく。はたいた程度だが、地面に叩き付けられて気絶してしまった。
そこに他の2人がサイス目掛けて炎球を放ってきたが、それも背中の触手数本で払って掻き消す。
「初手で悠長に呪文なんか詠んでいるから詰められる。聖族の呪文は長ったらしいのだよ」
言いながらサイスも聖力魔法で同じ魔法を返し、1人の足元に当てた。特に詠唱はしていない。魔族魔法の応用で聖族の魔法も同様に短縮出来る。
「いいかね、如何に聖界が実戦を積んでいなかろうと、コレで上級とは酷い。これでは魔族を倒すなど夢にも程があるぞ」
そして背中の触手で残った2人を素早く纏めて巻き取り、締め上げた。わざとミシミシ音がするように触手をずらしながら力を込める。
「お、折れる……!」
「息が……」
口々に呻く聖族達を見て、サイスは頭を抑えながらまた溜め息を吐いた。
「はああーーーー……こんな体たらくで訓練も何もあったもんじゃない! お前らが憎んでやまないアクシャがどうだか知っているのか? アイツが笑って手を叩くだけでお前らなぞ全員死ぬんだぞ?」
サイスはアクシャに適当に倒された事がある。それも、2回だ。
ならば、サイスに勝てない聖族なんかを幾ら訓練して束にしたとて、アクシャには敵うまい。
しかしサイスを預かったミカエルの命令だ。最近訓練が足りて無いので、鍛えろとの事。
実際に魔族を前にして戦う事などは無いだろうが、彼らのやる気を出させるには“魔族”を利用した方が良いだろう。
(聖族同士、もあり得ん話ではないしな)
ミカエルが他の上位2階級らから意見を聞かれなかった件に関しても、準備をするに越したことは無い。
「とにかく、貴様らは魔法ぐらいまともに扱えるようになるのだよ! 分からなければ訊け!! 私の動きにいちいち戸惑うな、動け!! くだらん遊びに付き合わせるな、運動にもならん!!」
そこまで言って触手を緩め、解放する。
毒を喰らった兵士と、腕が折れた兵士を拾って担ぎ上げ、その場を後にした。
右の小脇に1人抱え、左の肩に1人担いだサイスを見たミカエルは驚いて口を開けたまま見てしまった。
「何ですか、それぇ……」
「お前が強いと言っていたオモチャだよ。手加減してもすぐ壊れるではないか。後でお前も説教してやるからな」
苛立ちながら吐き捨て、最近あてがわれた自分の部屋に行く。コイツらの治療をしなければならない。
聖族共に治療をさせれば良いのだろうが、サイスの毒を解毒出来る者は居ないし、聖族の治癒魔法は遅い。その分治療にあたる者の時間も取られる。
「はあ……本当にくだらん世界だよ……」
それでも500年はここで暮らしているのだが。
サイスはまた溜め息を吐いた。




