67:親父は苦手やねん……
破魔王ザイード。
破魔族の王であり、現魔王。そしてアクシャの父。
大きな体躯に強い力。凶暴な性格の破魔族の中で最も強いとされる男。
「困るわ、そんなん来るて。親父、この城の玄関ぐらいしか通られへんやん」
アクシャの身長は一般的な人間の男性よりも低い。下手すれば女性よりも低い……何なら自身の妹達よりも低いのだが、そんな小柄な彼が息子だとは思えない程に破魔王は巨躯である。
報せにきた単眼の魔族兵が困ったようにアクシャを見た。
「は……しかし、いつも唐突ですね……」
「そりゃあ……僕が親父の手紙大体無視しとるからな。軍事的なものは見とるけど、飯食おうとかは無視しとる……嫌やなあ」
アクシャも困ったように兵士を見る。
手紙を無視されている王が、急に城に来るのはよくある事のようだ。連絡が取れないなら直接出向こうという訳だ。
「僕、親父の距離の詰め方嫌やねん……ていうか気配近い、もう来とるで」
ボヤきながらも強大な魔王の気配を察知し、アクシャが眉間の皺を深くした。
「おおーーーーーー! 息子よ、また大きくなったか!? 嫁は見つからんのか、ガーーーーーーッハッハッハッハッハ!!!!」
3mはあろう身体に燃えるような赤い髪が鬣のようになびく。上半身は衣を纏わず、その筋骨隆々とした浅黒い肌をコレでもかと見せていた。黒く大きな翼は羽ばたきだけで周囲を破壊しそうである。尾も太く、筋肉質だ。はたかれるだけで死ぬかもしれない。
なかなかの美丈夫で、いかにも“魔王”の出立ちだ。
後ろに何人かの破魔族を従えている。
そしてその体躯で高笑いをあげている様子は、大きさこそ違えどアクシャそっくりである。
「ホンマ大きなお世話。デカいん顔だけにしてくれん、喧嘩売りに来たんか? 買うで」
そんな巨体の父親の前で、ちょこんと立っている息子アクシャはジト目で父を見上げ、面倒くさそうに毒を吐いた。
「そんで何の用よ」
「おおーーーーーー、そんなに怒るな、すまないすまない……いや何、近くまで破壊したからお前の顔を見ようと思ってな? おお、おお……いつ見ても母にそっくりだのう、美しいわい……機嫌の悪そうな顔もそっくりじゃ」
父王が巨躯をしゃがませてアクシャの顔を覗き込む。
アクシャの顔は母親似らしい、それを見てニコニコしている。
「気ぃ済んだか? 僕寝るで」
「うおお、もう少しだけ良いではないか、ほれ! 手土産もあるぞ、お前はコレが好きだったろう? 可愛い息子に土産ぐらい用意しとるわい!」
そう言うと、王が従えた破魔族の1人……こちらもなかなかの巨体を誇るが、その男が小さな袋を出して見せた。
アクシャは受け取りもせず、視線で(これ何?)と訊いている。それに気付いたその破魔族の戦士が牙の並んだ口を開いた。
「今日、戦をして参りました。こちらは戦相手に居た蛇牙族の心臓でございます。王子は魔族の心の臓がお好きでしたね? まだ動いておりますよ」
「アクシャよ、お前が気難しいのは承知だが、ワシに取っては可愛い可愛い小さな息子……たまには少し話をせんか?」
確かに、アクシャは魔族の心臓が好物ではある。幾つか入ったそれを見てふむ……と考えたアクシャが難しそうに口を開いた。
「んん……中は無理。外やったらええよ」
その程度でも珍しい事である。
程なくして、庭の隅にある広場でアクシャとアコードが破魔王ザイードの前に座った。
ザイードは座っても大きい。
アクシャは先程まで食べていた妖血虫をつまみながらふわりと浮いて宙に座っている。あまり気が乗らない顔だ。
アクトは破壊活動に出掛けているため、本日は不在である。
アコードが父に挨拶をした。
「お父様、ご機嫌麗しゅう! お越し頂いて何よりですわ、何でも本日は戦をしたとか……ご苦労様でございますわ!」
「うむうむ、アコードにも捕虜を連れてきてやったからな、特別根性の悪い者を選んでおる!」
「まぁぁ! 研究が捗りますわぁ! アーーーーーーッハッハッハッハッハ!!!!」
末娘の高笑いを聞き、ザイードがにこにことしながら自身の子ども達を見た。その笑顔は姿に似合わず、温和だ。
破魔族はアクシャ、アクト、アコードの父方の一族。
大きな体躯を誇り、凶暴さを全面に押し出し、魔法もあまり使わず戦場を暴力で蹂躙する。
一方で、同族や同じ軍の者には大層温和に接し、家族を大切にする一族だ……淫魔の混血である破魔王の子らには少々厳しい声もあるが、然程問題ではない。
アクトやアコードも破魔族として育ったためか、家族に対する愛情は深い。特にアクトは破魔の血が濃いようで、女性ながらに長身、魔法よりも物理が得意、尖った歯牙などは破魔の特徴と言える。
アクシャも自身の軍であれば大切にはする。家族にあまり興味が無いのは淫魔の血の影響だろう。淫魔は同族に関心を持たない。
「そんで? 親父、マジで僕らの顔見にきただけか?」
「ガッハッハ! まぁそんなに邪険にするな!」
魔王が笑いながらふわふわ浮いている小さな息子を見る。この息子の気質は扱いづらい。
「最近はどうだ、人間界は楽しいか? そう言えばお前、聖族を部下にしたと聞いたぞ、どんな奴だ?」
「人間界はまぁまぁ。聖族は……犬みたいな奴や」
ベルを思い出しながら口にする。ベルは良くも悪くも大型犬のような人物だ。猫のように気まぐれなエリクスとは違い、アクシャに懐きついて回る様子は完全に犬である。
「その関わりで、聖界に魔族紛れ込んどるの見つけたで」
これはサイスの事だ。
「うむ? そんな事もあるのか、珍しいな? そんな物好きがおったのか? そうだお前、そう言えば聖界にちょっかいを掛けられているんだったな。弱い者いじめはしてはならんぞ?」
「するかいや。ちょっかいの原因はその魔族やったで、どついて降したったわ。今ミカエルに預けとるよ」
言ってモグモグと虫を食べている。顔が良いだけに絵面が最悪だ。
「おお、交流したのか! どうだ、ミカエルは元気だったか? あの少年は実に利口だったなあ!!」
「親父の知っとるミカエルはとうに死んどるわ。今はちっさい女の子やで」
「そうかそうか、聖族は寿命が短いんだったな」
魔王がうんうんと何か勝手に納得して頷く。話題は何でも良い、普段家族と馴れ合わない息子と話せるのが嬉しいのだ。
そして急にズイっとアクシャに顔を寄せ、アクシャは宙に浮いたまま仰け反った。
「それでだ、アクシャよ! 久々に父と食事はどうだ? アクトやアコードは来てくれるが、お前だけが来ん……」
アクシャがぷかぷかと浮いたまま後退していく。どうもこの誘いが嫌なようだ。
「無理、僕、人間界帰るもん」
「まあそう言うな、久々だぞ? 美味い心臓も出してやるぞ?」
「いや……僕、可愛い〜部下置いてきとるから帰るで」
「エリクスか? 聖族か?ならそいつらも呼ぶが良い!」
「ええ? 僕、今日1人が良い……」
「部下の所に帰るのにか? そう言わずに、たまには父と語らいをだな……」
ああ言えばこう言うの繰り返しでザイードがアクシャに詰め寄る。それがやはり嫌なのだろう、アクシャはふわっと浮いたまま宙に黒いゲートを開いた。
「んあ〜もう! 僕今日怠いねんて、しつこい! ゆっくりしたかったのに! もう! 僕帰るもん!」
なんと、子どものようなセリフを残してゲートにヒラリと入ってしまった。
後に残されたのは魔王ザイードとアコードのみ。
「まあお兄様ったら……今日は居てくださるのかと思いましたのに」
アコードがまたかとばかりに小首を傾げる。
ザイードも軽く肩を落とした。
「おお……我が王子よ……もう何年食事を共にしてないやら。強いと言うに、我も強いわい……」
家族の団欒が苦手故、アクシャはこの家族愛の強い父のベタベタした誘いがずっと嫌である。
妹達も構って欲しいと思っているが、同じ淫魔の混血であるため何となく兄の理解をしてはいる。
だが父は破魔の純血であり、やはり可愛い息子と時間を共にしたいのだ。
そうしてしつこく誘うが、結果は大体コレである。
「なんと……アクシャよ……!」
今回も失敗したザイードはガックリしながら、アコードに慰められた。
「お父様も、そう気を落とさずに、お姉様とアタクシと一緒にお食事しましょ!」
「うむぅ……おぉん……」
そしてここは人間界。アクシャの家だ。
リビングにゲートが出来て、そこにアクシャがふよふよと浮いて出てくる。腕には妖血虫の入った器が抱えられたままだが。
それをエリクスとベルが迎えた。
「あれ? 王子早いっすね? 帰るの夕方ぐらいかと思ったっすよ」
「おかえりなさいー!」
見れば2人は昼食にピザでも食べよう!となったのだろう。ピザのチラシを見ている。
「うん……そのつもりやってんけど……」
げんなりしたアクシャの顔を見たエリクスが何となく察する。ああ、魔王かと。
「何かお疲れっす! ちょと昼過ぎたけど、これからピザ頼むっすよ、王子も食べるっすか?」
「ピザ初めてなので楽しみですーっ!! フルーツもありますよ!」
キャッキャと笑う部下2人。フルーツはベルが雑に切った物だろう。
それを見たアクシャが何となく、ホッとするのだった。
「ほな……僕、アスパラベーコン……小さいんでええよ……果物はええかな……」
疲れた魔王子の声が人間界で霞んでいった。




