★番外編1-3 魔王子の若かりし頃
ある日、地下牢に轟音が響いた。ミシミシと石の壁が揺れ、兵士達が慌てて走っていく。
「何があったんだ!?」
「晶魔姫だ!!」
「真魔になって暴れ始めたらしい!!」
それを聞いたルガルは、適当にしか返されていなかった己の主人の事を聞いて喜ばしく思った。
真魔……上級魔族の一部が扱える、その魔族本来の姿。
それで暴れたという事は、ここから脱出出来る可能性が出たという事だ。
轟音が長く続き、ルガルの捕まっている牢ももはや限界となってきた。
しばらくして遂に壁が崩れ落ちる。
(さすが、さすが姫様!)
これで自分も逃げられるかもしれない。
逃げ切って姫と新しい軍を作ろう。そうすれば少しは安泰だ。
壁が落ちたところから、更に下の階層が見える。そこから姫の姿を確認出来た。
声を掛けようと、少し首を伸ばす。すると、もう一つ見慣れた姿も見えた。
(あ、アイツ……アクシャめ……!!)
アクシャが晶魔姫に対する位置に立っており、睨み付けていた。
「もー、暴れたらあかんやん! 殺さずに生かしといてやってんねんで、大人しくしいや!」
声を張り上げているが、犬を宥めるかのような口振りだ。完全に舐め腐っている。
「お黙りなさい! 混血の王子ごときが、晶魔の姫である私をここまで侮辱した罪は重いですよ!! ずっと魔石の力を溜め込み続けた甲斐があったというものです、覚悟なさい!! お父様の意思を継いで戦います!!」
姫がそう言うと、アクシャもそれに答えた。
「あんなアホの策を継ぐ!? アホも休み休み言えや、破壊に勝る策はどう考えても無いやろ!!」
「では……意見はやはり違えたままです……ねっ!!」
魔族のしきたりである戦闘前の話し合いは、簡単だがこれで形式上は済んだことになる。それと同時に真魔となった晶魔姫が、全身に増えた魔石を輝かせながら魔法を放った。
魔石で増幅された熱線がアクシャを焼く。
しかし、それを障壁で防いだようだ。魔王子は無事だった。
「なんか思ったより強いな。魔石のせいか……」
ご都合魔法も使う暇が無く、間に合わせの障壁が溶けてアクシャの手を少し焼いた。防ぎ切れていない。
「王子! 王子も真魔に!」
「アクシャ様!!」
周囲の兵士達が声援を送る。しかしアクシャの顔は少し苦い表情だった。
「真魔なぁ……」
そんなぼやきを晶魔姫も聞き逃していなかったようで、魔石を更に増やしながら嘲笑う。
「あらぁ! あの破魔王の御子息が、真魔にもならないなんて! よっぽど下手なんですね! オホホホ!!」
晶魔姫が笑うと体表の魔石がキラキラと輝き、目障りだった。
「王子!! こんなヤツ、王子の真魔で!!」
兵士の声がアクシャの耳に届いた。
あまり真魔になりたいものではない。本来の姿とはいえ、アレは苦手だ。
だが、部下達はアクシャの心中など知らず、声援を送り続けている。
「……しゃーないなあー、お前ら! 口も鼻も塞げ! 離れていつでも逃げれるようにせえ!」
部下のためだ。観念した。そして魔力を身体に巡らせる。
途端に骨が変わる。肉がそれに合わせて作られる。髪を分けてもう一対のツノが生え、翼が太く腕のように変形した。
皮膚が暗い灰色になり、その下から皮膚を破って紅と白の花が咲き始める。花は咲いては散り、強い香りを放った。
「うう……もー……好きやないねん、これ……大丈夫か」
アクシャが破魔の血による暴力に身を任せそうになる。淫魔の血による誘引の香りを花から放出しながら。
背が高くなったアクシャの姿は、異形ながらも花が咲いて妖艶。それとは裏腹に背に生えた翼腕は禍々しい。太くしなやかな尾の先には大きな蕾が付いていた。
「なっ、何の匂いですか……こ……れ……」
晶魔姫がその香りを吸引してしまう。途端に彼女の身体から力が抜け、魔石も輝きを失った。
「これ……この花……嗅いだやつの殆どが……僕にメロメロになんねん……けど……」
アクシャが頭を抱えながら自身の動きを、破壊したい衝動を抑制する。どうもかなりの集中が必要なようだ。
破魔と淫魔の混血であるアクシャの真魔は、それぞれの強い力を持っているが……理性を維持出来ない欠点がある。
敵味方問わず戦場を破壊してしまう事は正直どうでもいい。巻き込まれて死ぬのは、弱いのが悪い。それよりも元より理性を大切にしている彼は自身の真魔が好きではないのだ。
今回は少し乗せられてしまった。
晶魔姫がフラフラとアクシャに近寄ってくる。誘引されて意識も朧げになったらしい。
「こ……婚姻しようとい、言ったじゃありま……せんか……」
最初に追い詰めた時の提案……もとい命乞い。
「うるさいな……」
それを聞いても、アクシャは暴れ出さないように自身を抑えるのに精一杯だ。
アクシャに口や鼻を塞げと言われたのに従わなかった魔族の兵士も何人か居るようで、瓦礫の陰や通路の奥からフラフラとアクシャに近寄ってきた。
誘引する性別は関係ないらしい。
「あーもう、もう無理かも……」
抑制にも限界が来たらしいアクシャの翼腕がパッと動いた。
まずは晶魔姫。
頭を掴んで引き寄せ、圧倒的な力で砕いて殴る。それだけで絶命する。
フラフラと近付いてきた兵士も同様に殴り付け、壁も、床も、打ち付けて粉々にする。
暴れ出したら止まらなかった。敵味方関係なく香りで自身に引き寄せ、完全な暴力で屠る。
意識の隅では(あー失敗した……いつ止まるかな……)と考えながら、自身の目に映る景色を眺めた。
尾を打ち壁を壊した、その時。
ルガルが捕まっていた牢獄が更に壊れた。瓦礫と共にルガルが落ちてくる。
一部始終を壊れた壁から見ていたルガルが怯えた声で四肢を動かす。
(なんだい、あんなの……あんなの勝てるわけ……逃げ、逃げないと)
幸いにも衝撃で枷が壊れたらしい。外れて手足は自由だ。
「ル……」
ルガルを視認したアクシャが動きを止める。瞬間、必死に抑制を掛けて声を絞り出した。
「匂いを……嗅ぐな……」
だが、それは遅かった。
ルガルが一瞬脱力して、今度はゆっくり立ち上がる。
そしてフラつきながらアクシャの元へと近寄って来た。
「あっかんて……はよどっか……行き」
そんな声もルガルには届いていない。
ゆっくりと近付いてくる。
四肢、翼腕、尻尾、全てが衝動で動き出しそうになる。それを汗を浮かべて必死に止める。
「あかん……殺してまうで……」
遂に間近になる。真魔となって彼女を見下ろす形で、額から顎を伝い落ちたアクシャの汗がルガルの目元を濡らす。
「なんだい、アンタ……意外と良い男なんだね」
静かにそう聞こえたすぐ、乾いた柔らかい感触が唇に触れた。
「あ」
それも束の間の事で、アクシャが気付いた時には、彼女の頭と、彼女の中身が両手に溢れた。
翼腕が細くなり、視界が低くなり、肌が日焼けた色に戻る。
衝動も収まる。
アクシャが両手いっぱいに誰かの中身と、緑色の魔石で出来たツノが生えた……毎日見に通った頭を抱えて立ち尽くした。
「あーあ……僕、失恋やん……」
「アクシャ様、素敵なお衣装ですね〜!」
ベルがアクシャの魔界での服を見て感嘆の声を漏らす。
「まー王子様やからな」
「いつも付けてるそのブローチも綺麗です! 緑色で素敵!」
そう言ってベルは胸元のブローチを指差した。
「ええやろ〜? 昔好きだった女のな」
ニコッと笑うアクシャの笑顔はいつも通りだ。
「ええっ!? アクシャ様にそんな方が居たのですか!? 今はどうしてるんです??」
驚いたベルが身を乗り出してきた。好奇心丸出しだ。無邪気に続きを聞きたがる。
「ん? フフ……死んだ。僕が殺したんやけどね」
「ひぇ……」
少しだけ昔の事を思い出した。




