64:話するんやったら酒要るよな!
女子達はスヤスヤと眠っている。ベルの部屋でベルとミカエルが眠っているのだが、彼女の部屋は元々客室であったため1階であり、リビングに近いので魔族の男共は2階のアクシャの部屋に来ていた。
時間は23時。
「そんでよ」
アクシャが口火を切る。
「何から話す?」
そうは言うものの、今日だけで積もる話がありすぎるのだ。何から話せば良いか分からない。
エリクスとサイスが考えている前ではアクシャがドボドボと酒をジョッキに注いでいる。注いでいるのは日本酒だが、ジョッキに注ぐと風情も何もあったものではない。
巨大な紙パックに入った日本酒を、もう一つのジョッキにも注ぐ。
エリクスは何となく想像がついていた。自分用に茶を淹れてきていて正解だ。
「はい」
サラッとジョッキをサイスに渡すアクシャ。当然だが、サイスは少し身を反らした。
「……酒という物は聞いたことがある。だが口にしたことはない」
「美味いよ?」
それでも不審そうな目でアクシャを睨んでおり、手を付ける様子はない。そんな様子をエリクスが眺めて、少し口を開いた。
「人間がよく飲んでる毒っすね」
猫目の少年がそう言うと、少しサイスの表情が変わった。
「毒か……そう言われると少し興味はあるな……」
ジョッキの中の液体を覗き込み、少し匂いを嗅いでいる。そんな水妖の様子を見たアクシャがポツっと漏らした。
「お前、意外と表情コロコロ変わるなぁ……」
「やっ、やかましい!」
サイスは怒り出しながらもジョッキを持ち、その“毒”に少し口を付ける。
舌に乗せて味を確かめているが、顔は不機嫌そうだ。
「どない?」
アクシャが感想を求めるとサイスが薄い唇を開いた。
「……ま、まあ悪くはない」
「なあんやー! ほな良かった! 飲も飲も」
悪くない。つまり、結構好みだと言うことだ。それを理解したアクシャがニパッと笑いながら自分も酒を煽った。
「で、よ。話す事いっぱいあるやん? まず気になった事出そ」
アクシャがエリクスとサイスを促す。
単に遊園地に行くだけのはずが、それだけで終わらなかったのだ。今話して情報の共有をしなければならない。
それはまずエリクスが口を開いた。
「聖族が空飛んでたっすけど、あれは別に護衛でも居たっすか? オレ達にそういうヤツが来るとかの連絡無かったっすけど」
これはサイスが知っているかどうかの確認だ。だが、アクシャと現地で行ったやり取りでは、サイスも知らないようだった。
「護衛は私だけだ。ミカエルの指名や許可が無ければミカエル陣営の者は出てこられない。少なくとも、私が居る範囲では見かけた事がない者だ」
正直に話す。そこにアクシャも入った。
「僕に不可視の障壁の強化をさせたな。それもあってやろ?」
「ああ。人間界に行くことを快く思っていない聖族は多い。お前を始末する意向を示していた他の上位2階級の聖族……そいつらがミカエルを狙っている可能性も考慮した」
ミカエルが障壁を掛けられている事に対する本人からの反対も無かった。彼女自身もその可能性を分かっていたのだろう。
「何か探してる感じではあったけど、見えてへんからスルーしてったんやろなあ……しかしあの場で見つけたとして、取れる行動って監視ぐらいしか無いやん」
「そっすね。戦う訳にいかないっすもんね。最初は付いてきたりしてたんすか?」
エリクスが冷えた茶を啜りながら疑問を口にした。サイスも答えるが、首を捻りながらの回答だ。
「いや? 遊園地とやらに着いてから見掛けたのだ。そもそもミカエルは聖族としては強者……あんな見た事も無いような下位の聖族には早々負けんし……しかし監視ならもっと早い段階で着いてきているだろう……」
結局、監視の線以外は浮かばないが、それにしても納得は行かないようだ。それはアクシャも同じである。
「何かミカエル本人の方が分かりそうやな」
聖界に住むサイスですら首を捻っているのだ。魔族であるアクシャ達が考えても分からないかも知れない。
それに、別に聖界の内部事情自体はアクシャにとってはどうでもいいのだ。単にミカエルを預かった身として、やや不快だっただけの話だ。
そう思っておくことで、この問題は取り敢えず置いておく。
「まあ……別に今僕らが解決する事ちゃうしな」
言いながらジョッキ中身を飲み干す。なかなか水のように飲みやすい日本酒だ。
「そっすねー」
「クソッ、貴様ら私が聖界に居るのを知っている癖に。監視だとしたら貴様らも目を付けられているのだぞ」
アクシャやエリクスが急に放り投げたため、サイスもグチグチと溢しながら酒に口を付ける。
酒は意外と気に入ったようで、彼のジョッキも空になりそうだった。
「そうやとしたら、サイスが1番危ないやん。頑張ってな、何か知らんけど」
「だから!! そう言っているのだよ!!」
サイスが怒り始めた辺りで、アクシャが笑いながら「まあまあ! アハハ!」とサイスのジョッキに新たな酒を注いだ。
やはり他人の怒っている姿は好きらしい。
「ミカエルが泣いた事はどうするんすか?」
エリクスがまた新たな話をし始める。これはアクシャもサイスも、正直なところ聖族の監視云々よりも気になっていたことだ。
「せやな……必死になって誤魔化したけど……」
「エネルギーを吸ったからと言って、そのエネルギーの素になった感情に記憶が付随する事などは無いからな……」
アクシャとサイス、それぞれが事実を言う。
遊園地のメリーゴーランドを前にして泣き始めてしまったミカエル。それを必死に宥めた2人は「帰りたくないという思い出も受け取ったんじゃないか?」という旨の嘘を吐いた。
「苦し紛れすぎるっすけど、それじゃあ聖族が負の感情も吸ったようになるっすよね」
エリクスが痛いところを突いてくるが、そこはアクシャが更に打球を返した。
「知らんもんは知らん。ただの推測やし、そんなもんは“知らんけど”が通用する」
横でうんうんと頷くサイス。誤魔化せるものは適当に濁しておくのが良い。便利な言葉だ、“知らんけど”。
「ほんと意外と仲良いっすよね、2人」
「せやろ?」
「何だと!?」
それぞれが適当な言葉を発した後、改めて考える。
「何か、昔話みたいなのあったっすよね」
「……ああ、私も聞いたことはあるが。昔は魔界、聖界、人間界の隔てがなく、1つの世界だったという話だろう?」
「それっす」
アクシャが酒を飲みながら2人を眺めた。
「全ての種族が魔法を扱えていた時代があり、そのエネルギーを生み出す宝玉を人間が独り占めしようとしたとか何とか、だったな。それがどうした」
「結局奪い合いで宝玉が3つに割れたらしいっすね。それで世界も魔界、人間界、聖界に分かれて、人間は事件の発端になった罰として、割れた宝玉の代わりに感情をエネルギーとして搾取されるようになったって。同じ世界から分かれた時、それぞれに紛れ込んじまった魔族とか人間は居たんすかねって」
エリクスとしては、魔族の性質を持った者が聖族に居るのでは、と言いたいらしい。
「まあ……昔話は昔話やろ。1つになっとった世界はほんまにその3界やったんかも疑問やし」
ジョッキを置いたアクシャがポツポツと自分の考えを話し始める。それはエリクスも彼から聞いた事ではあるが、魔族としては受け入れられない内容だった。




