60:そろそろ合流するよ〜
フリーフォールからジェットコースターなどの絶叫系ライド、シアター系アトラクションなど、エリクス達の側は割と充実していた。
そのどれもをキャーキャーと騒いでいたのは勿論ベルで、エリクスは普通に乗り物を楽しんだ。
そしてサイスはというと、全て無表情でここまでやってきている。
そろそろアクシャ達との合流地点であるレストランだ。時刻は11時少し前。混む少し前の時間帯だ。
昼食はそこで食べることになっており、席の予約も済んでいるらしい。そういう段取りの良さは流石と言わざるを得なく、人間界で秘書として仕事を続けていられるのも納得がいく。
レストランに向かって歩いている最中に3人で雑談をしていた。
「はぁ〜、いっぱい遊んだのでお腹空きましたね!」
「ここのレストラン、結構色々メニューがあるみたいっすから、今から悩んでおくといっすよ」
そしてパンフレットの一部を指差す。レストランのメニューが幾つか書かれていた。
「えーと、うーん……何て読むんでしょうね……ふら……いど……?」
人間界の言語……日本語を辿々しく読んでいるベルをヨソ目に、エリクスはサイスに話し掛ける。
「どっすか、人間界の娯楽」
すると無表情を変えないまま、サイスが答えた。
「人間の子ども向けの娯楽なのだろう? どうも思わないがね」
それはそうなのだが、こんな人間向けの施設に魔族向けの刺激の強そうなアトラクションは当然ながら無い。
「まあ……人間界っすからね」
そして歩きながら更に質問してみた。
普段のサイスはあまり話をするタイプでは無いらしい。割とすぐ会話を終わらせてしまう傾向がある。
「そういや、魔界には500年帰って無いんすよね? 帰りたいとかは無いんすか?」
魔界に帰らず、聖族を生きたまま喰らう事で負のエネルギーを得ていたサイス。
いつぞやアクシャがベルに軽く説明していたように、負の感情を生き物から直接吸い取るのはあまり良くない。原油とガソリンぐらいの違いがある。
最悪、対象が死んでいても、これまでに蓄えた魔力瓶や現地のたまに流れる負の感情などでどうにか持ち堪えていたのだが、やはり魔族は魔界でエネルギーを吸収するのが最も効率的で健全だ。
何ならその方がエネルギーの純度も良く、体調も良くなる。人間で言えば良い空気を吸うようなものに近い。
「……帰れるのならそうしたいが、今はやる事がある」
“やる事”とはミカエルの側に居る事だ。今この時はアクシャに任せているが、魔族として勝者であるアクシャの意向に沿わぬ訳にはいかない。
ミカエルのワガママを聞けというのだから仕方ないのだ。形式上ミカエルの下には居るが、実質的にはアクシャの支配下にあるままと言って良い。
「それに……」
サイスが先を口にする。
「魔界に帰れば……私は水妖の裏切り者だ」
「……まあそっすね……魔族のしきたりとしては」
敗者が生き残って勝者の所有物となった場合。元の所属からしてみれば敵対する相手に組する裏切り者と大差ない。
「だから、帰ったとしたら……私は……」
「殺されるっすか?」
エリクスがその先を予測して口に出したが。
「いいや? ……ベル、そちらは別方角だぞ、行くのはこちらだ。前を確認して歩くのだよ」
パンフレットを見ながらメニューや文字と格闘しながら歩いているベルが、いつの間にか若干違う方角へ行きかけていた。
それをサイスが阻止して引き寄せる。
サイスの言葉の続きはそれ以上聞く事が出来なかった。
アクシャとミカエルはSL機関車の乗り物を始めとして、お化け屋敷、ゴーカートなどを楽しんだ。他にも宝探し、迷路など様々なアトラクションがあって楽しかった。
「レストランもうすぐやで、お腹空いたんちゃうん?」
「空きました! 人間の世界はとっても面白いのですね、ミカエル初めてばっかりで楽しいです!」
ミカエルがニコニコしながらアクシャの腕にしがみつく。
園内には多くの人間たちが歩いているが、アクシャとミカエルの姿は流石に“お兄さんと姪っ子”ぐらいの見方だろう。
「あっほら、あれサイスちゃう? 背だけはデカいからよう見えるなあ〜」
黒髪や茶髪の多い日本人の中で、ずば抜けて異質な長身で長い白髪などそうそう発見する事はない。
「そう思います!」
「せやな!」
アクシャが声を掛けようとして、止めた。少し歩みを緩めてミカエルに話し掛ける。
「サイス、どない? 一緒に居って嫌やないかな?」
正直、アクシャはサイスの人となりはあまり知らない。だが、一族の想いを一身に背負って実行に移し、たった1人聖界で500年も耐えた気概は賞賛に値する。
なかなか出来ることではない。
「うーん……ミカエル、3人居たお世話係を全員別のお仕事に回して、サイスをお世話係兼護衛にしたのです。そしたら思ったよりも厳しくてビックリしました……。でも、サイスがミカエルを守ろうとしているのは分かります」
そう言ってミカエルが少し俯く。
「ふうん……アイツ思ったより真面目やなあ……大嘘吐きだったのにな」
アクシャの視線の先に居るサイスは既にアクシャの存在に気付いているとは思う。こちらを見ないのは、彼が人と話すのをあまり好まない為だろう。
「でもミカエル、サイスとどうやったら仲良く出来るのか分からないです」
それは何となく分かる。
彼は水妖族だ。元々魔族の中でも孤立傾向のある種族だが、補助魔法がかなり得意なため、多くの魔族は水妖族を側に置きたがる。
だが、殆どは上手くいかないのだ。村根性のような外部を警戒する精神が他者への協力を拒ませる。
「……僕、そういう奴の解し方知っとるよ。根気要るけど、やってみる?」
そう言ってミカエルに笑い掛けた。
すると、ミカエルは大きな紫色の瞳を輝かせてアクシャの目を見る。
「出来るんですか?」
「勿論やで! 根気は要るけど簡単や。……毎日毎日、“大好き”って言うだけで良い。サイスに対して嘘は吐いたらあかんで、アイツも大嘘吐いとったけど、君もアイツを守る、それぐらいで挑んだら良い」
不落の者を落とす定石だ。
4000年も超えて生きれば流石に分かる。
「……やります! ミカエル、せっかくアクシャ様からサイスを貰ったのです、大事にしたいんです、友達になりたいんです!」
「……なれるよ。サイスとも、僕らとも」
アクシャとベルですら上下の関係。
しかし、ミカエルが所望しているのは”友達“だ。
ミカエルが口を滑らせたその言葉で何となく分かる。
彼女は聖族におけるその尊い立場のために”友達“が1人も居ないのだ。
それを、聖族に縛られない魔族に求めている。
アクシャに対する義務でミカエルを守る状態から、ミカエルに対する義理で守る状態になれば良い。
魔界にとってどうとかはどうでも良い、サイスはもう魔界からは居ない者として扱われた存在だ。せめて聖界でだけでも拠り所があれば良い。
(……酷やなあ、聖界も……)
アトラクションを楽しんでいる時に上空を過ぎ去った聖族。それについてはアクシャも勿論感知している。
あれがミカエルの警護か、監視か、はたまた別の目的か。それは図り知れない。
だが穏やかに済むものではないとは思う。
聖族そのものすら、ミカエルにとっては敵になるかも知れない。
「……上手くいくとええね」
それだけ言って、アクシャはようやく目の前の彼らに声を掛けた。
「おーい! サイスー! デッカいから見つけやすかったでー!」
「……大声で呼ぶな、みっともない」
少し振り向いた程度でジロリと睨まれた。




