59:ほな、楽しむで!
エリクス、ベル、サイスの3人はアクシャ達とは反対まわりで園内を行く事にした。昼前の集合場所であるレストランは、ちょうど中間地点にある。
「まずは落下のアトラクションすね!」
エリクスがパンフレットを見ながら一番最初のアトラクションを指差すが、そこにベルの疑問が投げ掛けられた。
「空を飛ぶ私達にあんなのって怖いものなのですか?」
「サイスに上空から落とされといてよく言うっすよ」
そう言えばそうだ。
ベルはエルヴィエルに擬態している状態のサイスに、聖界のゲートから人間界に落とされている。聖界のゲートは人間界の上空……少なくとも5000m以上の上空でないと作れないので、かなりの高さからフリーフォールの恐ろしさを味わった筈なのだ。
「あっ……!!」
ベルが今思い出した顔で目を真ん丸にした後、サイスを睨む。
「ふん、弱く愚かなのが悪いのだよ」
何かを言われる前にサイスがそっぽを向いて口を開いた。
確かに魔族の感覚ではそうだ。
「忘れてるベルもベルっすよ。あん時大変だったんすから」
エリクスがため息を吐いて話す。
あの時、家の玄関の鍵を閉めた後アクシャはそのまま跳躍し、空中で翼を広げた。
エリクスも慌てて追い掛けたが、流石は魔王子アクシャだ。飛行速度が速く、あっという間に彼方へ消える。
それもそうだ、ベルに持たせた鍵のGPSの通知がアクシャのスマホへ届くラグや、家で現在地を確認している間の事を考えると、15秒ぐらいはロスしている。
しかもあの時のベルの位置はアクシャから遠ざかる形で自由落下していた。
因みに、本当に高度が5000mだった場合、空気抵抗を無視すれば30秒強程度で地面に激突する。
魔法も使いつつ何とか追いついたエリクスであったが、久々に笑顔もなく高速飛行をするアクシャを見たかもしれない。
無事にアクシャがベルを抱き止めはしたが、あと2秒程でベルは地面に激突するところだった。
「……まあ、弱いのが仕方ないのは魔族理論っすからね、正直オレも感覚としては同じっすよ。ベル、ほんと王子に感謝するっすよ? 身内でも何でもないヤツを助けよう、なんて魔族同士でもあんまり思わないんすから」
そう言うとベルが少し俯いたが、意外にもサイスが声を掛ける。
「突き落としたのは私だが、生きていたんだから今は良いだろう。私自身は死んだ方がマシだったが、私もお前も今は死ぬわけにもいかん」
サイスの脳裏にミカエルの顔が浮かぶ。今はアクシャと反対周りで遊園地を巡っているはずだ。
そして疲れた顔で目の前のアトラクションを指差した。
「……そんな思い出を、こんなくだらなさそうな人間のオモチャで思い出してどうするんだ? 楽しみに来たのだろう? 苦しみに来たのか?」
目の前には小さな子どもたちが、親と思われる大人たちと一緒にフリーフォールのアトラクションを楽しんでいる。
恐怖している人間も居れば、心底楽しそうにしている人間も居る。
「……そうですね! サイスには文句もいっぱいありますが……私はまだ人間の事も魔族の事も不勉強ですし……今は取り敢えず置いといて、ここを楽しもうと思います!!」
「私の顔は数え切れないほど殴ったのでは無かったかね」
サイスの言葉は無視し、気を取り直したように言うベルが吹っ切れたような顔で無理矢理笑顔を作った。意気揚々とフリーフォールの列へと並ぶ。
(……単純なものだよ、人間も……聖族も。変わらない。特に聖族は)
サイスはそう思ったが、ある事も思い出す。
(……ああ、私は下級の中でも単細胞な者を選んだのだった。コイツは特別単純で当たり前か)
考えながら少し表情を緩め、エリクスとベルの後を歩いた。
魔族の考えなど、人間や聖族にとっては冷酷でしかない。
負けた? 死んだ? 所有物? 弱い奴が悪い。
全て勝者にのみ権利がある。
人間とは違う。聖族とは違う。
勝者が正義だ。
関係のない聖族をも救う魔族が、エリクス、そしてサイスの正義だ。
だが、その正義は──。
「ほな、僕らはこっち行こか」
ミカエルと手を繋いだアクシャが、エリクス達とは反対側で巡ろうとする。
「これは汽車の乗りもんやね、これ乗ってまずは園内の雰囲気眺める?」
「はい!」
目の前の乗り場に何人か人間が列を作っている。その最後尾にアクシャとミカエルも並んだ。
「もうしばらくで来るんちゃうかな?」
「ミカエル、全部初めてなので楽しみです……!」
2人で汽車の到着を待つ。ミカエルは本当にワクワクしている様子で、ソワソワとしている。
そんな様子のミカエルを見て、アクシャは(やっぱ子どもやなあ〜)と何となく微笑ましげに見ていた。
魔族とて、愛情が無い訳ではない。幼子に微笑ましいと感じる事だってあるのだ。生き物であるが故かもしれない。
大した時間も待たず、汽車がやってきた。朝早くに出発した甲斐もあってほぼ待たずに乗れる。
「わぁぁぁ! すごい、カッコいいです、素敵!!」
はしゃいだミカエルがアクシャの手を引き、急かすように引っ張った。アクシャもそれについて汽車に乗り込む。
『はい、走行中は席の外へ手を伸ばす、立ち上がるなどの行動はお控えください。それでは出発しまーす!』
スタッフの元気な声での案内を聞きながら、ミカエルもニコニコでアクシャの手を握っている。
「よっしゃ、ええタイミングで写真撮るから、その時はこっち向いてな!」
アクシャがスマホを取り出してミカエルに話し掛ける。
「写真……!」
ミカエルが目を丸くしてそれに反応した。
「聞いたことがあります! 長時間じっとしている必要があると……この乗り物の上でも大丈夫なのですか?」
ゆっくりと走る汽車の上で疑問をアクシャに投げる。
(どんだけ人間界の情報収集してへんねん……)
アクシャは正直にそう思ったが。仕方ない。
聖界は人間界をいつからか穢れとして降り立つ頻度を下げた。
それからは恐らく、文明に対する見識も発達も大してしていないのだ。ほぼ全て聖力に頼った発展しかされていない。人間界の情報も恐らくはまばらで曖昧なものだったのだろう。
他世界の文明をほぼ取り入れていない点に関しては魔界も大差ないのだが、人間界に慣れきっていたアクシャにとっては少々驚きだった。
「今の人間界は発展しとるよ、この乗り物やって施設やって凄いやろ?? ほら、ちょっとこっち見て?」
「え?」
そう言ってミカエルの注意を引いた。
ピコン!
アクシャがスマホの画面をタップし、撮れた写真をミカエルに見せた。
「ほら! 写真撮れたよ!」
画面には、キョトンとした表情のミカエルが映り込んでいる。
それを見たミカエルは、凄いものを見たやら恥ずかしいやらで赤面した。
「えっ、えっ!?」
「良い場所来たらこれで一緒に写真撮ろ!」
満面の笑みでミカエルに提案する。
「す、凄いです……アクシャ様も、人間も……」
そう言ったミカエルの笑顔は幼くも少々複雑だった。
「ま、これから勉強するんやろ? 僕ん所に来る君の遣いは皆、笑顔で帰るよ? それに僕の贈ったサイスも居る……ええように使ってやってよ。」
アクシャがぽんぽんとミカエルの肩を叩く。
それと同時に障壁を強めた。
上空を知らない聖族が飛翔して行った。




