変なん拾ってしもうたなぁ……
ヴェルディエルが目を覚ますと、視界に入ったのは白い天井だった。
横たわったままで見渡すと、壁の一部が黒っぽいグレーで、窓には紺色のドレープカーテンが端に寄せられていた。窓からはレースカーテン越しに柔らかい日差しが入ってくる。
聖界に差す日差しとは違い、比較的柔らかい。それがカーテンを通したからではないのは明白だった。
レース越しに外の様子が伺える。人間界でよく見掛ける無骨な電柱が窓の向こうに立っていた。
ゆっくり身体を起こすと身体が痛かった。暫く動かしていないがための痛みだと思われる。
ベッドのサイドに小さなテーブルが置かれており、その上には自分の輪があった。
そして徐々に思い出す。
(そうでした、私、あの魔王子に戦いを挑もうとして……それから記憶がありません)
それは当然だ。
槍を構え直したヴェルディエルは、一瞬で魔族に戻ったアクシャに頭を殴られて気絶したのだから。
(とにかく、ここの家主に礼を言って……いえ、私は聖族です。居た証拠など全て消して、それから、うーん……えと、アクシャ王子を倒さない事には!)
くどいようだが、薄暗い夕暮れに光りながら舞い降りてきた聖族とはコイツの事だ。証拠云々の話ではない。
そう考えていると部屋の扉が開き、そこから少年の顔がヒョッコリと覗いた。
大きな緑色の猫目がヴェルディエルをしっかりと視認し……。
「あっ起きてるっす!」
そう言ってパタンとドアを閉めた。
ドアの外で「王子ー!」と言っているのが聞こえる。
「あっ、えっ? あのっ!?」
ヴェルディエルの言葉など届いてはいない。
先程の少年のセリフから察するに、ここはアクシャの息の掛かった場所で、あの少年は小間使いか何かだ。よく思い返せば、あの少年の瞳孔は縦長で、人間ではあり得ない形をしていた。
(こ、これは一旦……)
慌てて輪を額に装着し、ベッドから降りようとしたところで、再度部屋のドアが開く。
「逃げるなよ?」
高くハスキーな声に固まった。
「くっ……殺してください……!!」
武器を取り上げられ、リビングの床に座らせられた聖族の開口一番がそれだった。
「いや、こんなところで”くっ殺“聞かされても」
ソファにどっかり座った薄紅の髪をしたアクシャが溜め息を吐く。
この人間界の自宅はそれなりに過ごしやすいようにと、少し喧騒の少ない場所に建てた一軒家だ。ご近所との仲もよく、割と快適に過ごせる場所である。
そんな家のリビングで鉄板のくっ殺を言い放った聖族は尚も続けようとした。
「ですが私は!!」
「はいはい、もうええて。殺せんのだったら死を選ぶ! みたいなん今までもようけ居ったよ? 皆帰ってもらってきたけど、同じようなん寄越して懲りへんね? 帰った奴らと情報共有せぇへんの? マジで」
確かに、ここ人間界に居ると聖族によく狙われる。
「そんな、先人達は皆あなたと戦って散った筈です!」
「……? そらおかしいな? 僕、毎度話し合いでボコボコにして帰してんねんけど。どっかで自害でもしてんの? 全く無駄な種族やなあ、人間も聖族も」
狙われる理由としては、魔族であるアクシャが人間界の負のエネルギーを助長している原因に間違いない! とのことであるが。
「ホンマさあ、毎度毎度来る君らに説明すんのめんどくさいねん。僕ら魔族より人間界に来るハードル低いのに、何でそのエネルギーバランスのおかしさを調べへんの?」
言いながら酒の入った缶を開ける。因みに市販の缶入りでアルコール9%以外は買ったことがない。
「それは……あなたが原因だと決まっているからです!!」
キッパリ言い放つヴェルディエル。
それを聞いたアクシャはダメだとばかりに首を振った。
そしてエリクスも黙ってはいない。
「証拠が無いじゃないすか! 俺たち、ここで人間界楽しんでるだけっすよ!」
そうなのだ、アクシャとエリクスは人間界で特に悪事を働いているわけではない。そりゃあたまに絡んでくる変な輩を虐め倒す事はあるが、それは自業自得だ。知らないとは言え、魔族に喧嘩を売る方が悪い。
「エリクス、喋ってええとか言ってへんで。黙っとけ」
アクシャが言いながらキツイ視線をエリクスに寄越す。
それを見たヴェルディエルも背筋が寒くなったのが分かった。
流石は魔界唯一の王子である。倒せと言われた歴代の聖族達が帰って来ないのも頷ける。帰したというのも嘘に違いない、何せ目の前の男は魔族だ。
そう考えながら負けまいとアクシャを睨みつけ、ここからどう倒したものかと考えようとした。いつの間にかアクシャもこちらを見ながら何か思案している。
(どうせ……どう痛め付けるかなどの拷問を考えているに違いありません!! しかし、負けませんとも、聖界は悪を許さないのです!!)
ヴェルディエルの意志は堅い。頭もその分硬いのだが、大切な上司から……引いては聖界の長から言い渡された大切な使命だ。少しでも報いたい。
そこまで意を決しているところでアクシャの口がようやく開いた。
「ベルさあ、僕の部下ならへん??」